574、自由の町デネブ 〜新たな目標
今回で最終話です。いつもより長めになっています。
「ヴァン、飯にしようぜ。その前にこの付近を何とかしてくれ」
ゼクトが、魔法袋からテーブルを出し始めた。地面はまだ熱がこもっているのに、せっかちだな。
「ゼクトさん、食事ならデネブに戻ってからの方がいいわ。落ち着かないもの」
なぜかフラン様がそう反論している。だが、ここはボックス山脈だ。空腹でウロウロすると、命に関わることになりかねない。僕が指摘しようか迷っていると、フロリスちゃんが口を開く。
「フランちゃん、ここはボックス山脈なんだよっ? 突然何が起こるかわからないの。ボックス山脈の結界が急に濃くなって転移が使えなくなることも、珍しくないわっ」
「あら、フロリスも言うようになったわね〜」
フラン様は、このことを知らないわけがない。フロリスちゃんを試しているのかもしれないな。
フロリスちゃんに向けるフラン様の眼差しは、とてもやわらかい。一方でフロリスちゃんは、ふふんと得意げなんだよね。初めて会ったとき、全く感情のない人形のようだった少女が、別人のように立派に成長したことを、僕は嬉しく思っている。フラン様は、その何倍も嬉しいだろうな。
「おい、ヴァン、食料が出せないぞ、なんとかしろ」
ゼクトがこんな風に言うのも、僕を信頼してくれているからだと感じる。狂人と呼ばれて心を閉ざしていた頃とは、別人だよな。これが本来のゼクトなんだと思うけど。
僕は、スキル『精霊師』の邪霊の分解・消滅と広域回復を使う。火山流で犠牲になったモノも少なくないだろう。地底を流れるマグマはどうにもできないけど、変な場所からの爆発的噴火は鎮まってほしい。
僕の足元に魔法陣が現れた。そして、一気に広がっていく。おっ、今までの最高記録かもしれない。肉眼では到底見えない広い範囲に、魔法陣が広がっていく。
これも新たな技能、竜を統べる者の影響だろうか。極級ハンターになったからかもしれないけど。
『神の癒やし〜〜』
また、大トカゲが騒いでるよ。火山によって受けた魔物のダメージも、回復できているかな。
冷えた溶岩で真っ黒だった大地も、緑の草原に戻ったはずだ。燃えた木々も一部は復活しているかな。僕のスキルでは元通りにはできない。だけど、これから時間をかけて、元の姿に戻っていくだろう。
火山が流れた川は、そのままになっている。表面は冷えていても、その下をマグマが流れているためだ。たくさんのマナ玉も広域に広がったかな。
たぶん、冒険者達が勝手に掘り起こして、溶岩が冷えて固まって歪な岩を排除してくれるはずだ。神矢も埋まっているだろうから、トレジャーハンターには、たまらないかもね。
ゼクトが出したテーブルに、僕はたくさん作っておいた弁当を並べていく。
待ちきれなくなったのか、ルージュも草原に座り込み、持たせてあった簡易魔法袋から、お弁当を出している。
「ルージュ、それは予備だったんだけどな……」
「とうさん、あたしのおべんとうだよっ」
ルージュは、僕に奪われると思ったのか? まぁ、いっか。初めての魔法袋から取り出したかったのかもしれない。
「ルージュ、あたしもお弁当出すよ!」
青い髪の少女も、簡易魔法袋の中身を草原にぶちまけている。あーあ、せっかく綺麗に詰めたのに、ぐちゃぐちゃだろうな。
一方で、赤い髪のチビっ子は、目に涙を浮かべてるんだよな。あぁ、溶岩に服ごと溶かしてしまったか。使い捨ての簡易魔法袋は、溶岩流には耐えられない。
「チビちゃのおべんとうは?」
「とけちゃった」
ルージュが声をかけると、チビっ子の目からは、大粒の涙がポロポロと溢れ出す。
「じゃあ、あたしのをいっしょにたべよう」
「え、いいの?」
「うん、いいよ。あっちには、とうさんのもあるよ」
「うんっ」
チビちゃは、キラッキラな笑顔だ。ふふっ、ルージュも成長したなぁ。まだ3歳なのにこんな気遣いができるなんて、僕の娘は天才なんじゃないか? 娘の成長を、僕はとても嬉しく思う。
「ええ〜、ルージュのお弁当、あたしも欲しい」
「テンちゃも、いっしょにたべよう」
「うん! あたしのお弁当もルージュにあげるね!」
テンウッドは成長しないというか、ほんとブレないんだよな。ルージュのことが大好きだよね。
「ヴァン、ビードロ達にも食べさせてあげて。今回、かなり助けられたからさ」
マルクが少し離れた場所で、魔法袋からドカドカと大量の肉を出していく。
「えっ? ありがとう、喜ぶよ。ビードロさん達も、草原に降りてきて」
そう声をかけると、音としては聞こえない距離にいるのに、ビードロ達は次々と岩壁から降りてきた。
マルクは、風魔法を使って、一気にカットしてビードロ達の方へと飛ばしていく。すごい器用だよな。あっ、大トカゲが恨めしそうな顔をしてる。
「大トカゲさん達も、どうぞ」
僕がそう言うと、大トカゲ達はビードロを牽制しながら近寄ってくる。どっちが強いんだろう?
マルクは、大トカゲ達の方へも、肉を飛ばしてくれた。なんだか手慣れている。ドルチェ家では、こういう仕事もあるのだろうか。
「あっ、マネコンブ達も呼ぶ方がいいよね?」
ボックス山脈内の連絡係をしてくれたもんな。
「それなら来てるんじゃない? あの大群ってマネコンブだよね?」
マルクが指差す方を見てみると、青い髪の少女に何か言い聞かされているように見える大量の……うん?
「マルク、なぜ、竜神様の子達の周りに、あんなに大量のチビっ子がいるの?」
「マネコンブでしょ? いつも利用する出入り口付近には、30体くらいのマネコンブがいるよ」
覇王はもう消えているのに、従属の拡張効果が及んでいるのか? あっ、族長か。覇王と同時に勝手にその種族に効果は及ぶ。
「なぜ、3歳児くらいの姿をしてるんだろ?」
「さぁね〜。だけど可愛いからいいんじゃない? フロリスさんや国王様も喜んでるみたいだし。あっ、アランさんは困った顔をしてるね」
「うん、アラン様としては、国王様が魔物に囲まれている状況は、やっぱり危険だからだよな」
「俺の天兎もいるから、気にしなくていいぜ。悪意を察知する能力が高い」
ゼクトが、マルクとの会話に入ってきた。
「そうなんだ。あの真っ白な髪の天兎の役割って……」
「あぁ? そんなもん無いだろ。あっ、俺も邪魔な肉を出すから、おまえ、にゃんにゃのも呼んでやれよ」
うん? ゼクトはメリコーンも呼べって言ってる? なんだか、草原には僕の従属が全員集合しそうな勢いなんだけど。
「メリコーンは、遠いし……あれ?」
ビードロ達の中に、大きな個体が混ざっていると思ったら、チビドラゴンだ。いつの間に来たんだ?
『にゃんにゃの〜っ!?』
あっ、メリコーンが来た。族長さん達もいるみたいだ。なぜ、突然……あぁ、ブラビィか。メリコーンの頭の上に、黒い兎が乗っている。
ゼクトは、ニヤッと笑って、魔法袋から大量の肉を出している。マルクがすかさず、風魔法でカットして、魔物達の方へ飛ばしていく。
「なぜ、集まってきてるというか、集めてんの?」
すると、お気楽うさぎが目の前に転移してきた。
「タダ飯が食えるからに決まってるだろ」
「いやいや、ブラビィ、おかしいし」
「ヴァン、おまえを見せてるんだろ。放つオーラが変わったからな」
ゼクトはそう言うけど、そんな必要あるのかな?
「ブラビィがそんな……」
「オレじゃねー。集めてるのは、竜神のガキだ」
「そうなの? あの子達がなぜ……」
僕が竜神様の子達に視線を移すと、青いローブを着た子が、竜神様の祠の上に移動した。あっ、六精霊もいる。そうか、竜神様とラフレアの子を守っているのかな。
「父さん、こっちに来て」
そう言われた瞬間、僕も竜神様の祠の上に転移していた。ちょ、強制転移しないでよね。
「なぜ、僕の従属を集めたんだ?」
「うん? 父さんを見せるためだよ。覇王が消されたから、従属同士の念話が弱くなってるでしょ。父さんが弱ってると思われたくないじゃない?」
あー、そう考えるのか。
『みんな〜! 父さんは竜神から、竜を統べる者にされちゃったんだよ。ボックス山脈の治安維持の仕事をしなきゃいけないの。だから、連絡係はマネっ子ちゃん達がやるよ』
竜神様の子が突然、念話で演説を始めた。マネコンブ達は慌てて、本来の姿に戻って見せている。
『父さんの技能が変わったから、感じ方は変わったと思う。それから父さんは、夢だった極級ハンターになれたんだよ。今までよりも強くなってるから、父さんの護衛はしなくて大丈夫。逆に父さんが守ってくれるよ』
竜神様の子達は、従属達からは当然、竜神様に見えるだろう。大トカゲ達はずっとビビってるし。
『それからここは、父さんが新たな役割を得た場所だから、みんな、荒らされないように守ってね!』
竜神様の子は、これが言いたかったのか。話が終わると、マネコンブ達の方へ戻ってしまった……僕を残して。
ちょ、みんなの視線が僕に集まる。何か言わなきゃいけない雰囲気だよな。どうしよう。
僕は、集まる皆を見回してみた。なんだか不思議だな。種族は異なるのに、みんな同じような目をしている。
僕への信頼と期待、そしてあたたかな感覚。僕は、スゥゥっと息を大きく吸い込んで叫ぶ。
「みんな、ありがとう! これからも頼りにしてるよ」
竜神様の子が言った言葉に矛盾してしまうかもだけど、僕は、ここにいる人達そして魔物達を頼りにしている。そして何よりも大切に思っている。偽りのない気持ちだ。
従属達は、照れたのか、デレデレしているように見える。ふふっ、みんな、いい子だよな。
そして、にぎやかな食事は再開した。たまには、こうやって集まるのもいいな。従属同士が親しくなっていくように見える。チビドラゴンは、あちこちでふんぞり返ってるし。
「なぁ、フロリス。おまえ、あの子竜に似てないか?」
国王様が、一番いけない指摘をしている。確かに、全く同じふんぞり返りポーズなんだけど。
「フリックってば、ひどくない? 私はあんなにゴツゴツした肌じゃないわよっ。ちょ、ちょっと最近、日焼けしたかもって思ってたけどっ」
あっ、わかってない。
フロリスちゃんの反応に、国王様以上にフラン様が爆笑している。ふふっ、かわいい。愛しい大好きな笑顔だ。
◇◆◇◆◇
ボックス山脈から戻って数日経つと、ドゥ教会の環境は、ガラリと変わった。神官三家の古い神官達がやっていた悪行が明らかになったからだ。
神殿教会からは、神官家の順位づけが発表された。これまでは、神官三家だけを神官家として認める風習があったけど、そのことが今回の愚行の原因だと、ノレア神父は考えたらしい。
毎年、順位は変更するという。その順位づけの役割は、精霊達に任されるそうだ。ノレア神父自身が、直接順位づけしないことに僕は驚いた。まぁ、介入はするんだろうけど。
精霊と神官家が、また敵対する原因になりそうだけど、ゼクトは、これは良い兆しだという。神官三家が精霊達を抑えるために偽神獣を創った。だけど、それは、互いに関係が希薄だったからだと言うんだ。
精霊に媚びる神官家も増えそうだけど、精霊が神官家を監視することにもなり、その結果として互いに理解が深まると、ゼクトは力説していた。
フラン様も、精霊達との信頼関係が生まれれば、神官家はもっと良くなると言っていた。だけど彼女は、順位づけには猛反対している。その理由は……。
「ちょっと、ヴァン! 貴方も手伝いなさい」
「フラン様、すみません。これから、極級ハンターの講習会で……」
「フランちゃん、フリックがその分がんばるって言ってるよっ」
「言ってねぇぞ。俺は、ヴァンの講習会を見学に行く。フロリスが、ちゃんと神矢ハンターの仕事ができるか、心配だからな」
「私ひとりで大丈夫だから、ゼクトさんは来てないんだよっ。フリックは、フランちゃんのお手伝いをしなさいっ」
「俺はフロリスのことが心配なんだよ」
国王様がそう言うと、フロリスちゃんの顔は、パッと真っ赤に染まる。もう、またイチャイチャしてるよ。さっさと結婚してしまえ〜。
「貴方達、そんなことを教会で言ってないで……」
「神官様、ここは告白教会じゃないのですか? 六精霊の壺の行列は、そのためですよ」
国王様はニヤニヤと笑いながら、そんなことを言う。僕がフラン様に求婚したときのことを言っているのか。
彼女も、赤くなってるんだよね。ふふっ、かわいい。
「フラン様、マネコンブ達を呼びましたから、今日の人員整理はそれで……」
緑色の髪の少女達が、パッと現れた。マネコンブは喋れないけど、誘導はできる。
ドゥ教会は、精霊達の順位づけで第2位にされた影響で、今朝から、大量の信者希望者が殺到しているんだ。これは、ノレア神父の……ある種の嫌がらせかもしれないな。
「きっと、ノレア神父の嫌がらせだわ。ヴァン、冒険者ギルドに行く前に、商業ギルドに行ってきてちょうだい」
ふふっ、フラン様も僕と同じことを考えているな。
「はい、じゃあ、いってきますね〜」
今日から僕は、極級ハンターとしての役割を担うことになる。極級ハンターは、危険な魔物を狩ることだけが仕事ではない。後継者を育てること、そして治安維持に努めることが重要な役割なんだ。
だけど、もちろん、神官のスキルも磨いてフラン様を助けていきたい。ルージュの成長も楽しみだ。ルージュの弟か妹も、そのうち欲しい。
あー、ジョブの仕事も忘れてはいけない。また、ジョブの印が陥没しそうになると大変だ。
いろいろと忙しいけど、前向きに今の状況を楽しんでいきたい。そして、みんなの笑顔と平穏な日常を守る。これが、極級ハンターになった僕の新たな目標だ。
よし! 行こう。
僕は決意を新たに、ギルドへと向かって一歩を踏み出した。
──────── 〈完〉 ────────
皆様、おかげさまで完結させることができました。最後まで読んでくださってありがとうございます♪ (〃ω〃)
本作では、エピローグは付けませんでした。プロローグから始まったのに変なんですが、作者の気持ち的に、まだこのヴァンの物語は続いてるためです。(*゜艸゜*)
ヴァン空白の二年間の物語を6月末から別で始めたのは、本編の流れから少しズレた展開になるから、という理由だけではありません。それだけなら、すっ飛ばしてしまえばいいだけですし、本作ではご存知のようにすっ飛ばしました。
超長編になってしまったためか、作者は、終わるのが嫌だよ怖いよ病を患ってしまいまして……(*'.'*)
なので、本当の完結は、ヴァン空白の二年間を描き終えたときかなと思っています。エピローグは、そのときに……あっ、突然エピローグもおかしいので、本作の後日談を少し書いた後にエピローグを書きたいと思っています。
よかったら、ヴァン空白の二年間にもお越しいただければ嬉しいです。シリーズ設定をしていますので、目次のタイトル上から探していただけます。(*≧∀≦)
最後にお願いなのですが、ブックマークは、枠に余裕があるなら、外さずそのままにしておいてくださいませ。ブクマが減ると、忘れ去られるようで寂しいので……m(_ _)m
後書きも最後まで読んでくださってありがとうございます♪
また、別の物語でもお会いできたら嬉しいです。
本当にありがとうございました!(*´ω`*)
【2023.8.19、追記】
昨日、こちらの作品で書かなかったスピンオフ作品、完結しました。この物語を含めた後日談とエピローグだけでも、よかったら覗きに来てください♪
これにて、完全完結です。
ヴァンの成長物語を応援してくださり、ありがとうございました!アリ(´・ω・)(´_ _)ガト♪




