74、商業の街スピカ 〜きっと大丈夫だ
視線が突き刺さる。まぁ、当たり前だ。フロリスちゃんは、ふわふわした白い奴を膝に乗せているんだ。
「おい! 動物、いや、魔物を食事の間に持ち込むだなんて、何を考えている!?」
僕が給仕のために席を離れると、他の黒服から、メイドが怒鳴られている。僕に言わないのは、たまたまなのかな。それとも……。
フロリスちゃんの夕食を持って、テーブルに戻ってくると、黒服達は黙った。ふぅん、なるほど。僕には文句を言わないのか。
僕が狩った天兎を、自分が仕える奥様に食べさせたいからなのかな。それとも、僕がボックス山脈へ友達と二人で行ったことが知られたのか。まぁ、理由は何でもいい。それならこの状況を利用させてもらおうかな。僕が側にいれば、文句を言えないみたいだからね。
僕は、いつもとは違って、フロリスちゃんのすぐ近くに立った。すると黒服達は、スッと距離をおいた。
ふわふわした白い奴が、フロリスちゃんのペットになった件については、バトラーさんに経緯を話してある。彼は、少しホッとしたような顔をしていた。
ただ、食事の間に持ち込む許可は得ていない。
フロリスちゃんは、注目を集めている。膝の上の奴が暴れ回ると大変だな。一瞬、スキル『魔獣使い』の従属を使おうかとも思ったけど、やめた。少女のペットだから、やはりそれはマズイ。
「フロリス様、さぁ、夕食にしましょう」
「う、うん」
メイドの一人が食べさせようと近寄った。だけど、少女は首を横に振っている。
「膝にその子がいると、手が使えないでしょうから、お世話させてください」
「私、できるの」
膝の上のふわふわした白い奴は、鼻をヒクヒクさせてテーブルに顔を出した。何かを察知したのだろうか? だけど、匂いは、調理されて変わっているはずだけど。
少女がスプーンを握ると、膝の上のペットがモゾモゾと動いた。ぴょんと跳躍でもすると、大変だ。
メイド達は、僕に何か言いたそうにしている。うーん、彼女達の言うことより、僕の言うことの方が聞いてくれるのかな。
「フロリス様、左手で、ぷぅちゃんを抱っこできますか?」
僕がそう尋ねると、少女は眉間にシワをつくった。難しいかな。
「ぷぅちゃんのごはんは?」
「それは、フロリス様のお食事が終わってからにしましょう」
「でも、お腹が空いてるのかも」
「フロリス様、ぷぅちゃんを甘やかしてはいけません。フロリス様が主人だということを理解させて、おとなしくできるよう、しつけなければなりません。もしここで暴れてしまうと、フロリス様の部屋から出せなくなりますよ」
「……わかったの。ぷぅちゃん、おとなしく待っていなさい」
少女の言葉を理解したわけではないようだが、奴は、モゾモゾと動くのをやめた。膝の上で、ジッと少女の顔を見ている。
「フロリス様、いまのうちですよ」
「うん」
フロリスちゃんは、スプーンでスープすくった。そして、少し戸惑いながらもパクリと食べた。肉団子が入っていたみたいだ。複雑な顔をしている。でも、ゴクリと飲み込んだ。
「ヴァン、これって、ヴァンが狩ってきた肉?」
「はい、そうだと思います」
「ぷぅちゃんのお母さん?」
「どうでしょうか。知り合いかもしれないし、全然知らないかもしれませんね。同じ場所に生息していましたけど、広い草原だったので」
「そう……」
少女は、黙り込んでしまった。スプーンも止まっている。膝の上にいる奴の仲間を食べてしまったんだから、当然だ。だけど、きっと大丈夫だ。彼女の意思で食べることができたんだから。
「ぷぅちゃんは、何か言ってますか?」
「ん? あっ、お腹が空いたって。私、早く食べなきゃ」
「こちらのパンもどうぞ」
「うん」
メイドがパンをちぎって、食べやすくしている。
「パンをスープに入れると食べやすいですよ。僕は、急ぐときには、スープにパンを放り込んで、一気に食べるんです」
「ヴァン、それは、お行儀が悪いわ」
フロリスちゃんに叱られてしまった……。
少女は、左手でペットをおさえ、右手だけで食事を進めている。スプーンを持ったり置いたり忙しい。でも、彼女は、早く食べることに必死のようだ。
チラッとメイドに目を移すと、二人とも涙ぐんでいた。僕も、なんだか、もらい泣きしてしまいそうになるよ。
僕がいない間、ひどい状況だったのだろう。フロリスちゃんが食事をする様子を見て、あちこちでヒソヒソ話をしている。でも、直接何かを言ってくる人はいないようだ。よかった。
「紅茶をもらってきますね」
「うん、ミルクティ」
「はい、かしこまりました」
厨房へ戻ると、料理人達が少女の噂話をしていた。僕に気づくと、慌てて口を閉している。
「甘いミルクティをお願いします。あまり熱くない方がありがたいです」
「お、おう」
「あんた、一体、どんな魔法を使ったんだ? あの子が自分で食事をしているじゃねぇか」
「僕は何も。天兎のおかげですよ。彼女の膝の上にいるんです」
「あぁ、黒服が騒いでいたな。魔物を持ち込むなんて、どうかしているとな」
「ですが、あの兎は彼女の家族になったようですよ」
「ハハッ、膝に兎を乗せて、兎を食ってるのか。まともじゃねぇな」
ひどい言い方だな。僕は、返す言葉が見つからない。だがなぜか、暴言を吐いた料理人は、僕が黙ったことで慌てているようだ。
「冗談だ。本気にするなよ? 俺はドラゴンは苦手なんだ。変なことを考えるなよ?」
「なぜ、突然、ドラゴンの話が?」
「い、いや……な、なんでもねぇよ」
僕に親切にしてくれる料理人が、ミルクティを持ってきてくれた。
「甘くしたが、足りなければこれで調節してくれ」
「ありがとうございます」
「厨房内は、薬師の坊やの噂話で大変だぜ。ボックス山脈に生息するドラゴンを従えているってな」
僕は、そんなことを言っていないのにな。
「なぜ、そんな噂になっているんですか?」
「天兎だよ。あれは神殿跡にしか居ないだろ? 神殿跡の番人は、どの山もドラゴンだからな」
「あー、なるほど。だから、竜を従えているのかと聞かれたんですね」
「実際、どうなんだ?」
「ご想像にお任せします。ミルクティ、ありがとうございます」
僕は、あいまいな笑みを浮かべ、厨房を離れた。肯定したことになるかもしれないけど、下手なことは言わない方がいいような気がする。
フロリスちゃんの席に戻ると、少女はうつむいていた。ペットをキュッと抱きしめて、必死に何かに耐えるような表情だ。
まさか!
まわりを見回すと、ヘラヘラと笑っている少年が二人いる。黒服達も、興味深そうに様子を見ていた。
「フロリス様、お待たせいたしました」
僕は、明るく声をかけた。僕の顔を見上げた少女の目には涙が溜まっている。メイド達には、絶望感が漂っていた。だけど大丈夫だ。涙は、心の傷を癒してくれる。
少女の前に、ミルクティを置いた。
食事も、一杯のスープと、小さなパンを一つ食べてくれた。きっと大丈夫だ。
少女がミルクティに手を伸ばすと、バンと音がした。ヘラヘラしていた少年達のテーブルだ。
「よく平気で紅茶なんか飲めるよな。ペットにしている兎を食ったくせに。おまえの母親を食った魔物と同じじゃないか」
なぜ、彼女が兎を食べたと知ったのだ? 黒服達の何人かが、ニヤニヤしている。そういうことか。
少女は震える手で、カップに触れた。だが、そこまでのようだ。彼女が少し回復すると、こうやって潰そうとする。だけどこれは、彼女自身が乗り越えなければならない。
「フロリス様、ぷぅちゃんは何と言っていますか」
「ヴァン……私……」
「フロリス様が召し上がった肉は、僕が狩ってきました。膝の上の子も、僕は殺したつもりだった。でも、その子に治癒魔法をかけて治したのは、誰ですか」
「……私」
「ぷぅちゃんにとって、フロリス様は命の恩人ですよ。あ、そうだ。ぷぅちゃんが生息していた場所を管理している家族の子が、フロリス様を連れて遊びに来たらいいって言っていました」
「ぷぅちゃんのお家?」
「はい。巣は潰してあると思いますけどね。増えすぎて、管理する家族が困っていたので。でもそこに行けば、ぷぅちゃんの友達がいるかもしれませんよ」
「行ってもいいの?」
「フロリス様の話をしたら、彼の方から遊びに来たらいいって言ってました。精霊の気配がする気持ちのいい場所です。ぷぅちゃんと一緒に遊びに行きましょう」
「でも、そうしたら、ぷぅちゃんは居なくなるの?」
「大丈夫ですよ。その子はフロリス様に懐いています」
「うん!」