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566、自由の町デネブ 〜残った従属と消えた従属

「ヴァン、ぐずぐずしている時間はない」


 ゼクトに急かされ、僕は覚悟を決めた。


「……わかった」


 教会の扉を開くと、随分と静かだった。嫌な予感がする。いるはずの信者さんの姿が見えない。


 僕達のすぐ後から入ってきた手伝いの子に、声をかける。中庭で花を摘んできたみたいだ。


「信者さん達も誰も居ないけど、何かあった?」


 教会内を見回している子の動きが、スローモーションに見える。早く答えてくれ!


「旦那さん、信者さん達は、昼の礼拝が終わったから帰った人が多いですけど……。あっ、テンちゃとチビちゃが、床で寝てたから、何人かの信者さんが運ぶのを手伝ってたと……」


「ありがとう」


 僕は、奥の屋敷へと駆け出した。


「フロリス、ルファス、先に行くぞ」


 ゼクトの声が聞こえた瞬間、僕は腕を掴まれていた。そして、屋敷へと転移していた。




「あっ、にいにぃ〜っ」


 赤い髪のチビっ子が、僕の姿を見つけて飛びついてきた。えっ? チビちゃは、起きてる!?


「あれ? チビちゃ、寝てたんじゃ……」


「つめたいの、じゅうたんがないの」


 教会の床が冷たくて目覚めたのか? だけど……いつもと変わらない様子に、僕は驚いた。覇王は消えてないのか?


「ゼクト、どうして……」


「コイツには、従属が残ってるんだろう。赤ん坊だし、ラフレアから生まれた新種の魔物だ。おまえがラフレアであることに変わりないからな」


 そっか。チビちゃは、ラフレアから生まれたから、覇王がなくても大丈夫なんだ。よかった……。



「にいにぃ〜、あれ……」


 チビっ子が指差した先には、何かと格闘しているフラン様。あぁ、フロリスちゃんが量産した真っ黒なパンケーキの後始末だろうか。


「フラン様、ご無事ですか? ルージュは?」


 キッチンの方へ近寄ると、排水口が詰まっているのか、なんだか悲惨な状態になっていた。


「ご無事じゃないわよー。あっ、フロリス、これ、いったいどうなってるの?」


「えっ? あ、いやフランちゃん、それどころじゃないの」


 僕は、彼女達のことは任せて、ルージュを探した。だが、ソファにも居ない。



「ルージュちゃんは、上に寝かせてきましたよ」


 信者さんの一人がそう教えてくれた。


「ありがとうございます。テンちゃは?」


「うん? テンちゃも寝てたから、一緒に」


 えっ……。僕の頭から血の気が引いた。



 屋敷の2階へと駆け上がっていく。マルクがついてきてくれた。寝室の扉を開けると、ルージュは眠っていた。その横には、青い髪の少女が……起きている!



「テンちゃ! 何してるの」


 僕は、思わず叫んでいた。失敗した。氷の神獣を刺激してしまう。マルクが僕とルージュにバリアを張ってくれた。


 青い髪の少女は、ゆっくりと振り返った。


 その表情は、虚ろだ……。頭がチリチリする。どうしよう。従属は消えたのだろうか。術返しをすると、従属は消えるようになっていると、アマピュラスは言っていた。神獣なら、術返しするよな?


「ふわぁあ? 主人あるじぃ、何を焦ってんの?」


 あれ? いま、主人あるじって言った? マルクと顔を見合わせる。マルクは、力強く頷いてくれた。従属が残ってる!?


「テンちゃ、僕を見て、何か感じない?」


「うん? 主人あるじの何か変わったの? さっきと同じ服じゃない」


 いやいや、服じゃなくて。


「テンちゃ、寝てたの?」


「うん? あたし、寝ないのに……気づいたらここに居たよ。うーん? 教会にいたよね?」


 やはり、眠ったんだ。ふわぁあっと、再び大きなあくびをしている。だが、それ以外に変化はない。



 すると、マルクが口を開く。


「テンちゃ、今度、ドルチェ家の新作子供服の発表会があるんだ。モデルをしてくれた子には、新作の服をプレゼントするんだけど……」


「あたし、やる! モデルやるよっ! それで主人あるじは急いでたのね。早い者順? かわいい順? かわいい順なら、ルージュもかわいいよ!」


 青い髪の少女は、勢いよく飛びあがった。


「うぅうん……」


「ひゃっ、ルージュが起きちゃった。あーん、ごめんなさい。泣かないよね? ルージュはもう大人だもんね!?」


 アワアワと慌てて、ルージュをあやす青い髪の少女。よかった、いつも通りだ。


「テンちゃ、モデルってなぁに? ないしょはダメだよ」


「内緒じゃないよ。ルージュは眠ってたから、起きたら話すつもりだったよ。ねー? マルク。だよね? 主人あるじぃ」


 マルクは、やわらかな笑みを浮かべて、口を開く。


「テンちゃ、覇王が消えてるのに術返しはしないの? ヴァンの従属じゃなきゃ、危なくてモデルは頼めない」


 すると、青い髪の少女は、不思議そうに首を傾げる。


「マルク、何を言ってんの? 主人あるじの従属じゃなくなったら、あたし、また檻に入れられちゃうんだよ? 覇王なんかあってもなくても術返しできるけど、するわけないじゃん!」


 あっ、そうだった。テンウッドは、北の海でアマピュラス達と何か約束してたんだよな。


「でも、術返しして自由になったら、簡単に捕まらないでしょ?」


 マルクは、念押しの確認をしてくれている。


「はぁ? あたし、ここに居られなくなるじゃん。そんなのあり得ない。まさか、あたしにモデルをさせたくないから意地悪を言ってるのっ!?」


 テンウッドの必死な表情を見ていると、僕は笑いが込み上げてきた。よかった、だよな。テンウッドは、覇王なんか関係なく、檻に戻りたくないし、ルージュの側にいたいんだ。


「ちょっと、主人あるじ、何を笑ってんのよっ。ドルチェ家の服、まぁまぁ可愛いんだから!」


「まぁまぁ、なのか」


 マルクがポツリと呟くと、少女は慌てた顔をしている。


「だいぶ可愛いから! モデルしてあげるから、新作の服ちょうだいよ!」



 そのとき、くぅ〜っと小さなお腹の悲鳴が聞こえた。


「あっ、ルージュ、おなか減った? 下に行こう」


「うん、テンちゃ、モデルってなぁに?」


「えーっとね、全然わかんないけど、服をくれるんだって」


 わかってないのか……。



 僕は、ホッとしつつ、下に降りていく。ゼクトも、ルージュと手を繋ぐテンウッドの様子を見て、大きく息を吐いていた。


主人あるじぃ、昼ごはん、まだ?」


「そうだね、昼ごはんを作ろうか。チビちゃにはパンケーキかな」


 だが、フラン様と目が合うと……思いっきり逸らされた。排水口を完全に壊したみたいだな。横のかまども使えそうにない。


 フラン様は、片付けようとすると、悪化させてしまう確率が高い。ふふっ、そこがかわいいんだけど。


「フラン様……」


「ちょっと待って。もともと大量の黒い物体が詰まっていたのよ」


 そう言いつつ、彼女は事態を悪化させた自覚があるようだ。でも、この状態のキッチンは、僕には直せない。


「神官様、旦那さん、これは修理工を呼ばないと無理ですぜ。工業ギルドに依頼すると派遣は明日になるから、知り合いに声をかけてきましょうか」


 いかつい信者さんがそう言ってくれた。


「そうね、お願いできるかしら。昼食は外食しましょう」


 フラン様が外食と言うと、赤い髪のチビっ子の目には、涙が溜まってきた。あー、朝からずっとパンケーキを待ってるもんな。


「旦那さんの畑の方の家には、調理場はないんですかい?」


「あぁ、そうね。バーバラさんが管理してくれてる小屋で、昼ごはんにしましょうか」


 信者さんとフラン様の会話に、チビちゃは目を輝かせている。だけど、バーバラさんは……どうだろう? 彼女にも覇王を使っている。


「じゃあ、俺達も一緒に行くぜ。腹減ったからな」


 ゼクトは、マルクと目配せしている。フロリスちゃんも、コクリと頷いた。心強い。



 ◇◇◇



 畑の横の小屋へと移動すると、バーバラさんが笑顔で出迎えてくれた。変わった様子はない。そうか、最初は従属しか使ってなかったもんな。ゲナード戦で、覇王を使うことになったけど。だから、大丈夫なのか。


「バーバラさん、僕を見て、何か感じない?」


 そう尋ねてみたが、彼女は首を傾げた。


主人あるじってば、あたしにも同じこと聞いたよねー。何が言いたいのか、全然わかんない。早く、ごはん作ってよ。ルージュがかわいそう!」


 青い髪の少女は、ルージュのことしか考えてないな。僕の思考を覗き見できるんじゃないのか?



 僕は、適当に、昼食を作っていく。でも、よかった。この三人は、とりあえず大丈夫だ。泥ネズミ達は死んだだろうな。あっ、マネコンブが姿を消している。


 テンウッドは、せっせと料理を運んでくれる。もちろん、ルージュの席だけに。



「真似っこちゃんは、どこに行ったの?」


 フロリスちゃんは、昼食を食べながら、青い髪の少女に尋ねた。


「知らな〜い。主人あるじぃ、ルージュの小さなスプーンはないの?」


「無いよ。大きなスプーンで食べさせてやって。あ、難しかったら、屋敷から……」


「難しくないよ! あたし、できるよ!」


 ほんと、ルージュのことが大好きだよね。



「あたちがおきたら、いなかったよ」


 赤い髪のチビっ子が、パンケーキを頬張りながら、そう教えてくれた。そうか、マネコンブは、ボックス山脈に帰ったか。


 ボックス山脈の従属たちは、どうなってるだろう。あぁ、その前に、泥ネズミ達の死骸を見つけてあげないとな。



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