68、ボックス山脈 〜遺跡で狩りをする
岩壁の先には、神殿のような遺跡が広がっていた。隠れ住む人の村ではない。神の隠れ家だったのではないだろうか。
それに、精霊が守っているかのような神聖な空気感を感じる。あっ、そうか。精霊師のスキルを得たから、精霊の気配がわかるのか。たくさんのマナとは違ったエネルギーが満ちている。
「マルク、ここって、神の神殿だったんじゃないかな」
白い石造りの建物は、あちこちが崩れてしまっている。使われなくなってから、随分と時間が経過したようだ。
「あぁ、俺もそうじゃないかと思っていたよ。精霊の気配が半端ないもんな。この気配は、スキルの影響だろうけど、岩壁の向こう側では何も感じなかった。この場所には、精霊の結界があるのかもな」
確かに、何かの特殊な結界に守られているような気がする。岩壁を越えただけなのに、あんなに強かった風もない。とても心地よい、そよ風がたまに吹くだけだ。
「なんか、ドキドキしてくる」
「あはは、ヴァン、それを言うなら、ワクワクだろ?」
チビドラゴンは、緑色のトカゲ達が岩壁を越えるのを、岩壁の上で待っているみたいだ。岩壁を越えたトカゲ達は、岩壁の近くで、ジッと待機している。完璧に、チビドラゴンの命令に従っているみたいだ。
すべてのトカゲが岩壁を越えると、チビドラゴンは、僕達の方へ近寄ってきた。
「チビ、どうだ? ここ。人間は喜ぶんだ」
「うん、すごい遺跡だよね。神殿だったのかな。こんな場所があるなんて知らなかったから、びっくりしたよ」
「だろ? 人間はこの場所を見つけられないんだ。だから、連れて来てあげると喜ぶんだぞ」
チビドラゴンは、またふんぞり返っている。そっか、ここに僕達を連れてくるために、遊びに来いと言ってたんだな。
「マルクもすごくワクワクしているよ。チビドラゴンさん、ありがとう」
「ぼくは、賢いからな。チビが喜ぶって知っていたんだぞ」
「ふふ、すごいね。人間がこの場所を見つけられないのは、高い岩壁があるから?」
「それもあるけど、ぼくや母さんが居ないと、壁は越えられないんだ」
なるほど、だから荒らされていないんだ。ロックドラゴンの家族が、この岩壁を守っているのかな。
「母さんがしばらく見に来てなかった間に、小さなふわふわの巣が増えてしまったんだぞ。母さんの友達が死んだから、ここの管理ができなくなったんだ」
「チビドラゴンさんのお母さんの友達って人間なの?」
「ぼくが生まれる前のことだから見てないけど、チビと同じ種族だと思うぞ」
それなら、人間だよね。
「そっか、その人は、ここに住んでいたの?」
「そうだぞ。母さんが子供の頃に、母さんの友達が住んでいたんだ。でもみんな、もう死んだんだぞ」
えっ? それなら、神殿の住人?
「じゃあ、随分と昔のことなんだね。神殿にはたくさんの人が住んでいたんだろうな」
僕がそう言うと、チビドラゴンは、大袈裟にのけぞってる。何に驚いているのかな。
「チビ、どうしてわかるんだ? 賢いじゃないか」
「建物が大きいし、あちこちに建物跡があるから、たくさんの人が住んでいたのかと思ったんだ」
あれ? チビドラゴンは、首を傾げている。難しい話をしたかな。
「ヴァン、建物跡って言っても、チビドラゴンにはわからないんじゃないか」
マルクは、外壁跡の石壁を指差している。チビドラゴンは、マルクが指差した石壁に、ぴょんと飛び乗った。
「マルク、なるほど。そうだね」
「チビ、魔法使いのチビは何て言ったんだ?」
「あ、ごめんごめん。いま、チビドラゴンさんが乗っている石壁は、人が作った建物が崩れた跡だよ」
「どうしてそんなことを知っているんだ?」
「自然にはできない形だからさ。そういうのが、あちこちにあるでしょ? だから、たくさんの人が住んでいたんじゃないかって、予想したんだ」
するとチビドラゴンは、また大袈裟にのけぞっている。あはは、見慣れてくると、なんだか可愛い。
「チビは賢いんだな、驚いたぞ。だから母さんは、チビにここを見せていいって言ったんだな」
「そう言ってくれると嬉しいよ」
僕がそう返事をすると、チビドラゴンは嬉しそうにしている。なんだか母親に見せるデレデレとした雰囲気にも見える。従属の技能の効果か、いや、信頼関係が深まった友達の技能かな。
キシャー!
待ちくたびれたのか、緑色のトカゲが吼えている。でも、チビドラゴンが目を向けると、しゅんとうなだれているようだ。チビドラゴンに睨まれたのかな。
「チビドラゴンさん、あの子達、お腹が空いているんじゃない? 何かを食べさせるんでしょ」
「小さなふわふわな奴だぞ。チビは優しいんだな」
チビドラゴンは、緑色のトカゲに向けて、もういいぞと言っている。草原にできた小さなふわふわな何かの巣を減らしたいみたいだ。こんな場所に生息するなら、草食動物だよね。
「チビドラゴンさん、僕達も、小さなふわふわの狩りをしてもいいかな?」
僕がそう尋ねると、チビドラゴンは驚いた顔をしている。えっと、なぜ固まるのかな。
「チビも手伝ってくれるのか? 嬉しいぞ」
「うん、マルクも狩りをするって言ってるよ」
「魔法使いのチビも、いい奴だな。ちょっとおっかないけど」
もしかして、昨夜のマルクを見たから、チビドラゴンはマルクを怖れているのかな。僕も、もしマルクが敵なら……めちゃくちゃ怖い。
「マルク、小さなふわふわな奴の狩りの許可がおりたよ」
「うん、わかってる。なんだか、チビドラゴンは俺にビビってない? こないだとは距離感が違うんだけど」
あはは、気づいたんだ。
「そうかな? 魔法使いのチビもいい奴だって言ってるよ」
「へぇ、光栄だね。だけど、小さなふわふわって何だろうな。こんな場所にいるなら草食だろうけど」
「だよね。あっ、トカゲ達が」
緑色のトカゲ達は、あちこちで食事を始めたようだ。白い何かを丸呑みしている。チビドラゴンは、食べる気はないみたいだ。トカゲ達の監視をしている。彼らが建物に近寄りすぎると、ガゥウと脅して離れろと言っているようだ。
チビドラゴンは、この場所を維持しようとしているんだな。マルクも、その様子をジッと見ている。
「ヴァン、ここは、派手な魔法は使えないね。ロックドラゴンが、ここの管理人のような役割をしているみたいだ」
「うん、そうみたいだね。母親ドラゴンが子供のときに、ここの住人と交流があったみたいだよ」
「へぇ、ということは、数百年前か」
そうか、ドラゴンは長寿だから、それくらいになるのか。この神殿は、数百年前には使われていたんだ。なんだか、壮大な歴史を感じる。
「食い尽くされる前に、俺達も狩りをしようぜ。風がないから、弓も使えるよ」
「マルク、僕は風がなくても当てられないんだけどね」
「あはは、昨夜のことを言ってんの? ちゃんとターゲティングした? 標的に魔印を付ければ、絶対に外れないでしょ。魔導学校で習ったよね?」
あー、確かに。
「すっかり忘れてた。昨夜は慌ててたし」
「じゃあ、ヴァンくん、やってみたまえ〜」
マルクは、腕を組んでニヤニヤしている。なんだか、先生みたいだな。
「うーん」
「お嬢ちゃんに肉を食べさせるんだろ? ヴァンが自分で狩った獲物なら、食べてくれるかもしれないよ」
「そうだった。うん、やってみる」
白いふわふわした奴……野うさぎのように見えるけど、チビドラゴンが言うように、ほんと、ふわふわだ。トカゲ達は、丸呑みしているけど、チビドラゴンが食べないのは、あのふわふわな毛が嫌なのかもしれないな。
トカゲ達が巣を潰すと、パッとたくさん飛び出してくる。
僕は、ショートボウを構えた。氷の方がいいよね。魔導学校で習った授業を必死に思い出して、ターゲティングした。よし、できた。そして、氷の魔矢を放った。
ポスッ
「わっ! 当たった!」
「ヴァン、首の後ろに、トドメをささないと」
「えっ……」
「ナイフでいいから。はい、どうぞ」
僕は、マルクからナイフを受け取り、バタバタしている獲物の首をスッと切った。すると、獲物は動かなくなった。
なんだか、かわいそう……。
「ヴァン、ここでは血抜きできないから、すぐに魔法袋にいれて。さぁ、次〜」
「う、うん」
僕は、それから次々と獲物を狩っていった。ショートボウにも、だんだん慣れてきた。ターゲティングも早くなってきたかもしれない。やはり実践って大事だな。
僕が慣れてきた頃に、マルクも狩りを始めた。マルクは、巣を風魔法で潰して、出てきた獲物を一瞬で拘束している。すごすぎる〜。