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73、商業の街スピカ 〜天兎という希少種らしい

 食事の間で、バトラーさんの姿を見つけた。獲物が入った麻袋を料理人に引き渡して、何か話をしているようだ。いつもフロリスちゃんの部屋の前にいる見張りの人も一緒だ。彼が麻袋を運んだのかな。


 僕は、スキル『道化師』のポーカーフェイスを使い、そして、食事の間へと入っていった。


「先程、フロリス様のお部屋にお越しいただいたと聞きました。ご用でしょうか」


 僕がそう声をかけると、バトラーさんはこちらを向いた。食事の間にいた何人かの視線も突き刺さる。フロリスちゃんの名を出すと、こうなるんだよな。


「ヴァンくん、身なりも整えたようですね。使い捨ての魔法袋をメイドから預かりました。ヴァンくんがボックス山脈で狩ったものが入っている、ということでしたが……事実でしょうか」


 どういう意味だろう? ボックス山脈までの移動のことを疑っているのか。


「はい、事実です。転移魔法を使える魔導学校のクラスメイトが付き合ってくれたので、移動は短時間でいけました」


「移動のことは聞きましたよ。私が尋ねたいのは、この袋の中身です。これは、どこに居たのですか」


 えっ? あー、種類がわからないからか。


「ボックス山脈の一つの山の上です。村の跡地のような場所を管理をしている方から、増えすぎて困ると聞き、ちょうど狩りをされるということだったので、僕も参加しました」


「管理をしている方というのは、普通の人ではありませんね? 山頂付近にあった村は、ほとんどが魔物の巣になっていて、近寄ることなどできません。そこには、魔物を立ち入らせないための特殊な門番がいるということですね」


「僕には、そんな事情はわかりません」


 バトラーさんは、僕を探るような目で見ていたが、ふーっとため息をついた。僕が知っているとバレたのかな。いや、ポーカーフェイスを使っているから、大丈夫なはずだよね。


「この獲物が何か、知っていますか?」


「いえ、知りません。管理をしている方からは、美味しいから、食用に適すると聞いています」


「そう、ですか。これは、フロリス様の食事用ということですよね。かなりの量ですが」


 良くない物だったのだろうか。


「そのつもりで、僕が自分の手で狩ってきましたが、何かマズかったのでしょうか」


「ヴァンくんは、まさか、竜を従えているのですか?」


 へ? なぜドラゴンが出てくるのかな。バトラーさんは、探るように僕をジッと見ている。他の人の目もあるから、下手に答えられないよな。


「どういう意図でのご質問でしょうか」


 すると、バトラーさんはあたりを気にして見回したようだ。そして、ふーっと、ため息。あちこちからの視線が突き刺さる。


「この獲物は、おそらく天兎、かつての神の神殿で飼われていたものだと思われます。各地で飼われている綿毛兎の、祖先にあたる種でしょう」


「あまうさぎ? 初耳です」


 神殿の住人のペット? 狩っちゃいけなかったのかもしれない。マズイのかな。でもチビドラゴンは、増えすぎて困るって言っていたよね?


「トドメを刺せていなかった数体は、回復させました。絶滅したと考えられていた希少種ですから、冒険者ギルドに引き取ってもらいます」


 麻袋から声がしていた奴らは、助かったんだ。


「希少種ですか……まずかったのでしょうか」


「増えすぎて困っておられるなら、狩りをすることは許されるでしょう。綿毛兎の元となる個体も、おそらくそのような経緯で、街に持ち込まれたものでしょうから」



 バトラーさんは、何かをためらうような素振りを見せた。すると料理人が口を開いた。この人は初めて見る顔だな。


「兄さん、この兎を旦那様にも召し上がっていただいても構わないか? 他の奥様やお子様達にも。滅多に手に入らない肉だ。美味い綿毛兎よりも、さらに美味だと聞いたことがある」


「ですが、そこまでの量はないですよね」


「どうせ、あの子は食べないだろう? あまりにも勿体ないじゃないか」


 うわ、感じ悪い。だけど僕の立場で拒否するのはマズイか。フロリスちゃんへのイジメの原因になりかねない。あっ、そうだ!


「その判断は、フロリス様にしていただくべきだと思います。ですが、彼女は幼い。ですので、僕の後見人であるフラン様にお尋ねください」


「げっ? フラン様か……」


 バトラーさんは、頷いている。この返答は間違っていないんだな。


「今日の夕食は、フロリス様だけにしておきましょう。今夜、フラン様がいらっしゃるので、お許しを頂いたら、お夜食にでもお出しできますね」


「チッ、わかったよ」


「あっ、料理人さん、できれば、ミートボールでお願いします。もしくはスープに入れてください」


「はん? 黒服のくせに、俺に指図する気か?」


「失礼いたしました。ですが、フロリス様が食べやすいものでお願いします。そのために、外泊許可までいただいて、僕が自分の手で狩ってきたのですから」


「ふん、生意気なガキだ」




 僕がフロリスちゃんの部屋に戻ると、彼女は、ふわふわな白い奴と一緒に、カーペットで眠っていた。よかった、眠れるようになったんだ。


「ヴァン、ありがとう。私達では、どうすることもできなかったわ」


 眠る少女を見守りながら、マーサさんはそう言った。


「いえ、たまたま偶然ですよ。その子がフロリス様を必要としたからですよね、きっと」


「そうかもしれないわね、でも……」


 メイド二人は、寂しげに微笑んでいる。夕食を食べてくれなかったら……やはり、他へ放り出されてしまうのだろうか。神官様が今夜来るのは、その件なんだろうな。




 夕食の時間になり、メイド二人がフロリスちゃんを起こした。


「ぷぅちゃんのごはんは?」


 ぷぅちゃん? ふわふわな白い奴に、名前を付けたのかな。


「食事の間に、魔物を持ち込むわけにはいきません。フロリス様が召し上がってからにしましょう」


「ぷぅちゃんを置いていくの?」


「当然です」


「ダメだよ。ぷぅちゃんは寂しがるもの」


 少女は、ふわふわな白い奴をしっかり抱きしめて、首を横に振っている。こんなに自己主張する姿は、初めて見た。


「フロリス様、私がお預かりしますから」


「ダメ! ぷぅちゃんを食べるでしょ」


「そんなことしませんから、ご安心ください」


「ダメなの。ぷぅちゃんが、嫌って言ってるもの」


 まさか、食事の間に連れて行く気なのか? いやいや、フロリスちゃんの夕食には、ぷぅちゃんの友達が……。


 だが、メイド二人は、お嬢様にはそれ以上強く言えないらしい。僕の方に、なんとかしろと言いたげな視線を向けてきた。


「フロリス様、今夜の夕食には、僕が狩った肉が出てきますけど……」


 僕がそう言うと、メイド二人にキッと睨まれた。えーっと、失敗したかな。でも、何も言わずに食べさせて、もし、トラウマになったら大変だよ。


 フロリスちゃんは、ひきつった顔をしている。でも、キチンと話しておく方がいいよね。


「フロリス様、召し上がるかどうかは、ご自分でお決めください。無理強いはしません。ただ、僕は、フロリス様に食べていただきたくて、狩りに行ってきました。そして、狩った兎は、もう生き返りません。フロリス様が召し上がらなければ、捨てられてしまいます」


 ちょっと卑怯な言い方だと自分でも思う。少女は、混乱しているようだ。


「でも……」


「人は残酷な生き物です。数々の命を奪って、それを食べることで生きています。魔物も同じです。生きるために自分より弱いモノを狩ります。それが、生きるということなんです」


 話が難しいか。でも、少女はジッと聞いてくれている。


「フロリス様は、ぷぅちゃんを育てるんですよね?」


「うん!」


「それなら、フロリス様自身が強くならねばなりません。その子がまた怪我をしたとき、僕のポーションが無くても、フロリス様の治癒魔法で完治させることができたら、その子を守ってあげられますよね」


「……うん」


「その子は走るのが速いです。フロリス様と追いかけっこをして遊びたいかもしれません」


「うん! 私も遊びたい」


「そのためには、フロリス様は、もっとたくさんご飯を食べて大きくならないといけません。ぷぅちゃんの素早さに負けてしまいますよ」


「あぅ……」


 少女は、キュッとふわふわの白い奴を抱きしめている。きっと、葛藤しているんだろうな。


 プゥウ


 奴が、少女を見て、かすかに音を発した。あー、それで、ぷぅちゃんなのかな。


「うん、うんうん」


 よくわからない会話が成立しているらしい。奴は、お腹が空いたと言っているようだけど。


「わかった。ごはんを食べるの!」



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