表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

58/574

58、商業の街スピカ 〜アランとフロリス

「兄様、そんな脅しには……それに、なぜここに?」


「脅しではない、事実だ。おまえが無知なだけだぞ、恥ずかしい。俺がここにいてはおかしいのか? 今頃は死んでいるとでも思ったか?」


「いえ……くそっ」


 コールと呼ばれた少年は、僕を睨みつけ、そそくさと逃げるように離れ、端の個室に入っていった。わざわざここまで、フロリスちゃんを傷つけるために出てきたのか。


 助かった、のかな?


 だが、フロリスちゃんはまだ表情が戻らない。まるで人形のようだ。ここでうまくフォローできなければ、さらに沈んでしまうのか。どうしたら……。



「フロリス、サラダのグリーンレタスは、おまえが作ったと聞いたぞ。シャキシャキしていて、新鮮で美味いな」


 僕と同じ歳くらいの少年がそう言うと、フロリスちゃんは彼の方を向いた。そして、僕の方も見て、ポツリと呟いた。


「ヴァンが魔法を失敗して、畑から転がり落ちたの」


「へぇ、ヴァンは魔法が苦手なのか?」


「コロコロって落ちちゃうの」


「フロリスは、その魔法を習っているのか?」


 少女はうつむき、戸惑ったような不安げな顔をしている。少し怯えているのかもしれない。


「あぅ……種を撒いたの」


「そうか。では、ヴァンにその魔法を習って、フロリスがやってみればいい。フロリスは器用だから、上手くできるんじゃないか?」


 少女は、パッと顔を上げた。


「でも明日は、お花なの」


「花は食べられないな」


「アラン兄様は、グリーンレタスがいいの?」


 えっ? この少年がアラン様? 顔の腫れが消えているから、わからなかった。


「花でもいいが……あぁ、花なら、俺の所に持ってきてくれるか? 来週、俺は十三歳の誕生日を迎える」


「お誕生日……うんっ!」


 少女に笑顔が戻った。さっきの妙なハイテンションではない。畑で見せた可愛らしい笑顔だ。



「アラン様だとは気づきませんでした。失礼致しました」


「顔が全然違うだろう? 逆に気づかれると複雑だぜ。ヴァンのおかげで、随分と楽になった。ありがとう」


「いえ、薬が効いてよかったです。まだ完治していませんね。薬は足りていますか?」


「あぁ、大丈夫だ。あの後、弟達の秘密基地の大量の汚染水から、鉱物性の珍しい毒が検出された。致死率は100%だという、闇取引でしか扱っていない特殊な毒だとわかったよ」


「そう、でしたか」


「俺を殺そうと、誰かが故意に仕掛けたようだ」


 アラン様は、その部分を特に大きな声で話した。まるで他の使用人達を威嚇するかのようだ。


 なるほど、これが逆に防衛になるんだな。


「ヴァン、恩を返したい」


「いえ、そんな、僕はたいしたことはしていませんよ」


「致死率100%の毒を解毒できる薬師なんて、滅多にいない。この縁を逃したくないんだよ」


 そう言うと彼は、悪戯っ子のように笑った。


「えーっと、では、フロリス様と仲良くしてあげてくださいませんか」


「ふっ、そう言うだろうと思ったよ。ヴァン、そんな欲のないことばかりを言っていると、ソムリエなんてやっていけないぜ。俺達のような貴族に利用されるぞ」


「よく言われます……」


 僕がそう言うと、彼はケラケラと笑った。


「じゃあ、またな、フロリス。花を待っているぞ」


「うん」


 アラン様は、満足げに微笑み、食事の間から出ていった。




 昼食は、フロリスちゃんはサラダだけを食べた。メイドもホッとしている。だけど、こちらを睨む目が気になるようになった。食事中の子供や奥様だけではない。黒服や料理人などの使用人からも、敵意の目を向けられた。


 これまでは、僕のことは見えていないかのようだった。それが、アラン様と話したことで、ガラリと変わった。わずかに、好意的な視線もあるのが救いかな。


 メイドは、常にこんな視線を浴びているから警戒し、すべてを睨み返しているのかな。弱いと思われたくないからか。だけど、僕は……。


 そういえばアラン様は、超級薬師は、ここにいる全員を即座に殺せるんだと、坊ちゃんを脅していた。


 確かに、飾られている花を使って毒薬に変えて空気中に散布すれば……それも可能だな。やはり、僕がここで示すことができる力は、薬師のスキルか。


 きっと、アラン様との会話は、おおげさに誇張された噂となって、すぐに広がるだろう。僕が超級薬師のスキルを持つことが、屋敷中に知れ渡る。


 もはや隠すよりも、開き直るしかないか。


 だけど、この屋敷の人達の多くは、超級薬師に何ができるかを知らないようだ。僕を利用しようと近寄ってくる人がいないのが、超級薬師のスキルを知らない証拠だと感じる。


 武術系の貴族だから、だよな。彼らは、物理戦闘力は圧倒的に強いけど、それ以外のことには、あまり興味がないのかもしれない。


 魔導学校の友達には、貴族が多いけど、みんな弱小貴族だ。マルクみたいな魔術系も少しいるけど、武術系の貴族はいないと思う。


 まずは、超級薬師の力を知らせる必要がありそうだ。


 僕に対する印象が変われば、僕が世話をするフロリスちゃんへの直接的な暴言は、減るはずだ。


 こんな人達と親しくなりたいとは思わない。だけど彼らに、僕に媚びたいと思わせることができれば、立場は大きく逆転する。




 部屋に戻ると、フロリスちゃんは机に向かった。昨日と同じだな。だけど、すぐに勉強をやめてしまった。



「ヴァン、お花が育つ魔法を教えてほしいの」


「フロリス様、今は、お勉強の時間ではないのですか?」


「でも、兄様がお花を待ってるの」


「お誕生日は、来週なんですよね?」


「でも……」


 少女は、不安そうな顔をしている。


 そうか、声をかけてもらった期待に応えようとしているんだな。そうしないと、見限られると思っているのかもしれない。


 こんなに小さな身体で、受け止めきれない程の苦痛を抱えて、不安で心細くてどうにもならないんだ。


 僕は、ズキリと心が痛んだ。


 しかし、アラン様が突然、少女にこんな提案をしたのはなぜだろう? 魔法を使うには体力を消耗する。こんなにやせ細った身体では、マナの循環なんて……。


 あっ、そういうことか。


「フロリス様、魔法を使うには、身体の中でマナを操る力が必要なんです。まずは、体力をつけましょう」


「えっ?」


「アラン様は、きっとそれが言いたかったんですよ」


 フロリスちゃんは首を傾げた。でも世話をするメイドは、その意味がわかったようだ。


「今のフロリス様には、魔力を制御する力はありません。魔力値は、お歳のわりに高いのですが」


 いつの間にか起きていたもう一人のメイド、マーサさんがそう教えてくれた。僕は、自分の魔力値さえ知らないけど、貴族に生まれた子は、計測しているんだな。


 あっ、僕もギルドで計測したけど……結果を聞いてない。


「そうですか。じゃあフロリス様には、夕食をしっかり食べていただかないといけませんね」


「でも……」


「食べやすいものからで大丈夫ですよ。僕は、ちょっと食事の間の厨房へ行ってきます」


「ヴァン、何をするつもり? アラン様と話したことで、貴方、敵を増やしているわよ」


 このメイドは、マーサさんよりも慎重派なんだよな。それだけ、大変なことが続いているのだろうけど。名前、聞いてないな。


「はい、それは感じていました。だから、ちょっと行ってきます」


「何をするの?」


「そうですね……敵視する人を減らしてきます。うまくいけば、フロリス様に対する暴言も減らせるかもしれません」


 二人は、意味がわからないのか、きょとんとしている。フロリスちゃんは、昼寝の時間かな。うとうとする少女をメイドが寝室に運んでいった。


 僕は、そっと部屋から出て、食事の間へと向かった。




 この時間は、奥様達のティータイムのようだ。食事の間は、見たことのない顔ばかりだった。それに黒服も、奥様に仕えている人達は雰囲気が違う。


 だけど僕のことは、もう噂になっているようだった。あの子だと、やたらと興味深そうな視線が突き刺さる。


 子供の世話をする黒服とは違って、あからさまな敵意は見せない。僕は、ポーカーフェイスの技能を使った。これがないと、まともに話せないよ。


 僕が厨房へと向かうと、一人の黒服に声をかけられた。



「キミが、フラン様が連れてきた少年かな?」


「はい」


「こんな時間に何の用だ?」


「フロリス様の夕食の相談に来ました」


「あの子は、食べないだろう? 怖れているから」


「えっ? 毒でも混入されたのですか」


 まさかと思って尋ねると……その黒服は、意味深な笑みを浮かべた。嘘だろ? 安全のために、ここで食事をさせられているんじゃないのか?




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ