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60、商業の街スピカ 〜二人の客人

 ワゴンの上には、僕が指定した物よりも、たくさんの食材が並んでいる。それに、様々な下ごしらえをされていた。いろいろな料理に、すぐに使えるようにしてくれたみたいだ。


 僕は、ワゴンを押し、バトラーさんと一緒に、客間へと入っていった。すでに、テーブルには、先程のおつまみが置かれていて、もうエールを飲んでいるようだ。


 お客様は、大商人トード家の主人と、冒険者ギルドの支店長と言っていたっけ。お客様は二人とも、スラリと細身だ。大商人は太っているのかと思ってたけど、違うんだな。



「おや、その少年は初めて見る顔だね」


 興味深そうに僕を見ていた男性が、バトラーさんにそう声をかけた。全く隙のない雰囲気だ。ちょっと怖いな。


「三日前から派遣執事として来てもらっています。冒険者ギルドへは、薬師で登録しているのではないでしょうか」


「ウチの支店には来てないよね。薬師の登録なら、珍しいからすぐに耳に入るはずだけど」


「彼の成人の儀をされた神官様が、まとめて三つのギルドに登録をしたとおっしゃっていましたよ」


「なんだ、事務局に行ったのか。ということは、上級薬師だね。ぜひ、うちの支店でミッションを受けてもらいたいよ」


 そう言うと、隙のない男性は僕に微笑みを向けた。この人が近くの冒険者ギルドの支店長なのか。


 僕は、柔らかな笑みを返しておいた。もちろん、スキル『道化師』のポーカーフェイスは発動中だ。


 商業の街スピカでは、冒険者ギルドは、支店ごとに成績を争っている。だからこそ、ミッションの達成率も高いし、多くのミッションが集まるらしい。本店のギルドマスターがやり手なんだよな。


「へぇ、上級薬師の派遣執事ですか。ふむ、ジョブ『執事』なのですかね。これは、商業ギルドが離さないでしょうな」


 もう一人の男性も、隙のない目つきをしている。ただ、冒険者ギルドの支店長とは、タイプの違う目つきだ。大商人だというのがよくわかる。なんとも言えない欲深さがにじみ出ている。



「彼は、フランちゃんが連れてきてね。いまは、サラの娘フロリスの専属の世話係をしているのだ」


 旦那様がそう言うと、二人は全く別の反応を見せた。


「さすがはファシルド家ですな。子守りに上級薬師の執事を雇うとは、資金力の差を見せつけられるようですな」


 大商人トード家の主人は、そんなことを言っている。確かに一人の子守りに派遣執事を雇うのは贅沢か。


「そんなことに、上級薬師を使っているのですか。あの子は残念ながら、もうダメでしょう。家名に傷がつかないように、うまくどこかへ移されては? ご相談に乗りますよ」


 冒険者ギルドの支店長は、フロリスちゃんの状況を知っているようだ。しかし、嫌な印象を受けた。少女をまるで、物のように考えているのか。



 僕は、バトラーさんの合図で、ワインを取り出した。来客二人の視線が僕に向いた。


 旦那様は、さっきからずっと退屈そうにしている。この来客二人とは、仕方なく付き合っているという印象を受けた。僕は、料理人達の言葉を思い出した。この二人は、旦那様に恥をかかせたいのか。


「少年が、ワインを開けるのか? 神矢のワインだぞ!」


 大商人がそんなことを言っている。チラッとバトラーさんの方を見ると、彼は頷いた。旦那様に許可を得ておこうかな。


「旦那様、僕にお任せいただいても、構いませんか?」


 旦那様は、バトラーさんをチラッと見てニヤリと笑った。


「あぁ、構わん。好きにやってくれ。アランの件を聞いた。ヴァンといったか? 感謝する」


「いえ、では、自由にやらせていただきます」


 僕がそう返事をすると、旦那様の目の色が変わった。まるで少年のように楽しげだな。



「お客様、僕のジョブは執事ではありませんよ。神矢のワインだということですが、僕は手に持つことで、ワインの精、すなわち、ワインを構成するぶどうの妖精の声を聞くことができます。あいにく僕は未熟なので、その囁き声は印象としてしか伝わってこないのですが」


 そう言うと、大商人は黙り込んだ。


 僕はソムリエナイフを使って、瓶の蓋を覆うキャップをツツツと切り取った。キャップだけでも、安価なワインだとわかる。


 そして、ナイフ部分を折り畳み、らせん状のスクリューをキュッキュとコルクに回し入れ、瓶口にフックを引っかけ、テコの原理を使ってスーッとコルクを引き上げた。最後は、コルク部分を持ち、そっと外した。


 コルク栓の香りを確認。うん、ただのテーブルワインだな。しかも、あまり良い状態ではない。


「どなたか、テイスティングをお願いできますか?」


 僕がそう尋ねると、二人は慌てている。


「まるで、高級レストランのようだな」


 僕は、やわらかく微笑み、返事を待った。


「じゃあ、持ってきていただいたトード家のご主人に」


「かしこまりました、旦那様」


 僕は、大商人のグラスに少しワインを注いだ。そして、にこやかな笑みを浮かべると、彼はグラスをとり、香りを確認して一気に飲み干した。


 そして僕に向かって頷いた。ただのテーブルワインだと知っていたみたいだな。


 僕は、客人二人と旦那様のグラスに、ワインを注いだ。


「僕も、少しいただいても構いませんか? これに合うおつまみを作ろうと思いまして」


「あぁ、構わん」


 旦那様は、面白そうにしている。そして、ワインを一口飲んで、眉をしかめていた。ワインは好きじゃないのかな。


 僕は、少しだけ、ワインを味見させてもらった。やはり、予想していた通り、辛口で水っぽいロゼワインだ。でも、これなら、どんな料理も邪魔をしない。



 ピーマン肉詰めをアレンジした、トマト肉詰めにしようか。玉ねぎ、挽き肉、にんにく、ベーコンのみじん切りを炒め、器として中をくり抜いたトマトに詰め、数種のハーブや塩コショウをかけて、フライパンで蒸し焼きにした。


 トマトのスープも作ろうかな。いや、スープじゃなくてムースの方がいいかな?


 トマトを細かくカットして、魔法を使ってペースト状にした。そして、調味料やゼラチンを放り込む。生クリームを泡立てて、そこにトマトペーストを混ぜ入れ、塩コショウで味を整えた。そして氷魔法で冷やし固めた。


 くり抜いたトマトの余りがあるから、これをムースのソースにしよう。少し甘くして火魔法で水分を飛ばした。



「お待たせ致しました。トマトを使った創作料理です。そのロゼワインと合わせてどうぞ」


「珍しいパフォーマンスですな。料理人のようですが、魔法を使っていたから、面白かったですよ」


 冒険者ギルドの支店長は、そこに食いつくのか。


「へぇ、トマト料理と、このワインは合うようだな。悪くない」


 旦那様は、トマトの肉詰めを気に入ってくれたみたいだ。ムースの方が頑張ったんだけどな。


 大商人は、無言だ。僕のジョブがソムリエだということがわかったんだろう。たまにチラッと僕を見ては、目をそらしている。



「神矢のワイン、なんですよね?」


 僕がそう尋ねると、大商人は引きつった表情をしている。


「神矢のワインにしては、あまり驚くような味ではありませんね。珍しい色ですが、南部で飲んだテーブルワインに似ていますねー」


 冒険者ギルドの支店長は、これが神矢のワインではないことがわかったみたいだ。大商人は、すんごい汗だね。


「お客様、神矢のワインを入手された際は、飲む直前まで、神矢のまま保管されることをお勧めいたします。ただ、大変申し上げにくいのですが、お客様は騙されていらっしゃるかと存じます」


「……な、何をだ?」


 僕は、客人二人と旦那様をゆっくりと眺めた。大商人以外は、楽しそうな顔をしている。


「この品は、神矢のワインだとは考えられません。この街では珍しいロゼワインだから、神矢のワインだと偽る悪徳商人がいるのでしょう。僕は、神矢のワインを飲んだことがあります。手に取るだけで、恍惚としてしまうほどの逸品でした」


「キミのジョブは……ソムリエか」


 恐る恐る尋ねる大商人。否定して欲しそうだな。


「ええ、僕のジョブはソムリエです。それから、上級薬師ではありません。僕の薬師スキルは、超級です。だから、フロリス様の世話係をしています。先程、もうダメだろうとおっしゃった理由を教えていただけませんか」


 僕は、冒険者ギルドの支店長に、そう尋ねた。すると、彼は、やれやれという表情を浮かべたが、考えをまとめようと頭をトントンと叩いている。


「ヴァンくん、と言ったか。その問いに答えれば、うちの支店で薬師としてのミッションを受けてくれるかな?」



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