7、リースリング村 〜成人祝いの会にて
「ヴァン、成人おめでとう、乾杯!」
「かんぱーい!」
今、村の集会所では、村のみんなが集まって、僕の成人祝いの会をしてくれている。僕が主役だなんて、照れくさいというか緊張するというか、なんだか落ち着かない。
村には、僕と歳の近い子は居ない。大人と小さな子供ばかりなんだ。大人と言っても年寄りが多いかな。ぶどうの収穫時期以外は、僕の両親もそうだけど、街へ出稼ぎに行っている人が多いんだ。
今朝、神官様が来られたときは、子供達は家で留守番をしていた。でも、今はみんなが集まっているから、随分と賑やかだ。
「ヴァン兄ちゃん、農家じゃないの?」
「うん、そうなんだ。『ソムリエ』っていうワイン選びのジョブだったよ」
「酒屋で働くの?」
「そうなるかなぁ? 食堂かもしれないけど」
「あたちのじいじが、ヴァンがレストランで働くようになったら、連れて行ってくれるって」
「わぁっ! レストランって、貴族の人達の食堂でしょ。行っていいの? 叱られない?」
「わかんない。でも、じいじが言ってた」
僕もレストランなんて、行ったことがない。やっぱ憧れるよね。もし、レストランで働くことになったら、村の人達が食事に来てくれたら嬉しいな。
でも、貴族の人達が出入りする店は、緊張するというか恐い。やっぱり酒屋の方がいいか。スピカの街には、ソムリエのいる大きな酒屋もあったはずだ。
あっ、そういえば、神官様がサポートをしてくれるとか言ってたっけ。変なところに売り飛ばされそうで怖いんだけど。
「ヴァン、神矢のシャンパンを開けようと思うのだが、専門家に任せる方がいいかな」
「村長様、それって」
「あぁ、農具屋のラーラが持ってきたよ。ヴァンが畑で見つけたんだってな。『ソムリエ』の技能を使ってみせてくれ。他にもスパークリングワインを用意したよ」
「は、はぁ」
ちょっと、急にそんなことを言われても……えーっと。うん? なんだかわかるみたいだ。
「さぁ、こっちのテーブルにどうぞ、ソムリエさん」
「あ、はい」
村長様の家族の人達が、ニコニコと手招きしている。もしかして、僕に練習の機会を用意してくれたのかな。テーブルには、ワイングラスもたくさん揃っている。
さっきの神矢のシャンパンが、氷水で冷やされてる。他にも、スパークリングワインが十本ほど一緒に、氷水に入っている。
僕は、スゥハァと深呼吸をして、テーブルに近寄った。やっぱり、神矢のシャンパンを先に開ける方がいいかな。
シャンパンを手に取り、僕は集中した。あれ? 男性の声と女性の声が聞こえる。男性は二人? 何を話しているのかはわからない、ささやき声だ。
もしかして、これって、ワインの精? ワインに使われているぶどうの妖精の声なのだろうか。
畑にいる妖精さんとは違って、会話はできそうにない。だけど、三人の雰囲気は伝わってくる。
女性の声は、上品で気高い雰囲気だな。男性の声は、一人は華やかでセクシーな雰囲気、もう一人はムードメーカーっぽい。三人の関係はとても良好なようだ。
うん、なんだかとても安心感と幸福感を感じる。だけど、ふんわりとした穏やかなイメージじゃなくて、キリッとした洗練された感じ。そっか、これが、このワインの特徴なのかもしれない。
「非常にバランスのよい状態のシャンパンです。洗練された辛口ですね。絶妙なハーモニーと、深く、しかし爽やかな余韻を楽しめる逸品です」
僕は、突然、こんな言葉を口にした。爺ちゃんがキョトンとしてる。どうしよう。でも、今はもう、僕の舞台の幕は上がっているんだ。
僕は、テーブルに置いてあったソムリエナイフで、シャンパンの口を覆っている銀色の被せものをツツツと切って外した。そして、不意に飛び出さないように栓を押さえながら、栓に巻きついている針金状のものも外した。
ここで、ポンと、大きな音を立てて栓を開けるのが通常だけど、それはマナー違反だ。だけど、今夜はお祝いだから、派手な方がいいかな?
僕は、左手でボトルを固定し、右手で栓を少し揺らしながら、注意深く持ち上げていった。右手に伝わるシャンパンの圧力が徐々に強くなってきた。
うん、ここだ!
瓶をナナメに構え、栓の隙間からほんの僅かにガスを抜き、そして指で栓を弾いた。
ポンッ!!
いい音を鳴らして、コルク栓は弧を描き、誰もいない方向へ飛んでいった。
「おぉ〜!」
パチパチ!
なぜか拍手が起こった。やはり栓を飛ばして正解だったみたいだ。
僕は、やわらかな笑みを浮かべ、そして、ワイングラスに少しずつシャンパンを注ぎ入れた。
手が勝手に、シャンパンの底のくぼみに親指を入れて、器用に他の四本指でボトルを支えている。片手だよ? こんな持ち方なんてしたことない。よく落ちないよね。
たくさんの人で分けようと思っていたのに、手が勝手に十個のワイングラスに注いだ。細長いシャンパングラスの方がいいんだけど、ないものは仕方がない。
「ひとつは、ヴァンのグラスだ。他のグラスは、それぞれ分けて頂こうか」
「はい、ありがとうございます」
「ヴァンが見つけたシャンパンだぞ。ハハハ、しかし、いきなりやらせてみても、レストランで見るソムリエと遜色ないな。驚いたよ」
そう言うと、村長様は、シャンパンに口をつけた。そして、さらに驚いた顔をしている。
「ヴァンが言っていたのは、こういうことか。飲んでもいないのに、なぜわかるんだ? いや、それがソムリエの技能だな。いやはや、驚いた。ヴァンも飲んでみなさい」
「はい」
僕は、目の前に置かれたグラスを手にとった。細かな気泡が美しい。グラスに顔を近づけると、さっきのささやき声がよみがえってきた。何を言っているかはわからない。だけど、とても心地よい響きだ。
あれ? 僕は何をしているんだろう。グラスの中身を見て、いま、一瞬、見惚れたよね?
そして、一口。
うわぁ、すごい。華やかでありつつ繊細で、キリッとした辛口だ。のどを通った後には、さっき僕が言ったような、深くて爽やかな余韻が残る。幸せな感じ、これって、シャンパンを手に持ったときの印象通りだ。
あれ? なんだか僕、おかしくない? 華やかだとか繊細だとか余韻だとか……。ソムリエって、そんなこと言うの?
なんだか妙にこそばゆい。
うーん、一度、レストランでソムリエを見てみたいな。
「ヴァン、他のスパークリングワインも開けてくれ」
「はい、村長様」
僕は、スパークリングワインを手に取った。そして集中。うん? なんだか、わちゃわちゃしてる。ささやき声は、何人いるかわからない。キャッキャ、きゃぴきゃぴ……そんな印象を受けた。でも軽やかで明るい雰囲気だな。
「フルーティで飲みやすい甘口のスパークリングワインです。料理の邪魔をしない優しい後味でしょう。スイーツにも合いそうですね」
あっ、また、僕、変なことを喋ってる。
僕は恥ずかしくなり、無言でスパークリングワインの栓を開けた。先程とは違って音は立てない。シューッと静かにガスを抜いた。
うん、慣れてきた。次々と開けていくと、誰かが横からボトルを奪っていく。だよね。スパークリングワインって、栓を開けるのコワイもんね。
「ヴァンの言う通りだな。マーム婆さんのケーキに合うぜ」
「ソムリエって、いると便利だね」
「ワインを持っていると、顔つきが変わるんだよな」
なんだか、いろいろ言われている。うん? 顔つきが変わるの? あー、なんか変なことを喋ってるときって、僕、ワインに乗っ取られているのかな?
「明日は、早朝から魔導士が来てくれる。そろそろ解散にしようか。最後に、村長から、新成人ヴァンのスキルの話があるぞ」
村役場の人に促されて、村長様が台の上にのぼった。そして、僕のスキルの話をしたんだ。
爺ちゃんの予想通り、『薬師』のスキルには歓声があがった。でも、級には触れられなかった。みんな中級だと思っているみたいだ。
スキルの話と言っていたのに、『迷い人』の話はされなかった。そっか、二つもスキルを得たことは、村の人にも知らせない方がいいんだ。
昨日、僕のおでこに神矢が突き刺さったことは、みんなが知っている。だから爺ちゃんは、村長様にこうして話してもらうことにしたんだな。
僕の成人祝いの会が終わり、家に帰ってきた。なんだか長い一日だったな。
ソムリエかぁ。
僕は、ベッドに入るとすぐに眠りに落ちた。
『コラ、だめだよ。ここはリースリング村だよ』
『うっせーな。農家に生まれたソムリエなら、俺達の奴隷じゃねーか』
ん? 何の声?




