565、自由の町デネブ 〜極級ハンターになってしまった
アマピュラスが僕に、強い光を放った。右手の甲のジョブの印が熱い。
──あぁ、覇王が消える。僕はもう……あの子達の笑顔を失ってしまう。僕の頬を涙がツーッと流れた。
「ヴァンさん、極級ハンター、おめでとうございます。後日、講習会があります。立会人の神矢ハンターと共に出席してください」
「……はい、わかりました」
「不備がないか、ジョブボードを確認してみてください」
「えっ? 今ですか?」
アマピュラスは、柔らかな笑顔を浮かべている。何の情もない人形の笑顔だ。彼は、僕のジョブボードを表示できる。それなのに、わざわざ僕に見ろって……現実を突きつけたいのか。
◇〜〜◇〜〜〈ジョブボード〉New! ◇〜〜◇
【ジョブ】
『ソムリエ』超級(Lv.2)
●ぶどうの知識
●ワインの知識
●料理マッチングの知識
●テースティングの能力
●サーブの技術
●ぶどうの妖精
●ワインの精
●ワインの創造
【スキル】
『薬師』超級(Lv.10)
●薬草の知識
●調薬の知識
●薬の調合
●毒薬の調合
●薬師の目
●薬草のサーチ
●薬草の改良
●新薬の創造
『迷い人』上級(Lv.4)
●泣く
●道しるべ
●マッピング
『魔獣使い』極級(Lv.2)New!
●友達
●通訳
●従属
●拡張
●魔獣サーチ
●異界サーチ
●族長
『道化師』極級(Lv.8)
●ポーカーフェイス
●玉乗り
●着せかえ
●なりきりジョブ
●なりきり変化(質量変化、無制限)
●喜怒哀楽
『木工職人』中級(Lv.10)
●木工の初級技術
●小物の木工
『精霊師』超級(Lv.10)
●精霊使い
●六属性の加護(超)
●属性精霊の憑依
●邪霊の分解・消滅
●広域回復
●精霊ブリリアントの加護(極大)
●デュラハンの加護(極大)
●ラフレア
『備え人』上級(Lv.8)
●体力魔力交換
●体力タンク(1倍)
●魔力タンク(1倍)
『神官』中級(Lv.2)
●祈り
●癒し
『盗賊』中級(Lv.7)
●危機感知
●しのび足
『救命士』下級(Lv.7)
●ヘルプベル(小)
『極級ハンター』New!
●ナイト魔導士の平均戦闘力を付与
●ナイト魔導士の平均防御力を付与
●薬草ハンター 超級(Lv.10)
●超薬草研究者 超級(Lv.1)
●釣り人 超級(Lv.5)
●トレジャーハンター 超級(Lv.2)
●魔獣ハンター 超級(Lv.1)
●神獣ハンター 上級(Lv.1)
『緑魔導士』上級(Lv.1)New!
●物理防御バリア(大)
●魔法防御バリア(大)
●遮音防音バリア(中)
●状態異常バリア(小)
【特記事項】覇王の再取得は永久に禁ずる。
【注】三年間使用しない技能は削除される。その際、それに相当するレベルが下がる。
【級およびレベルについて】
*下級→中級→上級→超級
レベル10の次のレベルアップ時に昇級する。
下級(Lv.10)→中級(Lv.1)
*超級→極級
それぞれのジョブ・スキルによって昇級条件は異なる。
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あっ、魔獣使いは、レベルは下がったけど極級のままだ。やはり覇王は消えてる。特記事項まであるのか。
極級ハンターにレベルはないのか? 戦闘力や防御力の底上げは噂どおりだ。平均的なナイトや魔導士の力が加算される。だけど、今まで使えなかった魔法が使えるわけじゃない。
それ以外の技能は、ハンタースキルをまとめられている感じだな。だけど並び順は変わってる。レベル順なのか。
緑魔導士? なぜ、スキルが増えたんだ?
「ヴァンさん、確認してもらえましたか」
「はい。極級ハンターのレベルは……」
「極級ハンター自体にレベルはありません。これまでに集めたハンタースキルは、極級ハンターの技能として位置付けが変わっています。そのため複合発動が簡単になっています。それから、それぞれのハンターに触れれば、個別のハンターの技能が表示できます」
やはり、まとめられただけなんだ。
「あの、一番下のスキルは……」
「それは、集めたハンターから派生したボーナスです。上位3つのハンターに役立つ未所持スキルが、プレゼントされていますよ」
プレゼント? 捨てさせた技能の補てんのつもりか? いや、極級ハンター全員に与えられるなら……プレゼントか。
でも緑魔導士にしては、技能が少ない気がする。上級ではこの程度なのか。これまでなら、ブラビィが適切なバリアを張ってくれていた。こんなものでは、その代わりにはならない。
僕の考えは見られているはずなのに、アマピュラスは、やわらかな笑みを崩さない。ほんと、ただの人形だな。
「ふむ、大丈夫なようですね。なお、悪しき心を持つと精霊師のスキルが消えます。動くラフレアでも居られなくなりますね」
アマピュラスは、覇王を奪ったことを恨むとさらに失うことになると忠告しているのか。ノレア神父が彼に鋭い視線を送った。ノレア神父としては、僕から精霊師も奪いたいらしい。
「もう終わっただろう? さっさとこの部屋から出せよ、アマピュラス! まさか、ヴァンを恐れているんじゃねぇだろうな?」
ゼクトが怒鳴ると、アマピュラスはその表情から笑みを消した。怒ったのか? いや、何か戸惑っているかのような表情だ。
「そうですね。では、デネブにお送りしましょう。講習会については、フロリスさんの方に知らせが届きますよ」
アマピュラスは、何事もなかったかのように、やわらかな笑みを浮かべ、パチンと指を鳴らした。
◇◇◇
僕達は、ドゥ教会の前に転移していた。アマピュラスの転移魔法のチカラは、人間が扱える域を大幅に越えている。
「あぁ……なんだか……」
僕は、言葉が出てこない。
「あの人、なんなのっ! こんなこと、許されないわっ! ヴァンが何のために頑張ってきたか……」
フロリスちゃんは、そう言うと言葉を詰まらせている。悔しくて泣いてくれてるんだ。
「ヴァン、俺の力不足だ。覇王を失っても、魔獣使いは極級に留まったのが、不幸中の幸いだ。従属関係にはその差は大きいからな」
ゼクトは、やはり悔しそうな顔をしている。だけど、ゼクトに比べれば僕なんて、何倍もマシだ。
「ゼクトも、極級ハンターになったとき、条件を突きつけられたんだね」
「あぁ、俺の場合は、神矢ハンターを捨てろと言われた」
「えっ? ジョブだよね?」
「あぁ、そうだ」
どういうこと? ジョブは、神から与えられた将来果たすべき役割じゃないか。
「ゼクトさんには、死ねと言ったのね」
フロリスちゃんは、怒りに震えている。死ねって……あっ、死んで蘇生すればジョブが変わる。だけど、スキルも失うんじゃないのか?
「あぁ、そうだ。ジョブ以外のスキルは、いったんアマピュラスが預かり、蘇生後に返してやると言われた。あの頃の俺は、神矢ハンターで稼いでいたからな。それに神矢ハンターには、様々な特殊技能が備わっている。神官よりも神矢ハンターの方が冒険者への影響力は絶大だったからな。当然、断ったら、神官三家の奴隷にされた」
「酷い……」
「ふっ、フロリス、それが、今の神官三家と王宮の神殿教会だ。あのアマピュラスは、秩序を守らせたいだけの獣だ。だからフリックは、新たな神官家を立ち上げようとしているんだ。国王が当主を務める神官家が誕生すれば、あの統制のアマピュラスは国王につく」
そうだったんだ。国王様は変えようとしている。やはり、すごい人だな。
ゼクトがこの話をしたのは、フロリスちゃんに国王様の伴侶になるための覚悟を求めたのだろう。フロリスちゃんは、力強く頷いている。やはり、彼女は強い人だ。
「ヴァン、とりあえず当分の間は、俺がおまえの護衛につく。ルファスにも連絡をした。交代でこの教会を守るぞ」
「えっ? あ、うん、ありがとう……」
そうだった。この扉の先は、今までとは違うんだ。あっ! 覇王が消えた今、従属達が暴れているんじゃないだろうか。
「ゼクト、ここには覇王が消えた従属が……」
「おそらく眠っているはずだ。おまえが主人だった記憶を消すためにな。目覚める前に、町から追い出す方がいい。畑の方には土ネズミもいたな。お気楽うさぎは、スピカのギルド前に置いてきたから、まぁ、アマピュラスがなんとかするだろう」
「わかった……町に被害が出る前に……くっ……」
たぶん、この町から追い出すだけじゃダメだろう。ボックス山脈に、捨てに行かないと……。
僕の頬を、ツーッと涙が流れた。
「ヴァン、急ぐぞ。じゃないと、討伐しなきゃいけなくなる。マネコンブは何とかなっても、他は厳しいぜ」
ゼクトも辛そうだ。だけど、もはや、あの子たちを遠ざけるしかない。
「ヴァン! 大丈夫か」
マルクが慌てた表情で、転移してきた。心強い親友だ。
「マルク、あの……」
「ゼクトさんからすべて聞いている。あのやり取りも……」
マルクは、キラリと光る魔道具を見せた。
「そっか、僕、極級ハンターに、なってしまったよ……」
また、涙が溢れそうになってきた。




