79、デネブ湖 〜精霊師のチカラ
「ちょ、フラン様!」
「私が防御バリアを張るから平気よ」
僕は、やわらかな光に包まれた。
「僕は戦えないです」
「戦っちゃダメなのよ。なんとかしなさい。魔獣使いの精霊師でしょ」
えっ……神官様。無理すぎます。
いま、彼女はタイミングをはかっているようだ。僕達は今、三体の精霊獣からは死角になる森の木の陰にいる。
「どうすればいいのか、全く想像もできません」
「精霊獣は、怒りで我を失っているわ。彼らが何を怒っているかを探り、その原因を取り除きなさい」
「どうやって……」
「魔獣使いの技能で、言葉を理解できるはずよ」
「でも、彼らに僕の言葉を理解させるには、従属を使わないといけないんです。だけど、僕より圧倒的に強い相手に従属は効かない」
「魔獣使いの使えない点はそこなのよ。精霊師の技能で話せないの?」
「精霊師のスキルは使ったことがないから、何ができるかわからないです」
「そう、それなら私が念話で伝えるわ」
「えっ? 念話で話せるなら、フラン様がすべてやってくれたらいいじゃないですか」
「精霊獣相手に念話を使うのは、魔力消費が半端ないの。そればかりに魔力を使っていられない。あのバカ講師が魔力切れになったら、出るわよ」
神官様は、嘘みたいに全く怒らず、きちんと説明してくれる。そうか、精霊獣は、それだけ、彼女にとっても余裕がない相手なんだ。
あっ、そうだ。
僕は、ぶどうのエリクサーを二つ取り出し、神官様に手渡した。
「魔力切れのときに、使ってください」
「えっ? た、助かるわ」
やはり、いつもの彼女ではない。普段なら逆に、さっさと出しなさいと言われそうだ。
「あっ、マズイわ。あのバカが死ぬ」
神官様はそう言うと、転移魔法を唱えた。
うげっ! 移動した場所は、湖畔で攻撃魔法を準備している講師のすぐ近くだ。
右を向くと、湖上に三体の巨大な魔物、いや精霊獣がいる。その一体が、講師に向かって口を開けている。何かを吐く気だ。
「やめなさい! バカ講師!」
神官様は、叫ぶと同時に彼の前に、光の何かを出した。魔導バリアか。それと同時に、両者が術を放った。どちらの術も、神官様が張ったバリアに当たり、止められている。
うわぁ!
だが、両者の術の風圧で、僕は、吹き飛ばされて湖畔を転がった。でも痛くはない。すごいな、神官様のバリア!
だけど、神官様は自分にバリアを張っていないんじゃないか? 湖畔に倒れている。そして少しすると、彼女がわずかに光った。ぶどうのエリクサーを食べたんだ。渡しておいてよかった。
僕は、僕の仕事をしなければ!
僕は、湖にいる一体に向けて、スキル『魔獣使い』の通訳を使った。
「なんだ? あの人間達は。助けを呼んだのか?」
「ならば、すべて殺すまでだ」
ちょ、ちょっと、どうしよう。神官様に伝えるにも、かなりの距離がある。下手に叫ぶと、悪化しそうだ。
僕は、慌てて、ジョブボードを表示した。そして、精霊師の技能を使おうとボードに触れた。触れることでも、念じていれば、技能は発動するはずだ。精霊師のスキルの使い方なんて、この方法以外わからないんだ。
六属性の加護(小)に触れると、身体の中をマナが駆け巡った気がする。そして、精霊ブリリアントの加護(極大)に触れた。でも、何も起こらない?
僕の身体から、パッと六色の光が飛び出した。そして、僕の周りを、小さな光の玉がまわっている。これが、六属性の加護?
「な、なんだ? あの人間は、高度な精霊使いか」
「チッ、あのガキは放っておけ。何もできまい」
僕は何もできないんだ。確かに何の攻撃もできない。加護だから、僕が守られているだけ? 念話を使うスキルが欲しい。
そのとき、僕の目の前の湖畔に、大きな魔法陣が浮かび上がった。そして強い光を放っている。な、何? 神官様の術?
神官様の方を見ると、まだヨロヨロしている。僕の目の前の変化に気づいていないかのようだ。
強い光が魔法陣から空へと立ち上るようにピカッと輝いた。その次の瞬間、魔法陣から頭に花をつけた大きな男性が現れた。ど、どういうこと?
「やぁ、初めて使ってくれたね、ヴァン」
「精霊ブリリアント様、どうして?」
「キミが私を呼んだからだよ。おや、六属性も加護ではなく、ここに呼んでやったらどうだ? この場所なら、喜んでやってくる」
「どうすればいいかわかりません」
「精霊使いの召喚を使いなさい。六属性に来いと念じればよい」
「はい」
僕は、六属性にここに来てほしいと念じた。
『火、水、風、土、光、闇、六属性精霊召喚!』
えっ? 何か頭の中に、声が響いた。
すると、僕の周りをまわっていた六色の光が、魔法陣に変化し、そして次々と精霊が姿を表した。みんな、人間の倍以上ある。
「えーっと、キミが呼んだのー?」
「何も困ってなさそうですけど」
「俺達を招いてくれたのか。ここはマナが満ちている」
「そうだな、とんでもない報酬だ。何をすれば良い?」
「うぎゃ、ブリリアント様が……」
「うん? 湖上に下僕がいるじゃん」
ど、どうしよう。
見上げていると首が痛くなる。
「おまえ達、私の恩人を困らせるな。おまえ達を召喚してやれば喜ぶと教えたのは、私だ」
「ブリリアント様、お、お久しゅうございます」
「そんな挨拶は無用だ。私の恩人が、どうやら湖上の獣に困っているようだ。つまらぬ怒りで我を失っていたようだ」
「ありゃ、ボックス山脈にいるはずの竜も来ていますね」
「殺すか」
「だな、ブリリアント様を煩わせるなど、万死に値する」
えっ、ちょっと待った。
「精霊様、ちょっと待ってください。彼らを怒らせたのは人間ですから、殺すだなんて言わないでください。それに、精霊獣を失うと、湖がマナを集められなくなります」
「ヴァン、そう、焦らずともよい。私がそのようなことはさせぬ。誰か、獣を鎮めて来い」
「ブリリアント様、もう鎮まっています」
「それなら、つまらぬことで暴れるなと指導して来い」
「奴らは、聞こえていると思うが」
「かしこまりました。私がお仕置きをしてきましょう」
水の精霊が、ヒタヒタと湖の水の上を歩いていった。三体の精霊獣は、声も出せないほど怯えているようだ。水の精霊は、ゾッとするほど冷たい笑みを浮かべている。
「ブリリアント様を煩わせる獣は、本来なら処分すべきところです。再び同じことをしでかしたら、殺すだけでは済まさない。永遠に闇を彷徨う亡霊に堕としてやりますわよ」
そう言うと同時に、水の精霊は、三体を同時に切り裂いた。
「さっさと私達の目の前から消えなさい!」
三体はかすかな声をあげ、そして湖の中へと沈んでいった。深傷を負ったように見えたけど、大丈夫なのだろうか。
水の精霊は、湖の水の上をヒタヒタと歩いて戻ってきた。
「これでよろしいかしら?」
僕を見て、そう尋ねている。
「はい、ありがとうございます。深傷を負ったように見えましたが、大丈夫なのでしょうか」
「あら、優しいのですね。獣に、そんな同情はいらないですよ。まぁ、この場所なら、一晩で元通りかもしれませんわ」
「そうですか」
水の精霊は、なぜか首を傾げている。
「えっと、僕が何か?」
「いえ、なんてもありませんわ」
水の精霊は、ブリリアント様の方を向いた。えーっと、僕が何か間違えたのかな。
「ヴァン、そんなにかしこまらずともよい。精霊師は、精霊使いの上位職だ。我々とは対等な関係だぞ」
「ブリリアント様、僕は、精霊師がどのようなスキルなのかが、わかりません。精霊使いのスキルも無かったから」
「あはは、そうだったな。精霊使いは、支配精霊を使役する傲慢なスキルだ。神矢でばら撒いているようだな。一方、精霊師は、すべての精霊と互いに助け合う関係にあるスキルだ。名持ちの精霊が与えるもの、すなわち、信頼に値する人間だと、私のような名持ちの精霊が評価した証だ」
名持ちの精霊って、名前がある精霊のことか。
「ふふ、そうだよ。あんな醜態を晒したが、私も、ブリリアントという名を持つ名持ちの精霊。そいつらのような属性精霊の上位精霊にあたる者だ」
「あ、すみません。口に出さずに」
「いや、構わぬ。同じことだ。ヴァンは、精霊使いを経ていないから、あまりにも精霊に対して畏怖の心が強すぎる。精霊師は、我々と対等な関係だ。我々が頼ることもあるのだからな」
「僕にできることなら、頼ってください」
「あぁ、そうさせてもらう。また、いつでも呼んでくれ。私は、暇なんだ」
「あはは、はい、ありがとうございます」
精霊達は、スーッと消えていった。




