569、ボックス山脈 〜完全に騙されていた
「竜神様の祠なんて、あったっけ?」
検問所をくぐり抜けて、僕達はボックス山脈に入った。王宮の兵達は、とにかく火山流をなんとかしてくれと……泣いてたんだよね。
確かに、彼らが心配しているように、火山流は放置していたら、丸一日後には、この近くにたどり着いてしまうだろう。これを仕掛けた奴らが対処する……とは思えないもんな。
「ククッ、おまえは全く気づいてなかったが、その祠の真上で、俺達はテントを張ったんだぜ? 大トカゲに神扱いされてたから、神らしい場所を選んでおいた」
ちょ、まじか? バチが当たらないだろうか。
「でも、竜神様とラフレアの子を狙うって、どういうこと? 焼き殺すつもり?」
「いや、まだ生まれてない個体だ。溶岩に囲まれたら、外に出てくるだろ。それを捕獲するつもりだろうな」
あの場所には、ラフレアの地下茎が張り巡らされていた。ゲナードに関連する大量発生とは別か。竜神様の子も、確かにラフレアは定期的に生み出している。
竜神様の子は、普通、竜神様にはならない。ほとんどが母親となった魔物の変異種になる。僕が育てた白いポヨンポヨンした子達は、まさかの例外だったんだけど。
ラフレアの赤い花が母親か。竜神様は声だけで妊娠させることもあるもんな。竜神様とラフレアの子は、植物系の魔力の高い変異種や、精霊が生まれることが多いんだっけ。
でも、捕まえたいなら、ちゃんと生まれてからの方がいいはずだ。まだ未成熟な状態の個体は不安定だから、すぐに死んでしまうかもしれない。
「なぜ、まだ生まれてない個体を捕獲するんだよ」
ゼクトにそう尋ねて、僕はハッとした。昨日のうちに、僕が覇王を奪われることは、彼らの中で決定事項のようだった。もう僕には、以前のような力はない。
「今度は、竜神でやるつもりじゃないか? ラフレアが生み出した魔物なら、抽出しやすいからな。偽神獣も、ラフレアと神獣の子から生み出されている」
なっ!? またベーレン家の実験か?
「もしかして、そのために、僕から覇王を奪ったのか」
「だろうな。奴らに引導を渡すには最適だぜ。なぁ? フリック」
ゼクトが国王様の方に視線を移すと、国王様は微かに笑みを浮かべた。腹黒なときの笑い方だよな。もしかして、これを予想していたから、国王様までがボックス山脈へ来たのか?
引導を渡すって……神官三家の代表として来ていた神官達に? えーっ!?
「そのために、ドゥ家の当主を連れて来たんじゃないか。第4の神官家当主、フラン・ドゥ・アウスレーゼ様をね。それに統制の神獣もいる」
国王様にそう言われて、フラン様は片眉をあげた。あの眉の動きは、うるさいわねって言ってる。ええ〜っ?
「国王と、第4の神官家の当主、統制の神獣、そして証人となる複数の天の導きと天兎。こっちの条件は揃っている。あとは、現行犯を捕まえるだけだぜ」
ゼクトは何を言ってんだ? ちょっと待って。僕だけが知らない間に、何かの策略が動いてない? なぜ、何も教えてくれないんだ? ひどくない?
あっ、そうか、泥ネズミか……。
僕が、泥ネズミ何体に従属を使っているかは、奴らは知らないだろう。だから泥ネズミは、僕の従属として残ると考えたんだ。
泥ネズミは、僕の考えを把握する能力がある。だからゼクトは、ボックス山脈の結界内に入ってから、この話を始めたんだ。僕に黙っていたのは、この作戦を奴らに知られないようにするためか。
「あーあ、主人が拗ねてるよ! 知らないよー」
青い髪の少女も……知ってるんだ。だよな、統制の神獣というのは、テンウッドのことだ。天の導きって神矢ハンターだよな。
天兎はいないよね? だが腰のあたりを確認すると、アクセサリーのフリをしたブラビィがいた。それに、フロリスちゃんがいる所には、呼べば、ぷぅちゃんが転移してくる。
「ちょ、知らなかったのは、誰?」
「おまえと、チビっ子とチビっ子だ」
はい? チビっ子とチビっ子って……チビちゃとルージュのこと? 周りを見回しても、みんなニヤニヤしている。まさかのフロリスちゃんまで、悪戯が成功した子供のような顔をしているんだ。
「ゼクト、いつから芝居をしてたの?」
「ククッ、俺は、ボックス山脈にハンターの金色の神矢が降るとわかったときからだ。他の奴らは、まぁ順次だな」
「ちょっと待った! 僕の極級の条件を揃えるために必死だったじゃん。それに、魔獣ハンターしか得られなくて、慌ててたよね?」
「あぁ、あれは、覇王が奪われ、魔獣使いが超級に下がることが丸わかりだったから、大げさに騒いでおいたぜ。そのためか、予想より奴らの動きは早かったな」
大げさに騒いだ? 僕の記憶は、泥ネズミ達が見るからか。う〜、僕は、完全に騙されていた。
魔獣使いを得ることは、覇王が外れる兆しなのは、神矢ハンターなら知っているからか。フロリスちゃんは知らなかったみたいだけど……。
それにゼクトは、神官三家の動きを予想していたのか? さっき、王宮の兵と話していたのも、芝居なのだろうか。そんな芝居なんて……あっ、『道化師』のポーカーフェイス?
ちょ、みんな、いつからこの話を知ってたんだ? はぁ、疑心暗鬼になりそうだよ。
「ゼクト様、そろそろよ」
目の前に突然、真っ白な髪の女性が現れた。人間より、ひとまわり大きい。何者?
「あぁ、わかっている。移動は、奴らが現れてからだ。おまえ、この全員を転移させられるな?」
「氷の神獣が逆らわなければ可能だわ」
「それなら大丈夫だ。ここに置き去りになるとルージュが泣くからな」
この女性は、天兎だろうか。もしくは、ゼクトの従属? ゼクトがルージュまで連れてきたのは、その計画の何かにテンウッドが必要だからみたいだけど。
「あら、ヴァンさん、忘れたの? 私が作った料理を食べてくれたでしょう?」
意味深に微笑む彼女は、とても色っぽい表情を作った。誤解されるようなことを言わないで!
「だ、誰ですか? ちょ、いろいろと視線が痛いんですけど」
フラン様に睨まれるならわかるけど、ルージュまで僕を睨んでるよ。娘には嫌われたくない! あ、フラン様にも嫌われたくないけど。
「ヴァン、俺の荷物置き場にいた天兎のうちの1体だ。コイツは、時空魔法を使うからな」
「あっ、やはり天兎の成体かぁ……。だけど、ちょっと待って。ゼクトは、僕の覇王が奪われるとわかっていて、この計画を進めたのか? 覇王を失うと、従属が残るとは限らないじゃん」
テンウッドが僕に殺意を向けるかもしれないし、だから、マルクが慌てて来たんじゃないの? いや、マルクも今、ニヤニヤしてたな。
「は? おまえの覇王は、ただの連絡網だったじゃねーか」
「連絡網? ちゃんと覇王を発動してたよ。覇王は一度使ったら、普通は一生消えないし」
「ヴァン、正しく覇王を使ってなかったよっ」
フロリスちゃんに、なぜかダメ出しされた。
「いえいえ、ちゃんと……フロリス様、その正しくって何ですか?」
「ヴァンは、覇王の波動みたいなのを全然使ってないよねっ」
そんな技能あったっけ?
「何ですか、それ」
フロリスちゃんに尋ねたのに、国王様がニヤッと笑って口を開く。
「王らしくないってことだ」
はい? 国王であることを、ずっとフロリスちゃんに隠していたフリックさんには、そんなこと言われたくない。
「フリックが変なことを言うから、ヴァンが拗ねちゃったよっ。もうっ、言葉の使い方、大事だよっ」
フロリスちゃんに叱られて、国王様はニマニマしてるんだよね。わざと叱られるように立ち回ってるな?
「ヴァンの従属は、覇王の技能で従っているわけじゃねーからな。覇王が外れても、誰も去らないとわかっていた」
ゼクトは、何を言ってんだ?
「マネコンブは消えたよ? それに、マリンさんがボックス山脈の従属と連絡が取れないって」
「覇王が外れたんだから、当たり前だろ。連絡網が使えないんだから、ボックス山脈の結界が念話を通すわけないだろ」
話が全然見えない。
「ヴァン、真似っこちゃんなら、あれじゃない?」
フラン様が指差した先には、本来のマネコンブの姿でユラユラしている個体がいた。少し離れた空に浮かんでいるように見える。
「確かに、マネコンブだけど……何も僕に語りかけてこないですよ。やはり従属が外れてるんだ」
「真似っこちゃんは、念話しか使えないでしょう? 念話は逆に傍受されやすいのよ。ボックス山脈での中継係は、真似っこちゃんね」
フラン様は、何を言ってるんだ? まるで、マネコンブが、この作戦をボックス山脈にいる僕の従属に知らせたかのような……。
「もしかして、僕の従属じゃないフリをさせてるんですか?」
「ふふっ、ヴァンってば賢いねっ」
なぜか、フロリスちゃんに褒められ……国王様に睨まれている。嫉妬するなら、さっさと結婚してしまえ。
「ゼクト様、奴らが現れました」
「よし、皆、作戦通りにいくぞ!」
ちょ、その作戦、僕は知らないんだけど!
真っ白な髪の天兎は、僕達を白い光で包み込んだ。




