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63、ボックス山脈 〜宿屋でマルクに相談する

「はい、結構ですよ。当キャンプ場にようこそ」


 あれ? いいの? 何を言われるかとビクビクしていた僕は、肩透かしをくらった気分だ。


 マルクは、そんな僕の様子を見てニヤニヤしている。


「ヴァン、宿屋をとって、晩ごはんにしようぜ」


「う、うん」


 僕は、急ぐマルクの後を追いかけた。マルクは、完全に日が暮れる前に、宿屋に入りたいみたいだ。



 小さめの宿屋の入り口のカウンターで手続きを済ませ、部屋に案内された。宿屋の客は、身なりのいい人ばかりだ。貴族だけのキャンプ場だから、当たり前なのだろうけど、ファシルド家の人達とは雰囲気が違う。冒険者だからだよね。


「狭い部屋しか空きがなくて申し訳ありません。ごゆっくりお過ごしください。お食事は、レストランにご用意しております」


「ありがとう」


 マルクは、優雅な笑みを浮かべ、鍵を受け取っている。僕は、軽く会釈をしておいた。部屋は、四人部屋のようだ。貴族の感覚では狭いのかな。確かにフロリス様の部屋よりは、随分と狭いけど。


「ヴァン、あまり騒がなくなったな。めちゃくちゃ広いじゃないかーって言うかと思った」


「僕の感覚なら、めちゃくちゃ広いんだけど、貴族ならそうでもないのかと思ってたよ」


「へぇ、ファシルド家だもんな、超有力貴族だぜ。よく、そんな所に派遣されたな。神官のコネか」


「あー、うん、神官様のおばさんが嫁いだ家だからね。でも、内情の話は、しちゃいけないんだよな」


 僕がそう言うと、マルクは少し寂しそうな顔をした。


「まぁ、基本はね。ライバルとなる家の人には言っちゃいけない。だけど、俺は家を継ぐことも分家を与えられることもないから、ただの友達と思っていいよ。マズイ話は、口外しないって約束する」


「そっか、じゃあ気にせず話すよ」


「話す場所には、気をつけてよ? ヴァンならわかってると思うけど」


「うん、気をつけるよ。ここは大丈夫だよね?」


「部屋の中なら大丈夫だ」



 僕はマルクに、フロリスちゃんの世話係だということや、少女の状況を簡単に説明した。マルクは、辛そうな表情で話を聞いてくれた。自分の過去と照らし合わせているのかもしれない。


「それで、ヴァンはボックス山脈に狩りに行こうと思ったんだな。確かにボックス山脈は、独特の生態系になっているから、魔物が他の場所と行き来することは、ほとんどない」


「うん、そうなんだ。念のため、熊系と蛇系は避けようと思ってる」


 マルクは、うんうんと頷いてくれた。


「ヴァン、ただ、五歳の子供に魔物や動物の生息地の違いの理解は難しいかもしれない。それに、他の母親の子が、何を言うかわからないからさ。子供は残酷なんだ。自分が同じ立場にならないと理解できない」


「そうか……じゃあ、ここに来る意味がなかったかな」


「いや、草食の魔物や動物を狩ればいいんだよ。ボックス山脈に生息する魔物や動物の肉は、商業ギルドを通じて販売されるけど、基本すべて大型の肉食の魔物や動物だからさ」


「草食なら、絶対にフロリスちゃんの母親を食べてないもんね。でも、商業ギルドで販売されないってことは、食用に向いてないってこと?」


「いや、面倒だからだよ。草食の魔物や動物は小さいからね。血抜きや解体作業も一体ずつやるから、売り物としては効率が悪いだろ。でも、こんなキャンプ場では、逆に大量の肉はいらないから、珍しい肉で料理を作っているよ」


「へぇ、そうなんだ」


「何を狩るのがいいか、他の冒険者にも聞いてみようぜ。あ、俺が尋ねるから、ヴァンはニコニコしてればいいよ」


 僕、マルクに心配されている……。


「うん、ありがとう」




 僕達は、宿屋に併設されているレストランへ移動した。このレストランは、すべての宿屋の客が利用するみたいだな。もちろん、宿泊しない客も利用できる。


 マルクが、何かを渡すと席に案内された。


「お飲み物は、ワゴンが回ってきますので、お声掛けください」


 マルクは、片手を軽く上げて、返事をしていた。へぇ、そういうのって、貴族っぽくてカッコいいな。


 席につくと、すぐに料理が運ばれてきた。僕は、いつもは運ぶ立場だから、なんだかくすぐったい気分になった。


「ヴァン、変な顔してる」


「あはは、だって、いつもは僕は運ぶ側だからさ」


「へぇ、食事の給仕もするんだな。ぶははっ」


 なぜかマルクが急に爆笑している。


「マルク、何?」


「ぷぷぷ、いや、思わず、ウチの屋敷にヴァンがいたらって考えたら、吹き出してしまった」


「えー、ひどくない? 僕、ポーカーフェイス使えるから、それなりだよ?」


「あはは、技能使ってんの? ぷははは、真面目すぎる」


 ツボにハマったのか、マルクは笑いが止まらない。でも、まぁ、いっか。僕は、街で見かけたときのマルクの暗い表情を思い出した。きっと、こんな風に笑えないんだ。



「マルク、そういえば、来客は大丈夫だった? 急にごめん」


「あー、あれは口実だよ。来客予定なんてないんだ。何かを断りたいとき、よく、あんな風に言うんだ」


「やめておきなさいっていう意味?」


「そうそう。テトは、あんな言い方で俺に命令するんだよねー。そんなことより、食べようぜ」


「うん、なんか、見たことのないご馳走でびっくりだよ」


「ふっふっふ、やっと驚いたかー」


 マルクは、悪戯っ子のように笑った。



「お飲み物は、いかがですか?」


 ワゴンを押した人が声をかけてきた。ワゴンの上には、ワインも並んでいる。


「ヴァン、何にする? あっ、ワインがあるじゃないか」


「はい、グラスワインは、赤と白をご用意しております」


 なんだかマルクは、僕の顔とワゴンの上、交互に視線を移している。落ち着きのない子供みたいだな。


「ヴァン、やっぱワインだよな?」


「ふふっ、マルク、ちょっと落ち着きがないよ? あの、白ワインは辛口ですか?」


「はい、シャルドネ種で作られた辛口ワインです。どのようなお料理にも負けない力強さがございます」


「では、白ワインをお願いします」


「かしこまりました」


 ワゴンを押していたお兄さんは、手際良くコルクを抜き、僕達のグラスに白ワインを注いだ。グラスに注がれたときの香りで、上質な物だとわかった。


 マルクは、またポカンとしている。


「マルクは、白ワインじゃない方がよかった?」


「いや、今の話がわからなくてさ。ワインが力強いって何? 度数が強いのかな」


「度数は変わらないよ。しっかりとした味わいってことだと思うよ。たまに、水っぽいワインがあるでしょ?」


「あー、シャバシャバじゃないよってことか」


 すると、少し離れていたワゴンのお兄さんが戻ってきた。


「お客様、申し訳ございません。えっと、シャルドネ種という有名な白ワイン用のぶどうがありまして、それを使って作られた、しっかりとした味わいの辛口ワインなのです」


「へぇ、そっか、ありがとう」


 あーあ、お兄さんが焦って逃げていったじゃないか。僕もお兄さんの立場だったら、やはり焦るよな。ポーカーフェイスの技能は必須だ。


 でも、ワインのことをあまり知らない人と、逆によく知っている人がいる。接客って難しいな。


 僕は、シャルドネ種と言われただけで、味の予測ができる。シャルドネ村のぶどうかどうかが気になる所だけど。


 知らない人には、余計な情報は混乱させるだけだ。逆に、知っている人には、これでは情報が足りない。


 どうすれば、最適な接客ができるのだろう? 難しいな……だけど、中途半端はダメだな。うん、いま、学習した。



「ヴァン、今の人、たぶんソムリエのスキルは持ってないよな」


「そうかな? コルクの開け方がすごく上手だと思ったけど」


 するとマルクは、ニーッと笑ってる。何だよ、その顔。


「俺、ヴァンの……いや、なんでもない。この肉、美味しいよな。草食動物じゃない?」


 確かに、サラダに添えられている蒸した肉は、とても美味しい。それに、辛口の白ワインとよく合う。


「こっちの肉も美味しいよ。これもクセがないし、草食動物かな?」



 僕達がそんな話をしていると、さっきのワゴンのお兄さんが近寄ってきた。なんか、固い表情なんだけど?


「お客様、先程は大変失礼致しました」


「ん? 別に、大丈夫ですよ」


 マルクが、上品な笑顔を向けている。僕も、愛想笑いをしておいた。すると、彼はホッとした顔をしている。こんなことくらいで、いちいち謝りに来させるなんて、すごい徹底ぶりだな。貴族ばかりだから、か。僕も気をつけよう。


「あの、そちらのお客様は、ワインにお詳しいようですが……」


 えっ……嫌な予感がする。



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