563、商業の街スピカ 〜ギルドの本店、扉のない部屋
「えっと? 極級ハンターを統括するアマピュラスのチマニャさん、ですか? 僕にご用でしょうか」
青銀色の髪をした年配男性は、柔らかな笑みを浮かべている。フロリスちゃんが、統制の爺ちゃんと言ったから焦ったけど、僕に対する敵意は感じない。
「はい、ヴァンさんが極級ハンターの条件を揃えられたので、そのご案内に参りました。気付かれない方もいらっしゃるものですから。ギルド本店に、今からご一緒いただけますか?」
迎えに来たのか? だけど、僕にはゼクトとの約束がある。あっ、何も考えない方がいいな。アマピュラスなら、すべて考えたことが覗かれるか。
そう考えていても、彼の表情は変わらない。なんというか、この人には絶対に敵わないだろうな。柔らかな笑顔が、逆に恐い。
「チマニャさん、申し訳ないですが、今すぐというわけにはいかないです。これから僕は、パンケーキを焼かないといけないので」
チラッと視界に入った赤い髪のチビっ子の表情は、みるみるうちにパァッと笑顔になった。ふふっ、泣いたり笑ったり忙しいよね。
「ふむ、たいしてお時間は取らせませんよ。貴女が、ヴァンさんの立会人をされますか?」
彼はフロリスちゃんの方に視線を移した。立会人?
「ええ、私がヴァンを極級ハンターに育てると公言しているので……。でも私の力というより、ゼクトさんの方が尽力していますわ」
フロリスちゃんの話し方が、いつもとは違う。緊張しているのだろうか。奥から、天兎のぷぅちゃんが獣人の子供の姿で現れた。ということは、警戒しているのか?
「おや、天兎のハンターが貴女を守っているのでしたか。ゼクトさんなら、神矢ハンターは昇級しませんから、貴女に譲ると思いますよ。では、参りましょう」
反論する隙もなく、アマピュラスはその場で転移魔法を使った。転移直前に見えたチビちゃの悲しそうな顔に、胸が痛んだ。戻ったら、たくさんパンケーキを焼いてあげないと。
◇◇◇
僕達は、見たことのある古い建物前に転移してきた。フラン様に連れられて3つのギルド登録をした場所だ。ここが、ギルド本店なのか。本店は王都にあるのかと思ってた。
アマピュラスが転移させたのは、僕とフロリスちゃんの二人だけだ。すぐに後を追うようにして、ぷぅちゃんが転移してきた。
「この場所は、私以外の獣の立ち入りはできませんよ」
「オレは、フロリスちゃんの護衛だ!」
「不要です。キミもね」
彼は僕の腰付近に、何かの術を使った。すると、透明になっていつの間にかぶら下がっていたブラビィが、地面に叩き落とされている。
「おまえなー!」
ブラビィは、聖天使の姿に変わったが、やはり却下されている。獣が一緒だとマズイ何かがあるのだろうか。
「キミは、このハンターの眷属だね。おとなしくしていなさい!」
アマピュラスは、ブラビィが嫌がることをわざと言っているかのようだ。僕の従属なのに、なぜぷぅちゃんとの関わりしか言わないんだ? まぁ、天兎は天兎同士の何かがあるのかもしれないけど。
ギィ〜ッと重い扉を開けて中に入ると、ゼクトがいた。
「ヴァン、なぜ……いや、俺のミスか」
ゼクトは、何を言ってるんだ? それに、なぜか僕がここに来るのがわかって、慌てて先回りしたみたいだな。
「やはり、ゼクトさんが彼を隠蔽しようとしましたね。神矢ハンターなら、極級の条件が揃った対象者を、直ちにギルドへ案内すべきでした。彼のジョブボードが見えなくなっていたのは、貴方の仕業ですね」
えっ? ゼクトが隠蔽? 何を?
「1日以内にという決まりだ。最初の登録は重要だからな。もっとマシなハンターで登録させたかっただけだ」
「ほう、まぁ、そういうことにしておきましょう。魔獣使いが、魔獣ハンターを得たことから、隠蔽を考えたのかと心配しましたよ。彼がジョブボードを開かなければ、気付けませんでした」
何の話だ? 僕がジョブボードを開いたせいなのか?
「俺も、立会人の補佐として同行する。フロリスは、極級ハンターの立会人は初めてだからな」
ゼクトがそう言うと、アマピュラスの彼は、ふわりと微笑んだ。余裕があるんだな。めちゃくちゃ強いのか。
◇◇◇
フッと浮遊感を感じた直後、目に映るものが変わっていた。ワープをしたらしい。扉のない部屋だ。フロリスちゃんとゼクトも一緒だ。
部屋の中には会いたくない人が居た。それに、ボレロさんもいる。他には数人の知らない人がいた。
「改めまして、ヴァンさん、おめでとうございます。極級ハンターの条件が揃いました。もちろん、極級ハンターのスキルを得ますよね?」
アマピュラスは、妙な言い方をする。
「チマニャさん、何か含みがあるように感じますが、極級ハンターには、今すぐじゃなくても、別のスキルを得て……」
「それは認められません。今すぐ決断してください。決断せずにこの部屋を出るなら、ヴァンさんは、極級ハンターのスキルを得る資格を失います」
「えっ? 資格なんて……」
「私が、剥奪しますので」
アマピュラスは、笑顔だ。ちょ、何なんだよ?
「彼は、危険な存在だ。極級ハンターになると能力値が底上げされる。忌々しいスキルはすべて……」
「お静かに、ノレアの坊や」
アマピュラスに坊やと言われて、ノレア神父は怒りに顔色を変えているけど、口を閉じた。僕はノレア神父に、何度も暗殺者を送り込まれている。できれば一生、見たくない顔だ。
「さて、ヴァンさんのスキルですが……」
アマピュラスは、僕のジョブボードを勝手に表示した。本人しか表示できないはずなのに……。僕は、彼の力を思い知らされた。絶対に勝てないし、逃げられない。そう本能的に感じた。
「ほう、これはまた、利用価値の高いハンターですな」
顔を知らない人達が話している。ゼクトがキッと睨んでも、素知らぬ顔だ。あぁ、ここにいるのは、神官三家の代表か。そういえば神官の正装だ。
「チマニャ、その前に説明しろ。ヴァンにはまだ何も、神矢ハンターは話していない。俺もジョブボードは直接確認してなかったからな」
ゼクトは突然大きな声を出した。まるでコソコソ話をしている人達を脅しているようだな。
「おや、そうでしたか。ヴァンさん、極級ハンターになるには、何かのスキルを捨てていただく必要があります」
アマピュラスは、何でもないことのように、サラリとあり得ない事を言っている。
「なぜですか? スキルを捨てないと極級ハンターにはなれないのですか」
「大半の極級ハンターは、講習のみですよ。これは、ヴァンさんにも後日受けていただきます。ですが、危険な人物の場合には、バランスを調整しなければならないのです」
すると、フロリスちゃんが口を開く。
「ヴァンは、何も危険な人物ではないわ! そこにいる人達の方が、よほど危険じゃないかしらっ」
「おや、ファシルド家は、我々に逆らうと? 国王の側近だからと調子に乗っているようだが、若き国王は失脚間近だとの噂もありますが……あぁ、貴女は、そんな国王の……」
「下品な顔ですね。古き神官三家は不要だという噂もありますねぇ」
フロリスちゃんにイヤらしい笑みを向けた神官に、アマピュラスはピシャリと言ってくれた。統制の爺ちゃん、か。
ノレア神父も、神官に鋭い視線を向けている。もしかして、彼も意外に……いや、ないか。
「話が逸れましたね。ヴァンさん、どのスキルを捨てますか? 力を持ちすぎた者は、何かのキッカケで狂うと厄災になりかねない。貴方は、危険な力を持ちすぎています」
「えっ……精霊師とか、ですか?」
「精霊師は選択不要です。悪しき心を抱くと、精霊師のスキルは、ノレア神父が剥奪することになります」
「あー、はぁ」
確かに精霊師は消える。僕が悪しき心を持つ可能性を恐れているのか。
「ヴァンが、悪しき心なんて抱くわけないわっ。ドゥ教会の旦那様なんだからっ!」
フロリスちゃんは、アマピュラスには反論できるんだな。神官三家の方は、見ないようにしているみたいだけど。
「フロリスさん、誰しも人間は、心を壊す可能性があります。もし、ヴァンさんが大切にしているものをすべて失ったら、どうでしょう? 伴侶も娘も誰かに殺されたら……ドゥ教会の信者を、いえスピカの町全体を焼き払われて全員惨殺されても、ヴァンさんは笑っているでしょうか」
「でも、そんなことは起こらないわっ」
起こらないとは断言できない。フロリスちゃんは、それがわかっていて、うつむいてしまった。
「精霊の子でも嫉妬に狂うのですからね。ふふっ、決められませんか? 私としては、薬師と道化師を捨てればいいかと思いますよ」
ノレア神父に嫌味を言いつつ、アマピュラスはとんでもないことを言った。薬師を捨てるなんてあり得ない。教会では、僕の薬をアテにしている人がたくさんいるんだ。
あっ、でも、また神矢を集めればいいのかな。
「あっ、ひとつ言い忘れましたが、一度捨てたスキルは、再取得できませんからね」
皆様、いつもありがとうございます♪
昨夜、シリーズ設定をしてみました。目次のタイトル名の上に小さなタイトルが出ていると思います。それをポチッとしてもらうと、シリーズページにいけます。
ヴァンの空白の2年間の物語は作者マイページ以外に、そちらからでも探していただけるようにしました。あっ、皆様のブクマ一覧の作品タイトルの上にも小さなシリーズ名が出ているかも、です。
よかったら、覗いてみてください。空白の期間の物語では、ヴァンは、まだ20歳です(๑˃̵ᴗ˂̵)




