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57、商業の街スピカ 〜畑遊びで笑ってくれたのに

「ヴァン、畑仕事なら手袋は、外したらどうだ?」


 メルツさんにそう言われ、僕は白手袋を外した。マルクがくれたグローブは、印を隠しているから外せないけどね。


「右手のそれは……かなり高価な物だな」


「そうなんですか? 友達がくれた物なので、値段はわからないです」


「増幅のグローブだろ? なかなか買えないぜ」


 僕は、やわらかな笑みを浮かべておいた。



 さて、始めようか。


「フロリス様、この種を、土に埋めてみてください」


 少女の小さな手のひらに、野菜の種を一つ置いた。すると、少女は、土に種を放り投げた。そして、その上から土をつかんでパラパラとかけている。


「じゃあ、生育魔法をかけますね。何が生えてくるかなー」


 僕は、弱い魔力を放った。すると、その種は一気に成長してグリーンレタスになった。だけど、キチンと土に植えられていなかったから、転がり落ちている。


「わぁっ!」


 少女は驚き、そしてケタケタと笑った。


「畑から、落ちちゃった」


「最近、生育魔法が上手くいかないんですよねー。畑から転げ落ちてしまいましたね。次は、しっかりと埋めてみてください」


 僕は、手本を見せ、そして少女に種を渡した。だけど、少女は、ぽーんと畑に種を放り投げて、その上から土をパラパラとかけている。


「今度はどうかな?」


 僕は、弱い魔力を放った。僕が植えた種はキチンと育ったけど、少女が放り投げた種は、先程と同じく、成長すると畑から転がり落ちた。


「あははっ、また失敗してるー」


 お嬢様、僕が失敗してるわけじゃないんですよ?


 少女は、僕に手のひらを差し出した。気に入ってくれたみたいだね。僕は、また種を置いた。


「フロリス様、転がり落ちちゃいますから、こうやって……あーあ、また投げちゃった」


「早く、魔法をかけて!」


「かしこまりました。また、落っこちますよ?」


 僕が弱い魔力を放つと、少女が放り投げた種は成長し、やはり、畑からコロコロと転がり落ちる。


「あははっ、まーた、失敗〜」


 これが、延々と続いた。飽きないのね。


 おまけに、妖精さん達までが面白がって、キャッキャと大騒ぎだ。


 何人かの妖精が少女を気に入ったらしく、まとわりついている。珍しいな。ぶどうの妖精さんは、僕にはまとわりつくけど、他の子には近寄らない。


 いや、ぶどうの妖精さんは、僕が見えるようになる前から、まとわりついていたのかもしれない。だから、泣き虫ヴァンって……。


 ということは、フロリスちゃんのジョブは、精霊に関わるものかもしれないな。母親が神官のアウスレーゼ家の人だから、精霊使いかな?



「フロリス様、土の上に……」


「おじさんが土に戻してるから平気よ」


 そう言われて振り向くと、メルツさんがせっせと植え直している。


 また、小さな手のひらを差し出されたけど、もう種はなくなっていた。


「フロリス様、種がなくなってしまったので、続きは、またにしましょう。畑も、もういっぱいです」


「お花も、魔法で大きくなる?」


「はい、すぐに成長させられますよ」


「じゃあ、明日はお花ね」


「はい、かしこまりました。メルツさん、花の種を……」


「あぁ、わかった。この野菜は、どうする? 収穫も可能だが」


 僕は、フロリスちゃんに尋ねた。


「フロリス様、この畑の野菜を召し上がりますか? 昼食には間に合わないですが、夕食に使ってもらえるか、頼んでみますけど」


「うん」


「じゃあ、メルツさん、せっかく植え直していただいたんですけど、収穫してしまってもいいですか?」


「そんな魔法があるのか?」


「はい、全部引き抜くことは可能です」


「あははっ、また転がり落ちちゃう」


 面白かったのか、少女はケタケタと笑っている。なんだ、普通の女の子じゃないか。よかった。


 僕は、雑草を引き抜く技能を使って、畑の野菜をすべて引き抜いた。グリーンレタスは、コロコロと転がり落ちた。


「やっぱり〜、あははっ」


 よかった、笑ってくれた。もう大丈夫だよね。




 だけど、少女を部屋に連れ帰るメイドの表情は、なぜか曇っている。どうしてだろう?


 畑を整えていると、メルツさんに手招きされ、収穫した野菜を並べている奥へと移動した。


「ヴァン、問題は、これからだぞ」


「えっ? フロリス様が笑ったのにですか?」


「たくさんの黒服がこの様子を見に来ていた。おそらく昼食のときに、嫌味を言ってくる。そうすると、フロリス様はまた深く沈んでしまう」


「黒服が、フロリス様に?」


「いや、仕えている奥様へ告げ口をして、それが坊ちゃんやお嬢様に伝わる。いつも、ここで折られてしまうんだ。フロリス様が笑うことがあると、必ずな」


「そんな……」


「それを言わせない何かが必要なんだ。いま、フラン様がいらっしゃればいいのだが……。野菜は、厨房へ運んでおく。まだ、昼食に間に合うだろうからな」


「はい、わかりました」




 フロリスちゃんが入浴し、着替えをする間に、僕は使用人用の風呂を借りた。僕は、頭を洗っているときが、一番いろいろなことを思いつく。


 だけど……嫌味を言わせない何かって、何だよ?


 ファシルド家は、武術系ナイトの有力貴族だ。力こそ全てだという思想を持つ。力って、戦闘力のことだよね。いや、でも、貴族はそればかりではないか。貴重な富を持つことも、力を誇示することになる。


 神官様は、アウスレーゼ家の神官だということで、きっと立場が強いんだ。だからメルツさんは、フラン様がいれば……と言ったんだよね。


 僕のような子供では……いや、僕は一つだけ、どんな貴族も欲しがるものを持っている。だけど、知られると面倒だから、バトラーさんに口止めをしたんだよな。


 でも、それしかないかな。超級薬師のスキルを持つと言えば、神官と同じとは言わないけど、きっと舐められることはないはずだ。




 昼食の時間になった。


 フロリスちゃんは、自分の足で歩いている。すごい変化だ。だけど、メイドの表情は暗い。そうか、少女の気分が上がったところを砕かれるかと恐れているんだ。


 席に座って、まわりを見回す余裕もあるようだ。随分とハイテンションだな。ちょっと危険な感じがする。フロリスちゃんの心の状態は、正常ではない。メイドは、それがわかってたんだ。


 食事を運ぶと、少女は、自分でフォークを持った。そして、サラダを見て、わあっと叫んだ。


「これって、さっきのグリーンレタス?」


 フロリスちゃんは僕の方を見て、ニコニコしている。


「はい、そうですよ。昼食に間に合いましたね」


「コロコロしてたよねー。すぐに落ちちゃうの」


「フロリス様が、ちゃんと土の中に植えてくだされば、転がり落ちないかもしれませんよ」


「えーっ、ヴァンが失敗したのに〜?」


 お嬢様、僕は失敗してませんよ?


「ふふっ、どうでしょうね」


 フロリスちゃんはサラダをつついて、パクッと食べた。今までとは別人だ。メイドの方を見ると、顔が引きつっている。どうしたんだろう?



「おい! おまえ、何をヘラヘラしているんだ、気持ち悪い」


 十歳くらいの少年が、近寄ってきた。でも少女は無視して、上機嫌でサラダをつついている。その姿にイラついたのか、少年はドンとテーブルを叩いた。


「おまえみたいな母親もいない役立たずが、いつまでこの屋敷にいるんだよ! さっさと死ねよ! 母親みたいに魔物に喰われろ!」


 まずい。フロリスちゃんの顔から表情が消えた。


「坊ちゃん! 何をおっしゃっているのですか! 母親は違っても、貴方の妹でしょう? 言っていいことと悪いことの区別ができないのですか」


「なんだよ、黒服のくせに。おまえなんか、すぐに消してやる。この屋敷から生きて出られると思うなよ!」


 僕は、ヒヤリとした。まずいことを言ってしまったか。だが、引き下がるわけにはいかない。僕はスキル『道化師』のポーカーフェイスを使った。


「へぇ、僕を殺すってことですか? まさか、坊ちゃんが? ふふっ、僕は『薬師』超級のスキルを持っているんですよ?」


 余裕たっぷりな笑みを浮かべながら、僕は、完璧な演技をした。坊ちゃんは、ごめんなさいと言って引き下がるはずだ。


「それがどうした!?」


 えっ?   


 ちょっと待った。ビビらないの? この先の言葉なんて用意してないよ?


 僕は、頭が真っ白になった。どうしよう?



「ふぅん、コールは、俺の恩人を殺すのか。おまえには、無理だぜ」


 背後から、聞いたことのある声が聞こえた。振り向くと……凛とした僕と同じくらいの少年がいた。誰?


「えっ……どうして」


「超級薬師はな、今ここにいる全員を、即座に殺すことができるんだぞ」



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