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61、商業の街スピカ 〜貴族のデスレース

 冒険者ギルドの支店長が、僕のような子供に交換条件を出してくるなんてびっくりだ。超級薬師だと言った効果か。言わなければ、適当にあしらわれていただろうな。


「僕がミッションを受注するには、後見人の許可が必要です。後見人の許可があれば、構いませんよ」


「後見人は、話の流れからして、フランさんかな」


「はい、そうです」


「それなら問題はない。彼女なら、親しくしているんだ」


 この屋敷の近くの冒険者ギルドだからか。神官様がいつも利用している支店なのかもしれない。彼女があんなに怖い人だとは知らないみたいだ。冒険者としての彼女は、キャピッとしているもんな。



 冒険者ギルドの支店長は、チラッと大商人トード家の主人の方を見た。大商人も意味深な笑みを浮かべている。変なアイコンタクトだな。


「ファシルド様、この少年に話しても構いませんか?」


「あぁ、そうだな。聞かせてもらおうか。ちょうど、外部の者が何を知っているかを確認したいと考えていた」


 旦那様は、真顔でそう返した。支店長は、ちょっと緊張したみたいだ。探り合いをしているのだろうか。


「ヴァンくん、まずは一般論の話をするよ。キミが世話係をしている少女の様子からして、だいたい当てはまると思う。そうだな、トード家のご主人から話してもらいましょうか。貴方は一番情報を得ていないはずですからね」


 なるほど、しゃべりすぎることを防ぎたいのか。この大商人は、ただのテーブルワインを神矢のワインだと言って持って来た人だ。信用できない。


「あはは、神矢のワインだと騙されて偽物をつかまされた私の知識を、試そうというおつもりですかな」


 まだ、そんなこと言ってる。ここにいる全員が、テーブルワインだとわかって持ってきたと気付いているのに、とんでもなく図太い人だ。


 僕が気を利かせて言ったことが、彼にいいように利用されている。いや、騙されたということ自体、大商人として失格じゃないのかな。



 シーンとしてしまった。バトラーさんと目が合うと頷かれた。えっと、話を繋げ、ということなのかな。


「大商人トード様、支店長様がおっしゃる一般論とはどういうことなのでしょうか。僕には想像がつきません」


 すると大商人は少しホッとしたように、表情を緩めた。


「ヴァンさん、有力貴族の知り合いはいませんか?」


 大商人は探るような目をしている。嫌な感じだ。


「僕は、魔導学校に通っているので、クラスメイトには貴族の人が多いみたいですが」


「ほう、そうですか。では、少しはわかるかな。有力な貴族は、家を繁栄させるために多くの妻をめとり、多くの子が生まれます。これはいわば、デスレースです。自分の子に家の名を継がせたい母親が、子を厳しく教育することで、ますます優秀な子が育つ。反面、力のない出来損ないは、始末されることも少なくない」


「えっ? 殺されるのですか」


「そういう家が多いのですよ。こちらの旦那様の方針は知りませんけどね。家の恥になる子孫を残すことを嫌う傾向が強い。直接、斬り捨てる家もあるようです。でも、子の記憶を消し、教会に捨てる家の方が多いかな」


「……そうですか」


「ですがね、そのような処分の前に、ほとんどの出来損ないの子は消えてしまうそうですよ。偶然の事故や事件に巻き込まれたり、毒殺されたりね。あー、これは、優秀な子供も同じか。デスレースですからね。自分の子より優れた他の女の子供には消えてほしいですもんねー。ヴァンさんが世話係をしている子は、そのデスレースで敗北しかけているのかな」


 この家のことだけじゃないんだな。僕は、どう返事をするべきか、わからなかった。



 すると、冒険者ギルドの支店長が口を開いた。


「ヴァンくん、今の話は一般論です。ファシルド様は、自分の子の処分などされない。だが、有力な貴族の家名争いは、どこも同じようなものです」


「そうですか。だから、フロリス様は、もうダメだろうとおっしゃったのですか? 他に何かご存知の、特殊な事情があるのではありませんか」


 冒険者ギルドの支店長は、少し意外そうな表情を浮かべた。


「へぇ、なるほど。ヴァンくんは、随分と子守りに熱心なのですね。普通なら、ここまで聞けば諦めるでしょうに。派遣執事なら、その期間だけの主従関係ですよ? 捨てられる子供に肩入れをしてどうするのです? 適当に力を抜くことを覚える方がいい」


 この人、やっぱり嫌いだ。フロリスちゃんを人ではなく、物扱いしている。


 旦那様は、難しい顔だ。そうか。競争を勝ち進めない子供は、フロリスちゃんだけではないんだ。口出しができない、そういう掟なのかもしれない。


「僕は、ソムリエの技能の一つで、妖精と話すことができます。ぶどう以外の妖精も、注意していれば、姿が見え、声が聞こえます」


「ヴァンくん、いきなり、何の話ですか?」


「フロリス様には、いくつもの妖精が近寄っていきます。彼女は、妖精の加護を受けたジョブを与えられているのではないでしょうか。そんな妖精の加護を受けた子を、僕は見捨てるわけにはいきません」


「ほう、ファシルド家に、精霊使いですか。これは、また、珍しい現象ですな」


 大商人は、からかうようにそんなことを言っている。だが、冒険者ギルドの支店長は、目を見開いた。


「ヴァンくん、どんな妖精が近寄っていくのですか」


「僕には何の妖精かはわかりません。畑に集まっていた大人っぽい妖精です」


「色はわかりますか。見た目は女性ですよね」


「いろいろな色がいました。男性の妖精もいましたよ」


「もしや、精霊使いの上位職、精霊師ではないですか! そういえば、母親のサラ様はアウスレーゼ家の方だ。そのような希少ジョブが現れても不思議ではありませんよ、ファシルド様!」


 冒険者ギルドの支店長は、興奮気味だ。一方で、旦那様の表情は変わらない。すると彼は再び口を開いた。


「精霊師でなければ、精霊剣士かもしれません。もしくは魔法戦士とも考えられます。ウチの支店には、どれも下級しかいない。ぜひ、ほしい人材ですよ!」


 旦那様は、難しい顔をしている。


「フロリスにどのようなジョブが眠っていたとしても、立ち直る強さがなければ……。そうか、だから、フランちゃんは、あんなにも必死になっているのか」


 なんだか、ひとりごとのようだ。旦那様も辛いんだ。



 冒険者ギルドの支店長が、フロリスちゃんを自分の支店の冒険者として欲しがるなら、協力してくれるか。


「支店長様、フロリス様があのような状態になった特殊事情をご存知ですよね? 話していただけませんか」


 同じ質問は二度目だ。だから、少し強引に尋ねた。


「ヴァンくん、フロリス様の世話係はコロコロと変わっていてね、ほとんどが有力な冒険者だ。彼らは、ギルドにいろいろな要請をしてきたから、だいたいの状況はわかっている。母親が魔物に喰われて亡くなったことは知っているね?」


「はい」


「フロリス様は、そのせいで肉を食べられなくなった。肉を食べることは、母親を喰った魔物を食べることになると誰かに吹き込まれたんじゃないかな」


「えっ? 二年も前のことなのに」


「時間が経っても同じだよ。母親を喰った魔物の子孫を食べることは、間接的に母親を食べることになると考えたら……大人でも食べられなくなるよ」


「でも、食用の魔物なんて少ないですし、食用の家畜は関係ないですよね」


「魔物が食べ残した餌は、動物が食べると聞かされたらどうですか?」


「そんな……」


「そのために、親しい人を魔物に襲わせるようなことも、陰湿な人は考えるものなんですよ。裏ギルドには、そのような依頼も少なくない」


 ひどい、ひどい、ひどすぎる! そんな呪縛に……あっ、その話は、聞いたことがある。似た経験をした魔導学校の友達は、別の地域の物なら食べられるようになったんだっけ。



「サラ様が魔物に襲撃された場所はどこですか?」


「は? 仇討ちでもするつもりかい? 黒石峠だが」


「襲った魔物の種類はわかりますか」


「あの辺りなら、熊系のレッグベアか、蛇系のシュプールじゃないか?」


「生息する動物は、同じく熊系や蛇系ですか」


「あぁ、それでどうするんだ? それ以外の肉も食べられないと聞いたぞ」


 それは、信じていないからだ。いや、他の子が余計なことを騒ぎ立てるからだよね。



 僕は、旦那様の方を向いた。


「旦那様、フロリス様の食料を調達しに行きたいのですが、外泊許可をいただけますか?」


「どこに買いに行くのだ?」


「狩りに行きます、ボックス山脈へ」



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