564、商業の街スピカ 〜ヴァンの決断
「再取得できないなら、薬師も道化師も捨てられません!」
僕は、思わず強い言い方をしてしまった。どちらもよく使っているスキルだ。それに思い入れもある。薬師は、一番最初に神矢で得たスキルだ。道化師は、海竜のマリンさんからもらった神矢のスキルだ。
「レアスキル、神獣ハンターを捨てればいい」
ゼクトがポツリと言った。そうだ、それがいい。だが、アマピュラスは、うんとは言わない。
「盗賊を捨てますよ」
僕がそう言うと、アマピュラスは、うっすらと笑みを浮かべた。バカにされたと感じた。盗賊では何の脅威にもならないからか。
「じゃあ僕は、極級ハンターにはなりません!」
「おや、ヴァンさんが極級ハンターになることが、国王にとって賭けの対象になっていたのではありませんか?」
アマピュラスは、そんなことまで知っているのか?
「ヴァン、あの話は気にしなくていいわ。でも、ヴァンの夢なのに……」
フロリスちゃんは、複雑そうな表情をしている。ゼクトも、険しい表情だ。そうか、ゼクトはこうなることがわかっていたから、あんなに慌ててたんだ。
極級魔獣使いが魔獣ハンターを得ることが、何かのサインなのかもしれない。矛盾したスキルを持つことの意味はわからないけど。
「夢だったけど、仕方ないです。チマニャさん、国王様の賭けの話は冗談だと思いますから、大丈夫です。では僕は、退出させてもらいます。ありがとうございました」
そうは言ったけど、この部屋には扉がないんだよな。
「チマニャ! こいつに、覇王を捨てさせるのではなかったのか!」
ノレア神父が怒鳴った。はい? もともと決めていたのか? アマピュラスは、深いため息をついた。
「ノレアの坊や、貴方という人は……。話には順序というものがありますよ?」
「この男は、極級ハンターにならないと宣言した。危険な力を削ぐ機会を潰すことになるじゃないか!」
「ヴァンさんは、まだ部屋から出ていません。私が許可するまで出られませんからね」
監禁だよな……。そうか、彼らは僕から覇王を取り上げたいんだ。確かに覇王は危険すぎる、か。
「おまえらは、最初からそのつもりだったらしいが、ヴァンは、覇王を悪い使い方はしていないぞ! それに王のスキルが無いのに、そこまで危険視するのは異常だ。やはり嫉妬か?」
ゼクトが強い口調で、吐き捨てるようにそう言った。すると神官三家の神官達は、嫌な笑みを浮かべている。
「天の導きを持つ者は、神官ではない。おまえのような出生もわからぬ卑しい者が、偉そうな口を……」
「卑しいのはおまえ達の方だ。ヴァンには、何を要求する? 覇王を取り上げられたくなければ、神官三家の奴隷になれとでも言うつもりか」
ゼクトは、身体を震わせている。ワナワナと怒りに染まっているのだ。そうか、ゼクトも極級ハンターになるときに、この部屋に連れ込まれたんだ。そのせいで、彼の人生は大きく狂った。自ら感情を封じ、狂人と呼ばれるようになったんだ。
「キミは立会人ではなく、その補佐だと言っていたね。いろいろと思うところはあるようだが、その発言は適切ではないな」
アマピュラスは、ふわりと笑みを浮かべながら、ゼクトを叱責した。この人には、情というものがないのだろうと、僕は理解した。だから笑顔を崩さない。僕が知る天兎とは全く違う、人形だ。
「さて、ヴァンさん、どのスキルを捨てるか決まりましたか?」
「チマニャさん、僕は、極級ハンターにはならないと言いました」
そう反論しても、彼は柔らかな笑みを崩さない。
「覇王を捨てる決断をするなら、スキルを捨てる必要はありませんよ。そもそも覇王は、相手の自由を奪う技能です。ヴァンさんは、従属を大切にしているつもりのようですが、それは勘違いです。覇王で縛って、貴方が好む関係を強制しているだけですよ」
覇王を捨てさせることが、この人の目的か。統制のアマピュラス。確かに、僕に力が集中してしまっている。竜神様がそうさせているような気もするけど。
そして、神官三家の神官やノレア神父は、覇王を取り上げないかわりに、僕に仕事をさせる気だろう。いや、ノレア神父は、本当に覇王を捨てさせたいのかもしれないな。
「チマニャさん、こんなやり方はおかしいわ。なぜ、努力してきたヴァンから、従属達を取り上げるようなことをするのですか!」
フロリスちゃんが抗議をしてくれた。優しい子だよな。だけどアマピュラスは、柔らかな笑みを浮かべたままスルーしている。
神官三家の人達が何かコソコソと相談を始めた。僕が覇王を捨てることを拒むのを、待っている。
「チマニャさん、貴方は僕に、覇王を捨てさせたいのですね。それなら最初からそう言えばいいじゃないですか」
「話には順序というものがあります」
「わかりました。覇王を返上します。それ以外に、この部屋から出る方法は無さそうですから」
すると、ノレア神父が口を開く。
「失った技能に相当する分は、当然ランクが下がる。覇王を得たときは魔獣使いは上級だったな? おそらく超級に下がるだろう。極級の技能も消えるから族長も無しだ」
嬉しそうだな。
「スキルを捨てるわけじゃないから、また極級に昇級しますよね?」
一応、アマピュラスに確認を取る。彼は、穏やかな笑顔で頷いている。
「極級になっても、覇王の再取得はできないですよ。それから、覇王効果はすべて消失しますから、貴方の従属の能力の底上げ効果も消えます。そして拡張効果もね。貴方が直接術をかけた個体には従属は残りますが……おそらくこれも消えるでしょう」
はい? 意味がわからない。
「なぜ、従属まで消えるのですか? 魔獣使い上級の技能ですよ?」
「覇王を外したら、魔物は当然、主人に牙をむく。魔物が術返しをしようとした瞬間、従属も消失しますから安心してください。身を守るために魔獣ハンターを得たのですよ」
なっ……。僕は、頭をガーンと殴られたような衝撃を受けた。魔獣ハンターは、従属のあの子達を討つためのスキルなのか?
「これで王都の泥ネズミも土ネズミも、そもそもの主人の元に戻るな。統率していた厄介な個体も、覇王が外れたら、死ぬだろう」
神官三家の一人がヘラヘラと笑っている。
「ちょっと! 貴方達、神官三家の代表なら、そんな……」
フロリスちゃんが反論してくれたけど、ノレア神父がギロッと睨み、それを制している。立場上、貴族家のお嬢様は、神官三家にそれ以上のことを言うべきではない。
そっか。リーダーくんは死んでしまうか。泥ネズミの寿命は、普通なら数年だ。あの子も、本来なら寿命が尽きている。
それに、他の従属達も、確かに覇王を得てから親しくなった気がする。それ以前の従属の、チビドラゴンとビードロは残ってくれるだろうか。海竜のマリンさんにも覇王は使ってなかったよね。
「あぁ、それから、覇王が無くなれば、妙な変化も使えなくなるだろうな。竜神様の姿を借りるなんて、言語道断だ」
別の神官がそう言って笑っている。嬉しくて仕方ないらしい。クズだな、と思った。だけど、おそらく、これは僕に覇王に執着させようとしているんだ。
僕には、守るべき大切な人達がいる。神官三家の手駒にされたら、ドゥ教会まで潰されてしまいそうだ。
「わかりました。覇王を返上します。ですが、その前に一度、従属達に別れの挨拶をさせてください」
僕は、アマピュラスに頭を下げて、そう頼んだ。
「ヴァンさん、それはできません。この部屋から出ると、極級ハンターになれないと最初に話しましたよね? ですが、覇王は捨ててもらいます」
「えっ……そんな……」
神官達はニヤニヤと笑っている。僕がさらに何かを願うことを待っている。アマピュラスもノレア神父も表情は変えない。彼らは、僕が脅威とならないようにできれば、その手段に興味は無さそうだ。
僕の頭の中には、従属達の姿が次々と浮かんできた。みんな、みんな……僕を助けてくれた。こんな僕のために、時には命をかけて戦ってくれた。たくさん笑顔をくれた。たまには怒ったけど、でも、とても楽しかった。
だけど、それは覇王のチカラか……。僕が理想とする関係を、彼らが演じてくれてたんだ。そっか、そうだよな。
あぁ、チビちゃにパンケーキを焼いてあげられなくなったな。あんなに涙を溜めていたのに。テンちゃは明日は赤い服だと言っていたっけ。褒めてあげられなくなったな。
マネコンブは、今日は会えなかった。ブラビィは、さっき蹴落とされたままだ。いつも守ってくれていたのに、ありがとうを全然言ってなかった。
海竜のマリンさん、元気かな。土ネズミのバーバラさんは、結局姿を変えてあげられなかった。また、ベーレン家に支配されてしまうのだろうか。
ボックス山脈のメリコーン、すっごく面白い子だった。ゼクトが、にゃんにゃのってあだ名をつけて……。あの大トカゲ、まだあまり親しくはないけど、これから仲良くなれたかもしれない。
でも、覇王が消えたら、みんな忘れるのだろう。そして本来の姿に戻る。チビドラゴンやビードロさんにまで忘れられるのだろうか。
僕の頭の中では、きっと楽しい思い出は一生残っていると思う。敵視されたら辛いけど……でもリーダーくんにはもう敵視もされないか。
だけど、受け入れよう。
受け入れなければいけない。
覇王なんていう特別な力を持つ極級ハンターなんて、厄災級のバケモノだ。
「覚悟が決まったようだね」
アマピュラスは、ふわりと微笑んだ。一方で、神官達は慌てている。だけど、それを制したのはノレア神父だ。
「はい、僕は覇王を返上して、極級ハンターになります」
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