558、ボックス山脈 〜金色の神矢
スキル『道化師』の変化を解除して、僕は、カラサギ亭の扉を開いた。
「わっ、ヴァンさん、こんな昼間から珍しいですね〜」
派手な化粧の店員さんが、小声でそんなことを言った。僕が、やけ酒か何かで立ち寄ったと思ったのかな。
「ちょっとね、ゼクト居るかな?」
「カウンター席で、なぜか紅茶を飲んでますよ。ぶつぶつ独り言を言ったりして気持ち悪いから、マスターが心配してます〜。何かあったんですかぁ?」
僕は、適当に笑顔を返して、ごまかしておく。今朝、ゼクトは、待ち合わせ時間を早める連絡をしてきたんだ。酒を飲んでないってことは、本気モードだな。
カウンター席に近寄っていくと、マスターが軽く手をあげて挨拶をしてくれた。カップを持ったゼクトが振り向いた。ふふっ、花柄のティーカップは、似合わないよね。
「遅いぜ、ヴァン。なんだ、まだ仕事中か?」
うん? あぁ、黒服だからか。
「終わったとこだよ。着替えようか?」
「いや、おまえは目立つからな。黒服でいいぜ」
目立つのはゼクトの方だと思うけど?
「ゼクト、今夜?」
「いや、夕方頃かな」
そう言うとゼクトは、ニヤッと悪戯っ子のような笑みを浮かべた。ゼクトが集めたがっている新しいハンターの神矢が降るのかな。いや、それだけなら、こんなに目を輝かせてないか。
「もしかして、金?」
「あぁ、しかもボックス山脈の王都専用地区付近に、重点投下の確率大だ」
それって、絶対にハンターの神矢が降るよな? 金の神矢なら、ハンター全種類が降る可能性もある。あの付近は、まだ荒らされたままらしいもんな。
「マジか! ずっとそれを待っていたんだ。すぐに出よう。いい場所がなくなる」
「ふっ、そのつもりだ」
僕達はグータッチをして、店を出た。そして店の裏手から、ゼクトが転移魔法を使い、ボックス山脈へと移動した。
◇◇◇
ボックス山脈は、あいにくの天気だった。冷たい雨に体力を奪われる。しかも、王都専用地区からは離れた場所だ。なぜ、ゼクトは、この場所を選んだんだ?
「ちょっと寒いな」
黒服だからか。僕は、スキル『道化師』の着せかえを使って、軽装に着替えた。それでも、この雨は辛い。割れない透明なゴム玉を出すか? いや、寒さは変わらないか。
「ヴァン、そこの洞穴はどうだ?」
「雨をしのげるなら、洞穴でも何でもいいけど。あっ、ちょ、ちょっと待った!」
「待たねぇぜ、クフフ」
「ちょ、スキルを使ってなくても、ヤバイってわかるんだけど……」
「楽しみ、の間違いだろ?」
ゼクトは、ニヤッと笑った。
「仕方ないな。でも、僕は戦力外だってこと、忘れてないよな?」
「そうだっけ? プハハ」
僕は、嬉々として洞穴に駆け込むゼクトの、少し後ろをついていった。ほんと、悪ガキそのものだよね。
案の定、一歩、足を踏み入れた瞬間、スキル『盗賊』の危機感知ベルが、頭の中に鳴り響いた。
「ゼクト、いるぞ!」
「マジ? 大物か?」
何を言ってんの? ゼクトは、サーチさえ使ってないのか?
キシャァァァッ〜
ダーンと、どこからか飛び出してきた巨大なトカゲ……。だが、コイツではない。
「ザコじゃねぇか」
「コイツじゃない、奥にいる」
「じゃあ、コイツはヴァンに任せた!」
「ええっ? 僕は戦力外だって言っただろ」
ゼクトは、ニッと笑って奥へと駆けていった。はぁ、もう、仕方ないな。完全に悪ガキの顔だ。国王様と似たところがあるんだよね。
キシャァァァ〜
大トカゲは、ゼクトにはザコでも、僕にとっては強敵だ。まともに戦って、無駄に体力を奪われたくはない。ここは、どれを使うかな?
マネコンブが支配している魔物なら、僕には襲いかかってこないよな。ということは、マネコンブが支配できない戦闘力があるのか。
キシャァァァッ!
げっ、考えてる余裕がなくなった。
僕は、スキル『魔獣使い』の通訳と従属、ついでに覇王を唱えた。ふわりと淡い光が、僕の身体から放たれた。
奴はその光を浴び、フリーズしている。あれ? 効きすぎたかな。コイツ、あんまり強くないのか?
「はわわわわわ」
「僕に何か用事か?」
「いえいえいえいえいえいえ〜、あ、あの、なぜここに降臨されたのでぇぇ?」
「雨宿りに立ち寄っただけだ」
「そ、そそ、それは大変でしたねぇぇ。この季節は、雨は止まないのですぅぅ」
「今夜までには止むぞ」
「はわわわわ、か、神のお告げぇぇ」
錯乱状態の大トカゲは、どこかへ走り去った。
覇王まで使う必要はなかったな。効きすぎたせいで、神格化されてしまったらしい。そういえばマネコンブも、最初はこんな感じだったっけ。
ドドーン!
洞穴が大きく揺れた。
ゼクトは、もう倒したのか。さすが、極級ハンターだな。だが、怪我をしたらしい。スキル『救命士』のヘルプベルが、僕の頭の中で派手に鳴っている。急ぎだな。
奥へと向かうと、彼はポーションを飲んで怪我と体力を回復しているところだった。だが、ヘルプベルは鳴り止まない。
「ゼクト、毒か?」
「あぁ、魔石持ちのドラゴンだったんだよ。単騎では厳しかったぜ」
「えっ? そんな奴を、なぜ倒せるんだよ」
だけど近くには、あるはずのドラゴンの屍はない。
「倒せてねぇよ。すぐに蘇生して逃げやがった。そんときに不意をつかれた。ヴァン、毒消し持ってるだろ?」
「魔石持ちの毒を消せる毒消し薬なんて、持ってないよ。作るから、ちょっと待って」
魔石持ちの毒か……しかも、蘇生まで使うってことは、ラフレアが生み出した新種のドラゴンか。あいにく、そんな特殊な超薬草は持っていない。だが確か、この付近に自生する木の実で、使えそうなものがあったはずだ。
「はわわわわわ〜、お、お食事を、あ、あの、お口に合うかは、あうあわわ〜」
僕が立ち上がると、突然、ドカドカと、大トカゲから貢ぎ物が届いた。へぇ、奴はワープを使うのか。
「ありがとう、助かる」
「はわわわわわ〜」
奴は奇声をあげながら、洞穴の外へと走り去った。
「ヴァン、またお友達が増えたのか? アハハ」
「友達じゃないよ。ちょっとスキルが、効きすぎただけだから」
「それでプレゼント攻撃か。フハハハ、いいじゃねぇか、美味そうな果物もある」
「まぁね。あぁ、この木の実が使えそうだな」
僕は、木の実と相性の良い薬草を魔法袋から取り出した。そして、スキル『薬師』の調合と改良を使って、ゼクトに効く毒消し薬を作った。
「はい、飲んで」
「おう、助かるぜ」
ゼクトは、うげぇ〜と派手に騒ぎながら、毒消し薬を飲み干した。いい歳をした伝説のハンターが、苦い薬が苦手だなんて、誰も信じないだろうな。
効果は、まぁまぁのようだ。頭の中で鳴っていたヘルプベルの音も消えた。
「ヴァン、不味かったぞ」
「良薬は口に苦しっていうだろ?」
「知らねぇな。それより、おまえのお友達が、洞穴の入り口で、キシャーキシャーと飛び跳ねているようだぜ?」
「雨が止んで、嬉しいんじゃないか」
奴は、神のお告げ通り、雨が止んだと騒いでいる。妙に懐かれても面倒だ。つきまとわれたら、神矢探しの邪魔になる。かわいそうだけど無視しておくか。
「予測より、だいぶ早かったな」
そう言いつつ、ゼクトは貢ぎ物の果物を食べている。口直しだろうか。甘い香りが広がっていく。
「まだ、厚い雲が覆っているようだけど、あと5分かな。食べるなら、急いでよ」
僕がそう言うと、ゼクトは、目を細めて、フッと笑った。
「何? 遠い目をして」
「あの頃は、あんなに素朴でかわいい坊やだったのに……いつのまにか、生意気な二重人格に育っちまったと思ってな。あれは何年前だっけ? 俺が二十八歳くらいだったか?」
「ゼクトと初めて会ってから、もうすぐ十年かな? ちょっ、二重人格ってひどくない?」
「アハハ、俺は正直なんだよ」
また、国王様みたいな悪ガキな顔をしてる。あっ、そうだ。
「ゼクト、昨夜、国王様と何か目配せしてたよね。あれは何?」
そう尋ねると、ゼクトの表情が一瞬、曇ったように見えた。何か、問題でもあったのかな。フロリスちゃんに任せると言いつつ、ゼクトと神矢集めに来たからか?
「おっと、そろそろだな。いくぜ、相棒!」
ちょ、ごまかした? 僕が返事をする前に、ゼクトは転移魔法を使った。
◇◇◇
次の瞬間、僕達は、晴れ渡る青空の下にいた。だけど、管楽器の音は、まだ聞こえないな。
「ゼクト、まだ時間がありそうだね」
「いや、もうすぐ神が矢を射るぜ」
「へ? 空には何も映ってないよ?」
「少し離れてるからな。だが、ハンターならこの付近のはずだ。なんせ、この付近は、ラフレアが生み出した厄介な魔物のたまり場だからな」
空を見上げると、無数の金色の光が見えた。本当に、金色の神矢だ! 美しい光は、広大な範囲に降り注いだ。
皆様、いつもありがとうございます♪
今回の話は、見覚えがあるような不思議な感じでしょうか((* ´艸`))プロローグに描いていたのは、前回の後半から今回の場面です♪懐かしく感じていただければ嬉しいです。
いよいよ物語は終盤ですが、最後までよろしくお願いします。(*´ω`*)
日曜日はお休み。
次回は、7月25日(月)に更新予定です。
よろしくお願いします。




