572、ボックス山脈 〜竜神様の裁き
ジョブ『神官』から、ジョブを取り上げろということは、殺せと言っていることと同じだ。竜神様は、きっと怒っている。いや、嘆いているのかもしれない。
「ひぃぃ、悟りの竜神だ」
冒険者らしき人達が逃げていく。だけど、岩壁に沿って大トカゲがいるし、岩壁の上にはビードロの大群がいる。神官達が逃げないということは、転移も封じられているだろう。
ブラビィも転移阻害を使えるけど、ゼクトに仕える真っ白な髪の天兎の方が、そういう能力は高そうだな。
「竜神様、お言葉ですが、彼らから神官のジョブを取り上げることはできません。殺すことになります」
国王様は落ち着いた表情で、虹色に輝く竜神様にそう告げた。
『国王フリック、だが、この者達は、もはや神官とは言えぬ。これまでも様々な悪だくみをする神官はいたが、こやつらは、越えてはいけない一線を越えた。それに、竜神か否かを見抜くことすらできぬなら、目まで腐っているということだ』
神官達は、もう竜神様を偽物だとは言わなくなった。虹色に輝く竜神様の放つオーラは、疑う余地などないもんな。
「神官三家の者達、神官の活動停止と命の活動停止、どちらを望む?」
国王様は、彼らにそう問いかけた。だが、神官三家の神官達は、何も答えない。ぶつぶつと、嘘だ、まやかしだ、騙されないと呟く人もいる。
そうか、彼らは、自分達が追い詰められた状況に、理解が追いつかないのか。これまでは奪うことしか、してこなかったのだろう。奪われる立場は経験したことがないのか。
だから自分の感情と、どう折り合いをつければいいのか、わからないんだ。
「神官三家の神官様、今の貴方達は、僕から見ても、神官とは言えないと思いますよ」
僕がそう話し始めると、神官達はキッと僕を睨んだ。殺意を感じる。だけど、それはすべての人ではない。怒りの奥底に戸惑いを隠している人もいるようだ。
チラッとフラン様に視線を移すと、片眉が上がった。たぶん、この動きは、話を続けろってことだよね。彼女は、僕とチビちゃが火山と格闘していたときに、散々、神官三家の神官達と話したのだろう。少し疲れているように見える。
「僕は、まだ未熟な神官見習いですが、神官は民のために働くべき存在だと思っています。だけど貴方達は、自分達のために働いている。自分達の地位や権力のために、民を犠牲にしている。苦しむ民には与えるべきなのに、貴方達は奪うことばかりしていますよね」
「なんだと! おまえのような……」
反論しかけた神官は、僕の背後に立つ青竜に怯えたのか、口を閉ざした。あっ、青竜だけじゃない。金色の竜と、黒色の竜もいる。僕が育てた竜神様の子達だ。
「なぜ、次々とそんな……覇王を誰が持っている!?」
少し離れた場所にいた神官三家の神官が、ゼクトの方を向いて怒鳴った。竜神様の子達には覇王は使えないと思うけど。
「は? おまえ達が、ヴァンから覇王を奪ったじゃねぇか。そんなレア技能を持つ人間なんて、数えるほどしかいねぇだろ」
「じゃあ、なぜ、岩壁の上にも下にも、それに神獣まで、なぜ……」
「それは、ヴァンが、本物の魔獣使いだからだ! ヴァンは覇王なんて、最初のキッカケにしか使っていない。従属魔物は、主人の心に常に触れているからな。従うべき主人だと魔物達が判断すれば、覇王なんて無くても誰も離れていかない」
ゼクトがそう説明すると、神官達は目を見開き首を横に振っている。ありえないとぶつぶつ言ってるんだよね。
「おまえ、じゃあ、なぜあんなに慌てた……芝居か? 我々を騙していたのか! 神矢ハンターごときが」
コイツら、頭おかしい……。まぁ、騙されてたんだけどさ。この言い方って……自分達が神にでもなったつもりなのか?
「国王ごときが、おまえ達に命ずる! 誓約書へサインしろ。おまえ達の活動を停止させるための証人は揃えた。ノレア神父は、サインしたぞ」
国王様は自分で、国王ごときって言ってるよ。ゼクトがぶっと吹いた。ちょ、こんなときに……。
僕の背後にいる竜神様の子達も、笑いをこらえている気配がする。そっか、この子達は国王様とも親しいはずだ。ドゥ教会では、見習い神官のフリックさんによく遊んでもらってたもんね。
「ノレアの坊やなど……」
神官三家の神官達は、ノレア神父の配下的な位置付けのはずなのに……。やはり、古い神官三家の神官達の頂点に立つことは、ノレア神父には荷が重いのか。ずっと言われ続けていることだけど。
『坊やも呼べば良いのだな?』
虹色に輝く竜神様がそう言った直後、ノレア神父が転移してきた。突然、強制転移されたのか、ノレア神父は目をパチクリさせている。その手には、国王様が持っているものと同じ魔道具を持っている。誓約書なのだろうか。
「のわっ? クッ」
『ノレアの息子、おまえが仕事をしないから、古き神官三家の者は、頭も目も腐っているぞ。すべての責任は、管理者であるおまえにある』
「悟りの竜神! ボックス山脈にいる竜神が、なぜ人間に介入する? コイツに毒されたか!」
ノレア神父は、僕を指差しているんだけど……あまりにも竜神様に失礼じゃないかな。
『ほう? ワシが、まだ20年ちょっとしか生きていない人間に毒されたと言っているのか。その何倍もの時間を生きている精霊の子にも敵わないバケモノだと?』
竜神様は、ノレア神父の考えを覗いている?
「い、いや……。だが、覇王を奪ったのに覇王を使っているのは、バケモノとしか……」
『坊や、その偽りの姿がおまえの目を曇らせているようだな』
竜神様はそう言うと、強すぎる光を放った。目を開けていられない。身体からチカラが抜けるような光だ。
目を開けると、僕の横にいた赤い髪のチビっ子は、美しい燃える炎の塊になっていた。そして、岩壁にいた青い髪の少女は、青銀色に輝く大きな神獣に変わっている。
もしかして、本来の姿に戻されたのか?
チビちゃは慌てて、フェニックスの魔石に入って鳥に姿を変え、そしてさらに慌てて人の姿に変わっている。また、すっぽんぽんだよ。
僕は、魔法袋から厚手の上着を取り出して、赤い髪のチビっ子に着せた。鉱物系の新種の魔物のチビちゃは、本来はあんな風に燃える炎の塊なんだな。初めて会ったときは、ゴーレムみたいなものをイメージしたけど……だから、あんなに寒がっていたんだ。
チビちゃ以外は、姿を元に戻せないみたいだな。テンウッドは氷の神獣のままだし、姿を変えていた他の人は、術を使ってもかき消されているようだ。
「竜神、何の冗談だ?」
ノレア神父が……ノレア神父らしきチビっ子が、怒りで顔を赤くしている。いや、恥ずかしいのか。
『おまえ達が嘘だ偽物だと言うから、偽りをすべて消し去り、真の姿を見せているだけだ。坊やもよく見てみろ! 見逃していた愚者はいないか?』
神官三家の神官達の中には、影の住人もいたようだ。異界との付き合いをやめるべきだと言っていたのは、自分の素性がバレるからか?
黒い影となっている神官に驚く神官達……。知らなかったみたいだな。道化師のスキルを使っていたのか、この世界の人間を喰ったのかはわからないけど。
「見逃していた愚者は、多いようだ。だが、ワシがこの姿では舐められる。竜神、もう術を解け!」
確かに、ノレア神父らしきチビっ子は、チビちゃよりも背が低い。2〜3歳の幼児だな。確かに、坊やだ。精霊の子は、成長が遅いのだろうけど……。
『偽りだと騒ぐ者ほど、醜き秘密を抱えているものだな。それに対し、おまえ達が敵視していた者達はどうだ? 人化していた従属以外は、何ら姿は変わっていない。坊や、おまえ自身が偽りの姿で身を固めることで、すべてを狂わせているのではないか?』
「ワシは、姿を変えていても、見る目は……クッ……狂っていたか」
チビっ子がガクリとうなだれる姿は、ノレア神父だとわかっていても、可哀想で見ていられない。
「竜神様、この者達以外にも偽りだと主張し、誓約書を覆す者が現れるかもしれません」
国王様は、何が言いたいのだろう?
『国王フリック、おまえが腹黒いことはよくわかった。悪政だと判断した場合には、即刻おまえの命を奪う。それでも、同じことを言うか?』
えっ? 国王様を殺す? なぜ?
「もちろん、同じことを何度でもお願いしますよ。私が腹黒でなければ、この国は潰れてしまいますから」
すると、国王様とノレア神父が持つ魔道具から、何かの書類のような映像が空中に現れた。竜神様がフッと息を吹きかけると、その書類に竜の紋章が浮かび上がった。
「神官三家の神官達、竜神様が見届けられる誓約書へのサインも、拒むのか?」
ノレア神父がそう言うと、神官三家の代表達は慌ててサインをしているようだ。
「ここにいる神官三家の者達、竜神様のお許しがあるまで無期限に、神官としての活動停止を命ずる!」
国王様がそう宣言すると、誓約書は強く輝き、魔道具に吸い込まれるように消えていった。
そして、竜神様が微かに光ると、ここに呼び出されていた神官達は、雇った冒険者達と共に姿を消した。逃げた? いや、竜神様が追い返したのか。
『さて、次は、ヴァンだな』
えっ? 何!? 虹色に輝く竜神様は、ニヤリと笑ったように見えた。




