69、ボックス山脈 〜門番
「チビ、もういいぞ」
「うん、わかった」
神殿のような遺跡で、大量発生していた白いふわふわしたうさぎのような何かは、短時間で随分と数が減ったようだ。チビドラゴンが連れてきたトカゲ達の、食欲の凄まじさを感じる。
「チビ、手伝わせて悪かったな。助かったぞ」
「僕も狩りができてよかったよ。普通の肉を食べられない子がいるんだ。だから、草食動物の狩りをしに、ボックス山脈に来たんだよ」
「それはチビの友達なのか?」
「うーん、友達じゃないけど、お世話をしている幼い女の子なんだ。お母さんが魔物に喰われて死んだから、肉が食べられなくなったんだ」
僕の言葉を、どこまで理解できているかはわからないけど、チビドラゴンは固まっている。あまり見ない表情だ。
「母さんを殺されたら……ぼくなら仕返しをするぞ。でもぼくの妹なら、悲しくて死んでしまうかもしれないぞ」
自分に当てはめて考えてくれているのか。やはり、この個体は優しいな。
「僕がお世話をしている女の子は、ごはんが食べられなくなったんだ」
「そうか、ふわふわな奴は、美味いから食べられるぞ。でも、ふわふわをたくさん食べると、お腹が痛くなるから気をつけるんだぞ」
へぇ、それでトカゲに食べさせていたのか。丸呑みすると、お腹の中は、毛玉だらけになりそうだもんな。
「うん、わかった」
「その子が食べられるようになったら、ここに連れて来たらいいぞ。今は庭が荒れているけど、ふわふわの巣を減らしたから、しばらくすると綺麗になるんだぞ」
「えっ? これくらいの小さな女の子だよ? 護衛の人がいないと、無理だよ」
「テカテカの奴か?」
あー、トロッケン家の兵の鎧のことを言っているのかな。
「こないだの人達とは、別の種類だよ。どんな服装で来るかはわからないけど」
「魔法使いのチビが、そいつらをおとなしくさせておくならいいぞ」
えっと、僕では無理だとわかっているんだね。なかなか賢いじゃないか、チビドラゴンくん。
「マルク、今の話わかった? フロリスちゃんをここに連れて来たらいいって、提案してくれたんだ。護衛の監視に、マルクが同行することが条件みたい」
すると、マルクはニヤッと笑った。
「あぁ、いいよ。俺はただの冒険者ってことにしておいてくれたら。貴族の家同士のごちゃごちゃは、面倒だからさ」
「うん、わかった。魔導学校のクラスメイトってことなら大丈夫かな」
僕がそう尋ねると、マルクは悪戯っ子っぽく笑った。
「チビドラゴンさん、マルクがついてきてくれるって。ここに女の子を連れてきたら、何かあるのかな?」
精霊の気配を感じる場所だ。何かの加護が得られるかもしれない。
「ほへ? ぼくの妹は、ここで寝るのが好きなんだぞ。ご機嫌が悪いときに連れてくると、いつも元気になるんだぞ」
「そっか。ありがとう。チビドラゴンさんは優しいね」
「ぼくは、賢いからな。どうすればその子が元気になるか知っているんだぞ」
そう言って、チビドラゴンはふんぞり返っている。ふふ、やはり可愛く見えるな。
「そっか、チビドラゴンさんは賢いね」
褒めると、チビドラゴンは、母親に見せるようなデレデレした顔になっている。ふふ、やはりまだチビッ子だね。
「じゃあ、そろそろ帰ろうかな」
「チビの世話している子が待っているもんな」
「うん、そうだね」
チビドラゴンは、緑色のトカゲ達に指示をしに行った。チビドラゴンが近寄ると、彼よりひとまわり大きいトカゲ達は、ビクッとしている。完全な主従関係があるのだと、改めて実感した。
マルクの方を見ると、変な顔をしている。どうしたんだろう?
「ヴァン、ここからは、転移できないみたいだ。やはり、感知できない結界がある」
「じゃあ、岩壁を越えないといけないんだね」
「あぁ、しかも、チビドラゴンから離れると越えられないんじゃないかな。たぶん、あのロックドラゴンの家族が、この場所の門番だよ」
「そういう役割? 岩壁を守っているんだろうとは思っていたけど」
「うん、やはり、ここは、本物の神殿跡なんじゃないか。もしかしたら、今もまだ使われているかもしれない」
「えっ? でも、あちこちに建物跡があるけど、その白い神殿みたいなもの以外は、崩れているよ?」
「村ではなくなった、ってことじゃない? 神殿っぽい建物は、魔道具を使っても中の様子が見えないんだ」
マルクは、めちゃくちゃワクワクした顔をしている。建物を探検してみたいのだろうか。
でもチビドラゴンは、トカゲ達を建物に近寄らせないようにしていた。入りたいなんて言うと、せっかくの信頼関係が崩れてしまいそうだ。
岩壁に近寄ると、チビドラゴンは、ぴょんと岩壁の上に登った。すると、マルクは大きく頷いている。
「ヴァン、あの場所にチビドラゴンが登ると、転移魔法を阻害する何かが消えるよ。ここからでも転移できるけど、まぁ、一応、岩壁の向こうに行こうか」
「へぇ、まさしく門番だね。うん、岩壁の向こうから転移する方がいいと思う。チビドラゴンに挨拶しておかないとね」
「挨拶? あはは、まぁそうだな。ここから転移すると、俺達が勝手に遺跡に侵入できるんじゃないかと、警戒されるかと思ったんだけど」
「あー、なるほど」
マルクは、なんだかニヤニヤしている。えーっと、まぁ、いいか。
マルクの浮遊魔法で岩壁を越えると、すごい突風が吹いていた。空は暗くなっている。岩壁の向こう側は、あんなに穏やかな青空だったのにな。
「ヴァン、嵐になるぞ。マナが大きく乱れている」
「転移できる?」
「特殊な転移なら可能だけど……」
あー、マルクが魔力切れで倒れそうになった転移魔法か。山の嵐は、そう長い時間じゃないはずだ。
「じゃあ、嵐が過ぎるまで待つ方がいいね」
「うーん、だけど、こんな山頂付近で嵐が過ぎ去るのを待てる場所って……」
ロックドラゴンの洞穴しかないよね。でも、やはり、ちょっと怖いよな。
「チビ、どうしたんだ? 帰らないのか?」
マルクと話していると、チビドラゴンが僕達の間に、首を突っ込んできた。ちょっとびっくりするんだけど。
「嵐が来るから、マナが乱れているみたいなんだ」
「じゃあ、ぼくのすみかに来ればいいぞ。チビが水飲み場を復活させてくれたから、みんな感謝しているんだぞ」
「洞穴で休憩させてくれるの?」
「チビと魔法使いのチビなら、いいぞ。母さんに言ってくる」
そう言うと、チビドラゴンは走り去ってしまった。まわりには、大量の巨大トカゲがいるんだけど……。
「ヴァン、洞穴に行くのか?」
「うん、チビドラゴンが、すみかに来ればいいって言ってた。母親に、僕達が行くと伝えに行ったみたい」
「待ち構えられなきゃいいけど。それより、このトカゲに囲まれている状況も、ちょっと嫌な感じだな。コイツらは、食事をしたばかりだから大丈夫だと思うけど」
「だよね。チビドラゴンは、いまいちわかってないんだよな」
「あはは、まぁ当たり前だけどな。一応、警戒しながら、洞穴を目指そうか。風が強いから結構キツイけど」
「うん、行こう」
僕達が歩き始めると、緑色の巨大トカゲ達も同じ速度で進み始めた。なんだか、僕達を逃がさないように取り囲んでいるように見える。
そうか、言葉がわからないから、疑心暗鬼になるんだ。
「マルク、僕、コイツらに技能を使ってみるよ。言葉がわかれば、行動しやすい」
「従属は使うなよ? 増やしすぎると、従属同士で争いが起こることもあるから」
そっか。ビードロの一体と会話ができるって、チビドラゴンが言っていた。コイツらは、チビドラゴンの支配下にあるみたいだもんな。
「うん、通訳だけにしておくよ」
マルクが頷くのを確認し、僕は、トカゲの中の一体に、スキル『魔獣使い』の通訳を使った。僕の身体の中を何かが駆け巡った。通訳は、一体に使えば、その個体と話せる別の個体の言葉も理解できる。
「いつまでこの人間のお守りをしなきゃいけないの?」
「いなくなるまでだろ」
「食べちゃえば、いなくなるよ」
「バカ! そんなことしたら、ドラゴンに殺されるぞ」
守ってくれているのかな? そう言えば、囲まれているから、他の外敵がいたとしても、僕達は見えないか。
「マルク、トカゲ達は、僕達がいなくなるまで守ってくれているみたいだよ」
「やっぱり? コイツらが囲んでいることで、防風堤になっているもんな」
「そうかも。だけど、イヤイヤながらって感じだよ」
「あはは、だろうな。敵意がビシビシ突き刺さるからな」
「そうなんだ。あっ、見えてきたね、洞穴だ」