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76、商業の街スピカ 〜フロリスちゃんの変化

 ちょ、ちょっと、ちょっと、近いんですけど。


 神官様は、僕の右手を脇で抱えるようにして拘束している。ちょ、ちょっと、僕の腕に、何か柔らかなものが当たっていますよ、フラン様!


 ダメだ。僕は、絶対に顔が赤くなっている。彼女は、それがわかっていて、わざとやっているような気がする。


「早く見せなさい。なんなら、私がジョブの印を操作してもいいんだけど」


 逆らっても無駄だと言ってるんだ。


 さらに彼女は、僕の白手袋を外した。そして僕の手の甲をツツツと触っている。当然、僕は、ドキドキが止まらない。はぁ……ほんと、強引だよね。僕は、ジョブボードを表示した。


「やはりね。生意気なのよ、ヴァンのくせに」


 意味がわかりませんよ、神官様。ヴァンのくせにって、何なんですか。僕は、妙な苛立ちを感じた。


「この新しいスキルは、なぜ得たの? 神矢にはないスキルよ。この基本職もなかったわよね。説明しなさい。貴方の力で、輝きの精霊を助けられるわけがないわ」


 精霊師のことを言っているのか。精霊ブリリアント様の加護がついているから、彼から与えられたと気づいたんだな。


「えーっと、ちょっといろいろありまして」


「貴方がボックス山脈に一緒に行ったという友達は何者? その子も、このスキルを得たのかしら」


 そう言うと、神官様は、僕の顔をジッと見つめている。その目ヂカラに、吸い込まれそうになってしまう。近くで見ると、やはり美しい。


「あ、えーっと、はい」


 距離が近すぎる。もう少し離れてくれないと、話どころか何も考えられない。もしかして、それを狙っての行動なのだろうか、あー、もうっ、僕の心臓はドキドキとうるさい。



「フランちゃん、その人は、ヴァンのクラスメイトなの」


 まさかのフロリスちゃんが、説明をしてくれた。すると、神官様は僕から離れて、少女の方へと近寄っていった。た、助かった……。


「フロリスは、物知りね」


「うん。その友達はねー、魔導士なんだよ。転移魔法を使えるの。フランちゃんも、一緒なの」


「フロリス、私は白魔導士よ。たぶんその子は、黒魔導士じゃないかしら」


「あっ、うん、黒魔導士だよ」


「どこの貴族か、わかる?」


「うーんと……貴族かなぁ? ヴァン、その人は貴族なの?」


 わっ、話がこっちに返ってきた。だけど神官様は、フロリスちゃんの頭を撫でている。僕の心臓も、少し落ち着いてきた。


「貴族の家の生まれみたいですけど、家の名は名乗れないようです」


「あら、有力貴族ってことね。そういえば、ヴァンのポーションをギルドに売ったのが、ルファス家の坊やだという噂を耳にしたわね」


「えーっと……」


「知らないのかしら? ルファス家は、本家がダメだから、分家から後継者が選ばれるらしいわね。ひどい潰し合いをしているみたいじゃない」


「そう、なんですか」


 マルクは、巻き込まれているのかな。本家だとも分家だとも聞いたことはないけど。だけど、後継者ということは、親世代だよね?


「まぁ、貴族なんて、どこも同じようなものよ。くだらない争いばっかり」


 神官様は、吐き捨てるようにそう言った。貴族の屋敷でそんなことを言ってもいいのだろうか。



「ヴァン、それで? 竜を従えているなんて、私、聞いてないけど?」


 わっ、突然、話が変わった。


「えっ、いえ、従えているというより友達みたいな関係ですから」


「貴方の入山記録からすると……ロックドラゴンかしら」


 うげっ、どこまで調べてるんだよ?


「はい、まだ子竜ですけど」


 そう答えると、神官様はびっくりした顔をしている。あれ? わかっていたんじゃないの?


「輝きの精霊を助けるときに、その子竜を使ったの?」


「使ったというか、精霊イーターの数が多くて苦戦していたら、来てくれて、追い払ってくれました」


「それで、助けた精霊に、薬師のスキルを使ったってことね。だけど、輝きの精霊がスキルを与えたということは命を救われるほどの恩を受けたということよね? 貴方の魔力で、精霊を回復させるほどの薬なんて……」


「それは、魔石を使いました。友達がちょうど子竜を狙って来たゴーレムを倒して、その魔石を取り出してくれたので」


 すると神官様は、目を見開いた。


「なるほどね。それで二人に、精霊ブリリアントが精霊師のスキルを与えたのね」


 神官様のその言葉に、メイドのマーサさんは、えっ? と、驚きの声をあげた。彼女の兄メルツさんは精霊使いのスキルがあるから、精霊師のことも知っているのかもしれない。


「あの、神官様、ペラペラとスキルのことを喋らないでください」


「ヴァン、この街では私のことを、神官と呼ばないようにと言ったわよね?」


 あっ、そういえば……。


「忘れていました、フラン様」


「次、また、私のことを神官と呼んだら、お仕置きするからね」


 横暴だ……。気をつけよう。


「ヴァン、フランちゃんと仲良しだね」


 なぜか、フロリスちゃんがニコニコしている。


「えーっと、フロリス様、そうでしょうか? 僕は振り回されているだけというか……」


「ちょっと、貴方ね!」


「ひゃ、ほら、フラン様は、こんなに怖いんですよー」


「きゃははは、おもしろ〜い」


 どこが面白いんですか、お嬢様。しかも、ふわふわな白い天兎を抱きあげて、僕達の様子を見せている。奴は関心なさそうだけどな。



「フロリス、そろそろ寝る時間よ。まだお風呂に入っていないの?」


「ぷぅちゃんのごはんだったから」


「まさか、クッキーを食べさせていたの?」


「うん、ヴァンが持ってきたレタスは臭いから食べないの」


 ちょ、そんな言い方……。


「ヴァン、そのレタスは毒に汚染されているのかしら」


「いえ、虫よけの農薬を使って育てられたみたいで、その臭いが残っているようです」


「厨房では、レタスを食べさせたと言っていたけど……クッキーの方がマシってことなのね」


 神官様は、すぐに状況を理解したようだ。


「ぷぅちゃんのごはんを近くの草原に取りに行くの」


「えっ? フロリスも、屋敷から出るの?」


「うん、ぷぅちゃんを連れていくの。私が居ないと、ぷぅちゃんは誰かに食べられちゃうから……私が守るの」


 神官様は、めちゃくちゃ目を見開いている。大きな目をここまで見開くと、なんだか怖い。


「……驚いたわ。まさしく魔法ね」


 僕も少女の成長には驚いた。ペットの力は偉大だ。


「うん? 魔法じゃないよ。まだヴァンに、お花が育つ魔法を教えてもらってないの。グリーンレタスはもっと難しいんだって。だから、草原に行くの」


 少女が神官様に反論している。こんなにキチンと考えて話せるなんて、本当に驚きだ。五歳児ってこんなに賢かったっけ? ちょっと話はズレているけど。


「そ、そう。フロリス、じゃあ、その草原には私が付き添いをするわ。この部屋の護衛だけじゃ、頼りないから」


「フランちゃんも、遊べるの? わぁっ、嬉しいな」


「そうと決まれば、早くお風呂に入って寝なさい」


「はーい」


 元気よく返事をすると、フロリスちゃんは天兎を抱きかかえて、風呂場へと向かった。風呂にまで連れていくのか。


「フロリス、兎は置いていきなさい」


「ダメなの! ぷぅちゃんは寂しがりなの」


 その反論に、神官様は目をパチクリさせている。すごい、フロリスちゃんが神官様を言い負かした。


 少女が風呂に入ると、神官様は部屋を出て行った。その表情は明るい。来たときの勢いとは真逆だな。優雅な所作に、僕の目は勝手に彼女の姿を追っていた。




 フロリスちゃんが天兎と一緒に眠った後、メイド達と遅い夕食を食べていると、神官様が部屋に戻ってきた。


「私も今夜は、ここに泊まるから」


「かしこまりました。では、シーツの交換を……」


「その必要はないわ。私の部屋には立ち入りを禁じているでしょ? 貴女達はごはんを食べていなさい」


 神官様にそう言われて、立ち上がっていたメイドは席に座った。彼女なりの配慮なのかな? 開かずの扉の先は、神官様の部屋なのか。亡きサラ様の部屋かと思っていたけど。


「明日は、フロリスを起こして着替えさせたら、その後は貴女達は休日よ。二年間、全く休んでいないでしょ? 街にでも行って遊んできたらいいわ。明後日の昼までには戻りなさい」


 えっ? メイド達に外泊許可?


「フラン様、いったいどちらへ?」


「せっかくの機会だから、フロリスが行ったことのない場所へ連れていくわ。アランも護衛代わりに同行するって」


 じゃあ、僕も休みということかな? 


 神官様と目が合った。彼女はなぜか、怪訝な顔をしている。


「言っておくけどヴァン、貴方は仕事よ」



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