562、自由の町デネブ 〜不思議な獣人
昨夜空に浮かんでいた金色の神矢が、王都専用地区に降り注いでいく。僕達は、少し出遅れた状態だ。
「チッ、ダメだな、こりゃ」
ゼクトは悔しそうに舌打ちをしている。出遅れたけど、金色の神矢は、いま落ちたばかりだ。
「ゼクト、まだ、たくさんあるんじゃない?」
「いや、ハンターは、魔獣ハンターばかりだ。くそっ」
なんだか異常に悔しがっているような気がする。いつものゼクトらしくない。新しいハンターのコレクションが増えなかったからだろうか? だけど、なんだか焦ってるんだよな。
「ゼクト、なんだか変だよ? どうしたんだ?」
「あぁ? あぁ、悪い。何でもない。帰るか」
この顔は、何でもない顔じゃないよな? だが、僕には話せないことなのかもしれない。そういえば、僕の予備のハンターとか言ってたっけ?
もしかすると、極級ハンターの条件が、また変更されたのかもしれないな。だけど、そんなことで、こんなに焦るか?
僕は、スッキリしない気分のまま、ゼクトの転移魔法で、ボックス山脈から、デネブへと移動した。
◇◇◇
「ヴァン、とりあえず、冒険者ギルドには、まだ行くなよ? 明日ちょっと遠いが、別の場所に行ってみるぞ」
ゼクトは怖い顔をして、そんなことを言った。よくわからないけど、予備のハンターが必要らしい。
「うん、わかった」
「それから、揃ったことは誰にも言うなよ? フランにもだぜ? 明日は夜明け前に出る」
「ええ〜っ、うん、まぁ、わかったよ」
ゼクトは、険しい表情で軽く手をあげ、どこかへ転移していった。忙しそうだな。だけど、わざわざ送ってくれたんだ。
ドゥ教会の中へ入っていくと、いつもよりたくさんの信者さん達がいた。あれ? 今日って、何があったっけ。
「あっ、旦那さん、おかえりなさい。早かったですね」
「えっ? あぁ、まだ昼前ですね」
声をかけてきたのは、この町に住む獣人の信者さんだ。結構、冒険者ランクも高いはずだ。
「ボックス山脈の金の神矢、行ってたんでしょう? 俺の知り合いも行ってたみたいで、さっき、富の神矢を持って、ホクホク顔で帰ってきましたよ」
「今回は、富の神矢が多かったのかな」
「スキルの方が多いんじゃないですか? ソイツは、道化師上級をゲットしたらしいです。あぁ、ハンター祭りだとか言ってたな。魔獣ハンターばかりだって」
「そうなんですねー。僕も……」
思わず言いそうになって、口を閉じた。揃ったことを喋るなと、ゼクトに言われたばかりだ。いや、でも超薬草研究者が超級になったことが知られなければいいのか。
「あー、旦那さんは、魔獣使いだから、魔獣ハンターの神矢は吸収できないですよね」
えーっと……。吸収できたよ? 僕は適当な笑みを浮かべておいた。
「まぁ、あの、今日って何の日でしたっけ? 信者さんの数が多いみたいですが」
「あぁ、青い髪の女の子ですよ。不思議な祝福を与えてくれるみたいでね」
はい? テンウッドが、何?
「テンちゃが、何か……えーっと、クルクル回ってますね」
フロリスちゃんからもらった服を、信者さん達に見せびらかしてるようだ。パーティのときとは違って、淡い水色のワンピースかな。スカート部分が何段もあるようで、回るとふわりと広がっている。
「近くで見ると、なんだか元気になるらしいですよ。昨日は、神の像が強く輝いていたそうです」
信者さんにそう言われて、天井を見上げると、確かに神の像がいつもより輝いている。
神獣テンウッドは、神の怒りを買って、氷の檻に閉じ込められていた。いま教会で、彼女は服を見せびらかしているだけだが、信者さん達は、かわいいかわいいと大喜びだ。
もしかすると、テンウッドのその行動に、神が微笑んでいるのかもしれないな。
「あっ、主人ぃ、これ、かわいいよね? 見た? ちゃんと見た?」
教会の奥へと進んでいくと、青い髪の少女が近寄ってきた。そしてクルクルと回っている。よく目が回らないよな。
「濃い青のドレスだけじゃなかったんだ」
「うん? 主人は、あれの方が好き? 着替えようか? 昨日は、あれを着てたの。明日は、赤いのにするよ」
「ふふっ、そっか。その水色のワンピースは、テンちゃの髪色に合ってるね」
「うん! ルージュもそう言ってたよ。ねぇ、主人ぃ、あたしもルージュと一緒に学校行きたいよ」
確か、娘ルージュは、レモネ家の幼児学校に通い始めたんだよな。
「テンちゃ、今は幼児学校だから、もう少しして普通の学校に進んだら一緒に通えばいいんじゃない?」
「フランも同じこと言ってたぁ。あたし、今、行きたいのにぃ。あっ……」
青い髪の少女は、新たに信者さんが入ってくると、駆け寄っていった。そしてクルクル回って、かわいいかわいいと言われて、ご満悦だ。
「にいに〜っ!!」
赤い髪のチビっ子が、目に涙をいっぱい溜めて、駆け寄ってきた。甘い香りがする。えーっと……掴まれた手がクリームでベタベタだ。
「チビちゃ、どうしたの?」
すると、フロリスちゃんも慌てた顔で駆け寄ってきた。ふふっ、何が起きているか、説明はいらないね。
「にいに〜、まっくろなの〜、にがいの〜」
「ちょ、チビちゃ。まだ、ここのキッチンがよくわからないだけだよっ。ヴァン、おかえり〜。残念だったね、私に内緒で行くから、魔獣ハンターしか降らなかったんだよっ」
フロリスちゃんにバレていたか。神矢ハンターだから、まぁ、神矢が降ったことは知ってるだろうけど。
「フロリス様、パンケーキを焼いていたのですか?」
「えっ? あーうん、フランちゃんが帰ってくるまでに作っておこうと思って……あれ? ヴァン、なんか変だよ。ジョブボードを隠してる? ブラビィかな?」
フロリスちゃんは、僕をジッと見て首を傾げている。もしかして、僕が集めた神矢を確認しようとスキルを使ったのかな。
「フロリス様、僕のジョブボードを覗き見しようとしてます?」
「うん? べ、別に、何か増えたのかなって思っただけよ」
目が泳いでますよ、お嬢様。
「魔獣ハンターが増えましたよ」
そう答えると、フロリスちゃんは怪訝な顔をした。あっ、言ってはいけなかったっけ。でも、超薬草研究者が、まだ上級だということにしておけば、問題ないかな。誰かがジョブボードを覗き見できないようにしてくれてるみたいだし。
「ヴァン、それは嘘よ。教会で嘘をついたらダメだよ? 神官のレベル下がっちゃうよ」
あっ……そうだ。気をつけなきゃ。
「どうして嘘だと思うんですかー?」
明るい声を心掛けて、そう尋ねるとフロリスちゃんは、ふんすと鼻息荒く、仁王立ちポーズをしている。
「ヴァンは、私を試してるのねっ。魔獣使いと魔獣ハンターは、相反するスキルだから共存しないもん。神矢も吸収しないよっ。あー、中級とかなら共存もあるけど、ヴァンは、魔獣使い極級でしょ。しかもレベルMAXだから、絶対に魔獣ハンターは取得できないよっ」
えっ……だけど、あるよ?
「魔獣ハンターの神矢を吸収しましたよ?」
「ヴァン、それはジョブボードの見間違いじゃない? 新しい似た名前のハンターで、魔霊ハンターってのがあるよっ。影の世界の魔霊狩りだよ」
「えっ……まじっすか」
「うん、あっ、魔霊ハンターは、極級ハンターの条件に入らないから。でも、安心して。明日も神矢は降るよ。場所は、ちょっとわかんないけど、ボックス山脈じゃないから、転移で行けるよっ」
フロリスちゃんは、エヘンと胸を張っている。ふふっ、だけど、どうしようかなぁ。
「明日朝早くから、ゼクトとちょっと約束があるので、その時間によっては……」
「えーっ、でもハンターだと思うよっ。あっ、魔霊ハンターなら、影の世界に行けるよね。上級なら、ゲートを開けるんだよね?」
フロリスちゃんは、目を輝かせて僕の右手首をジッと見ている。チラッと上目遣いで……見たいアピールだ。
「そんな技能はなかったと思いますけど……魔獣ハンターだと思いますよ?」
「嘘ついちゃダメっ。魔獣使い極級レベルMAXは、相反するスキルは、取得拒否だよっ」
うん? そうかなぁ?
フロリスちゃんのキラキラパワーに負けて、僕は、ジョブボードを表示してみた。だけど、やはり魔獣ハンターだ。
「フロリス様、やはり魔獣ハンターでしたよ?」
「嘘だぁ、見せてよぉ〜」
ジョブボードを覗き込もうとするフロリスちゃん。僕は、慌ててジョブボードを消した。超薬草研究者が超級になったのは秘密だ。
「コラーッ、あっ、あれ? ヴァン……あの人」
ふくれっ面のフロリスちゃんの視線は、教会の出入り口に向いた。不思議なオーラを放つ青銀色の髪の獣人の年配男性だ。あの羨ましすぎるイケメンは……。
その男性は、突然、僕のそばにワープしてきた。
「おめでとうございます。ヴァンさん、最年少での極級到達ですね。私は、極級ハンターを統括するアマピュラスのチマニャと申します」
「嘘、なぜヴァンに、統制の爺ちゃんが……」
統制の爺ちゃん? えっ、僕が何をした?




