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560、ボックス山脈 〜囲まれてる

 翌朝、僕は、朝日の眩しさで目が覚めた。簡易ベッドから上体を起こして、思わず固まってしまった。


 昨夜はゼクトのテントの中で寝たよな? ゼクトは、まだ寝息を立てている。僕達は、透明なゴム玉の中にいるけど……ど、どうしよう。


 グォォオッ!

 ドドーン!


 地面が大きく揺れた。ゼクトが寝ている簡易ベッドはその衝撃でひっくり返った。


「あぁ? なんだ?」


「ゼクト、おはよう。僕にも、訳がわからない」


「あぁ、結界を砕かれて、テントも焼かれたな。このゴム玉がなかったら俺達は死んでたぜ」


 ゼクトはあくびをしながら、サラリと何でもないことのように言っている。だけど、ちょっと待った。どう考えても、かなりヤバイ状態だよな。


「どういう状況なんだよ? ゼクト、転移できる?」


「ふわぁあ、ヴァン、慌てんな。まだ、神矢は落ちてきてないぜ。もうひと眠りするか」


「ちょ、ゼクト! こんなに囲まれてるんだよ! 二度寝する気?」


 ゼクトは寝ぼけた表情で、キョロキョロしている。彼がこんなにのんびりしているなら、大丈夫なのか?


 キィィィッ!

 キシャァアッ!

 グォォオオ!


 いやいや、絶対に大丈夫じゃないよな。いま、この広い平原では、何種類かの大型の魔物が争っている。その数は不明だ。たぶん何百といるだろう。



「あん? 何か変だな」


 ゼクトが、やっと起き上がった。


「目が覚めた? 囲まれてるんだよ。でも、まだ神矢が落ちてこないってことは、転移魔法も使えない?」


「ヴァン、慌てんなって。危機感知系の技能は反応してるか? 普通、こういう状況だとピンピンに殺気が向けられるんだけどな」


 あっ、そういえば、危機感知ベルは鳴ってない。ゼクトが二度寝しようとしていたのは、そのためか。


 透明な割れないゴム玉に入っていると、外の臭いがわからない。だが見える範囲だけでも、魔物同士の争いでかなりの血が流れたことがわかる。



 キシャァアッ!


「神が降臨されたのだ! おかしなドラゴンを追い出してくださったのだ!」


「我々の神に手出しをする愚かなモノは、すべて消し炭にするまで!」


 はい? 神?


 僕に届いた言葉を、ゼクトも覗いたようだ。そしてキョロキョロして……ふわぁああっと、のんきにあくびをしている。


「ゼクト、なぜ、そんなにのんきなのさ。僕達は、魔物がケンカしているド真ん中に居るんだよ?」


「あん? おまえのお友達だろ。サーチをしても種族名が不明な大トカゲだ。おそらく、ラフレアが生み出した新種の魔物だな」


「えっ? あぁ、昨夜の洞穴の……」


「昨夜も、普通のサーチにかからないギリギリの距離で、何かの群れがずっと付いてくるから、ビードロかとも思ってたんだがな」


 僕が覇王を使ったから、守ろうとして後を追ってきたのか。あの魔石持ちを追い払ったのは、ゼクトなんだけどな。



「覇王が効きすぎたんだよな。あの大トカゲって弱いよね? あちこちで傷ついて血を流してるし」


「まぁ、魔石持ちの特殊なドラゴンよりは弱いな。洞穴を占領されてたんじゃねーか? ただ、ここら辺に元々いる魔物よりは、圧倒的に強いぜ。下位のドラゴン種よりも強いんじゃねぇか?」


 ゼクトは、こんな中なのに、魔法袋から軽食と飲み物を出して、僕に放り投げてきた。


「ちょ、まさか、こんな中で朝食を食べる気?」


「あぁ? 面白いじゃねーか」


「ゴム玉だよ? 簡単に蹴り飛ばされるよ?」


 僕が必死に説得しても、ゼクトは、あくびをしながら、モソモソとパンを食べ始めた。すんごい胆力だな。


「ヴァンも食えよ。蹴り飛ばされることは、絶対にねぇよ。昨夜設置した場所から、全く動いてない。おまえのお友達が、守ってるってことだ。うっかりテントは燃やしたみたいだがな」


「えっ? まじ?」


「あぁ。神ならジッと見守ってやれよ、ククッ」


 ちょ、神じゃないんだけど!



「なぜ、そんなに強い大トカゲに、覇王が効いたんだろう?」


 僕は、ゼクトに渡されたパンを食べながら、そう尋ねた。自分より強い大トカゲに覇王が効きすぎるなんて、考えられない。


「そんなもん、決まってるじゃねーか。おまえが動くラフレアだからだよ。ラフレアから生まれた魔物は、どっちかだろ。ラフレアを崇拝するか、ラフレアを喰おうとするか」


 えっ、そんなの知らない。あー、でも、ラフレアのマザーは、悪い子は滅ぼすというスタンスだっけ。それって、ラフレアに対立しようとする魔物ということか。


「そう、なのか。大トカゲは、ラフレアを崇拝するタイプか」


「あぁ、だから神とか言ってんだろ。ククッ、この平原は神の寝床だから、今こんなことになってんじゃねぇか?」


 ゼクトは、楽しそうにキョロキョロしている。


「どういうこと? 僕が覇王を使ったせいで、魔物同士の争いを引き起こしたのか?」


「いずれ、ラフレアが生み出した新種の魔物がボックス山脈に強い影響力を及ぼすとは思ったがな。ククッ、こんなザコがこの辺を仕切ってくれたら、王都専用地区付近は安全になりそうだぜ」


 ゼクトには、ザコなのか。


「仕切るって……ボスを決めてる感じ?」


「ボスというか、大トカゲが眷属けんぞく化するんだろ。そうなれば、この平原にはラフレアの花も惹き寄せられるかもな」


「じゃあ人間は、ここには近寄れないね。ラフレアの赤い花は、人間を襲うもんな」


「神の寝床を守るには、ラフレアの花は最適じゃねぇか?」


 ゼクトは、そうなることがわかっていて、この場所に野宿したのだろうか。王都専用地区への道は、あの高い崖の向こう側だ。だが、この高さの崖なら、ラフレアの赤い花が空を泳ぐように移動しても、向こう側からは見えない。


「ゼクト、もしかして、わざと?」


 僕がそう尋ねると、ゼクトはニヤリと笑った。


「おまえのお友達が、この平原の覇者になるのを見届けようぜ。そうすりゃ、神矢も落ちてくるだろ」


 ゼクトは、魔法袋から果物をどっさりと出している。あれ? 大トカゲの貢ぎ物を持ってきたのか。てっきり置いてきたのかと思っていた。何か意図があるのだろうか。


 僕も仕方なく、貢ぎ物の果物を食べた。あぁ、ゼクトが好みそうな甘いものが多いな。よく熟した果物ばかりを、大トカゲがくれたのか。



 しばらくすると、勝負が決まったようだ。大トカゲの圧勝みたいだな。覇王を使ったから、王を守ろうとすると通常以上の力が出るらしい。その底上げ効果もあって圧勝したのかも。


「終わったな。ゴム玉を消して、お友達を褒めてやったらどうだ?」


「ゼクト、それで何かが起こるの?」


「ククッ、さぁな?」


 肝心なことは、はぐらかすんだよね。まぁ、いっか。



 僕は立ち上がり、透明なゴム玉を消した。プンと強い血の臭いがする。かなりの魔物が死んだようだな。これも、ボックス山脈では自然の摂理か。


「あぁ、すぐに悪霊化しそうな奴もいるな」


 ゼクトは、何を言ってるんだ? 僕は、魔獣サーチをしてみる。だけど、そんな状態の屍は見つからない。とりあえず、怪我をしている魔物も多いから、回復しようか。


 薬師のスキルを使うという手もあるけど、ゼクトは、精霊師を使えと言っているような気がする。



 僕は、スキル『精霊師』の邪霊の分解・消滅と、広域回復を使う。二つ同時発動すれば、上手く相乗効果が働くはずだ。ここは、ボックス山脈だからな。


 邪霊の分解・消滅は、闇に堕ちた精霊や妖精をマナに分解し、再生もしくは消滅させる技能だ。悪霊に使うと消滅のみだけど。そして広域回復は、大地のマナを増幅し、一定の範囲内の精霊や妖精、さらに精霊の宿る地の回復を行う技能。


 チラッとゼクトの方を見ると、やはりニヤニヤしている。これを使わせたかったらしい。



 僕の足元に魔法陣が現れた。そして平原に一気に広がっていく。魔物達は驚いて固まっているようだな。慌てて逃げようとするのもいるが、動けないらしい。


 拘束はしていない。おそらく動きたくないと感じたのだろう。さらに魔力を追加すると、魔法陣は強く輝いた。かなりの量の悪霊の悲鳴が聞こえる。この平原に棲みついていたか。


 一気に浄化しマナへと変換して立ち昇る光。この光は、ボックス山脈では、すべての生あるモノの傷を治していく。


 ボックス山脈では、あらゆるモノに精霊の加護がある。だからこそ広域回復は、白魔導士の回復術を超えると、以前ラスクさんが言っていたっけ。



 光が収まってくると、僕の目の前には、大トカゲがいた。


「か、か、神の癒やしで、でで……」


 僕が覇王を使った個体らしい。


「キミ達が、僕を守ってくれたんだね。ありがとう」


「ひょひょひょっ、ひょぇぇ〜っ!」


 大トカゲは、ぺちゃりと寝転んだ。まさか失神してないよな?


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