568、ボックス山脈 〜検問所にて
翌日、僕達はボックス山脈に向かうことになった。
ゼクトやマルクは、神獣テンウッドを連れて行く方がいいと言って譲らない。確かに、ボックス山脈にいる僕の従属達が、すべて術返しをして従属を外してたら、テンウッドくらいの力がないと厳しいか。
だけど、テンウッドは、きっとルージュの側を離れない。散々いろいろと話し合いをして、なぜか、みんなでボックス山脈に行くことになったんだ。
土ネズミの魔女バーバラさんは、このデネブに結界を張って守ってくれるという。ブラビィは何も言わないけど、たぶん付いてくるだろう。
泥ネズミ達は、その後の神官三家とノレア神父の動きを探ると言って、あの後あちこちに消えていった。
海竜のマリンさんは、様々な調整役として、デネブに留まることになったんだ。
「にいに〜、あたち、おべんとう、たくさんたべるよ」
赤い髪のチビっ子は、ピクニックにでも行くつもりだろうか。すんごくワクワクしてるんだよね。それに、育ち盛りなのか、昨日からずっと何かを食べている。
ゼクトの予想では、覇王が外れた影響だという。覇王による底上げが無くなったから、大気からのマナの吸収量が減ったのじゃないかと言っていた。
たぶん、それは当たりだと感じる。従属は、みんな弱くなったのだろうな。バーバラさんは敏感に感じ取ったみたいだけど……他の従属は、姿を変えているからな。
「チビちゃ、たくさん作ったよ」
「うんっ!」
ボックス山脈に行くときには、遭難の危険もあるから、食料と水の確保は必須だ。僕自身も、あらゆる想定をして大量に用意したが、簡易魔法袋にも数日分の食料を入れて、各自に装備してもらうことにした。事故が起こって離れ離れになることもあるからな。
だから3歳の娘にも、初めての魔法袋だ。ルージュの魔力量は、フラン様に似て高いみたいだから、簡易魔法袋なら負担にならないだろう。
「とうさん、あたし、おとなだねっ」
「ルージュは、もうちゃんと歩けるからね。随分と大きくなったね」
「主人ぃ、あたしも魔法袋を装備したいよぉ」
ルージュとお揃いの軽装に身を包んだ青い髪の少女が、僕に催促するように手を出してくる。
「魔法袋は、人間が装備するんだよ? テンちゃは、不思議な場所に収納できるんでしょ」
「あたしも、ルージュと一緒がいいの!」
まぁ、そう言うと思ってたから用意してある。
「テンちゃ、魔力を暴走させると、魔法袋の中身をぶちまけちゃうよ? 簡易魔法袋だから一度出したら入れられないし」
「そんなこと、しないよ!」
めちゃくちゃ真顔で見つめてくるけど……きっと、すぐに忘れるだろうな。魔法袋を装備してあげると、青い髪の少女は目を輝かせた。
「テンちゃも、おとなだねっ」
ルージュにそう言われて、青い髪の少女は満面の笑みだ。
「ルージュも、大人だねっ」
キャッキャと笑い合っている二人。覇王が外れたことで、テンウッドはより一層、僕ではなく娘を、主人のように扱うようになった気がする。まぁ、仲良しだからいいか。
ルージュがボックス山脈に行くから、当然フラン様も行くことになった。そして、フロリスちゃんと、なぜか国王様とアラン様までが集合している。
おそらく、フロリスちゃんも行くと言い出したから、国王様も便乗し、その警護がアラン様なのだろうけど。
◇◇◇
ボックス山脈のいつもの検問所に並ぶと、僕達を見つけた王宮の兵がすっ飛んできた。やはり、国王様だとバレたな。
「ゼクトさん、あぁ、マルクさんにヴァンさん! よかった、助けてください!!」
やはり、従属達が暴れているか。この付近では、マネコンブがヌシのようになっていたはずだ。そうすることで、検問所付近が安全になると思っていたのにな……。
「何か、あったのか?」
ゼクトは、素知らぬ顔で尋ねている。王宮の兵の多くは、僕が覇王持ちだと知っている。昨日、奪われたことは伝わっているのだろうか。
「火山流です! 火山が流れてるんですよ」
「は? こんな所にまで流れて来ないだろ。王都専用地区の更に奥には、火山流が押し寄せたことがあったが、あれは、魔物が意図的に誘導したからだ。それに10年以上前の話だぜ」
王都専用地区付近は、最近クラーケンゴッドの件もあったから、荒れていたけど……もう、大丈夫なはずだよな。それに、ここまでは、かなり離れている。
「それが、もう王都専用地区の西側に迫っています。高い岩壁があるから、岩壁に沿って向きを変え、こちらに向かっているのです!」
マルクが、魔道具を操作している。その画面を覗き込んだゼクトは、チッと舌打ちして、僕の方に視線を移した。
「ヴァン、火山流がビードロの草原に向かっている。到達までは、丸一日はかかるだろうが、なんか変だな」
「そうですね。この火山流は、どこから来たんだろう? ビードロの草原を過ぎれば、最悪、ボックス山脈の結界を破りますよね」
マルクとゼクトが、何がおかしいと言ってるかは、わからない。だけど、ビードロの草原が溶岩に飲み込まれるなんて……。
まさか、知能の高いマネコンブが、火山流を誘導してるんじゃないよな? マネコンブには、物理攻撃も魔法攻撃もほとんど効かない。様々な魔物に擬態するし……いや、そうは考えたくないけど。
「ボックス山脈に入らないとわかんないけど、たぶん、ラフレアを焼くつもりじゃない? 主人が動くラフレアなのも、気に入らないみたいだよ!」
青い髪の少女が、突然、そんなことを言い出した。今まで、人間の困りごとには無関心だったのに。
「テンちゃ、ボックス山脈の結界の中に入れば、わかる? 気に入らないって、誰かが何か言ってるの?」
「泥ネズミが言ってきたよ! 主人の技能を奪った男達がしゃべってたみたい。覇王を取り上げて、従属達に殺されてくれたらいいけど、ラフレアがいるから邪魔だって」
泥ネズミ達は、もうそんな情報を掴んだのか。
「泥ネズミの情報か。覇王が外れているのに、大丈夫か? 別の覇王使いに操られている可能性もあるぜ」
ゼクトは、疑り深い。だけど、そうか。その可能性もある。あえて偽情報を流すことも可能だ。それに、リーダーくんからの念話じゃないし、中継役のマリンさんでもない。
「これは、嘘じゃないよ。えーっとね、嘘情報は、いっぱいあるよ。デネブが海竜に襲われているとか、フランが死んだとか、フリックが毒殺未遂で瀕死とか……」
なるほど、神獣テンウッドには、真偽を見抜くチカラもあるのか。というか、フラン様も国王様も、今ここにいるんだよね。
「あーっ! ルージュに暗殺者を放ったとか言ってる! あたし、殺してくる!」
「ちょ、ちょっと待って、テンちゃ。それって、ルージュとテンちゃを引き離すための偽情報じゃない?」
フラン様がそう尋ねると、青い髪の少女は、一瞬無言になった。
「ほんとだ! ルージュじゃなくて、フランだったみたい。どうして、ルージュの母さんを殺そうとするの!? あたし、殺してくる!」
「テンちゃ、ちょっと待て! ルージュ、テンちゃを止めて」
僕が慌てていると、娘ルージュは、ふわぁぁっとあくびをした。ちょ、テンウッドを止めてくれ!
「あっ、ルージュ、眠くなったの? 抱っこしようか?」
「うん、だっこ」
「ふふっ、ルージュってば、甘えん坊さんね。よしよし」
あっ……ルージュってば、天才! 青い髪の少女は、きっと、もうさっきの怒りは忘れている。
「にいに〜、おなかすいたの。ちょっとさむいの」
やはり、赤い髪のチビっ子は、ずっと食べてないと厳しいのか。身体を温めるために食べてるのかもしれない。
僕は、焼きたてのまま魔法袋に入れていた、温かいパンケーキを取り出した。
「チビちゃ、どうぞ」
「わぁっ! うんっ」
ニッコニコな笑顔で、パンケーキにかぶりつく姿は、なんだか癒されるよね。フラン様もフロリスちゃんも笑顔になっている。そんな彼女達を見て、国王様とアラン様も優しい顔をしている。
笑顔って、伝染していくんだな。
ゼクトとマルクは、王宮の兵と何か打ち合わせをしているようだ。国王様達は黙っているけど、何か気づいているみたいだ。
ふと目が合うと、国王様は僕に合図を送ってきた。全然、意味がわからない。首を傾げていると、クスッと笑っている。何?
「ヴァン、わかったぞ」
ゼクトが魔道具を持って近寄ってきた。マルクはまだ、王宮の兵と話している。
「何の話? 違和感の原因?」
「あぁ、昨日の朝、このマグマ溜まりが爆破されている。普通の人間の力では不可能な激しいエネルギーだ。わざと火山流を起こしたってことだ」
「えっ? 昨日の朝? まだ覇王は奪われてない時だよね」
ゼクトは頷いた。よかった、これは、僕の従属達の仕業じゃないんだ。
「狙いは、おそらく、ここだな」
ゼクトが示した場所は、今、火山流が迫っている王都専用地区の西側だ。岩壁があるから向きを変えるって言ってなかった?
「この場所って……」
「あぁ、ヴァンが超薬草畑にした場所だ。竜神の祠がある。奴らの狙いは、竜神とラフレアの子だ」




