557、商業の街スピカ 〜フロリスちゃんの駄々っ子化
あぁ、何ということでしょう……。僕の夢に、そんな重大なことが絡んでしまうなんて。
フロリスちゃんも国王様も、もういつもの調子に戻っている。国王様は、神官のフリックさんの顔だな。いろいろとやらかして、信者さん達に叱られているときのような、悪戯っ子な表情をしている。
「じゃあ、ヴァン、絶対に極級ハンターになれよ? まだ、ハンターは4つしか集めてないんだろ?」
「フリック、集めるだけじゃダメよっ。5つ以上の超級ハンターが必要なの。その中には必ずレアハンターを含むこと。ヴァンは、レアハンターは、まだ上級よね?」
二人が同じような顔をして、僕に問いかけてくる。ふふっ、もう、今すぐ結婚してしまえよ。
「えーっと、超薬草研究者は、上級レベル7だったかと……」
「研究者? それは、ハンターじゃないだろ」
国王様がそう言うと、フロリスちゃんは彼の方をキッと睨んでいる。もうフロリスちゃんには、国王様の騎士服も王を示す赤いマントも見えていないようだ。
「超薬草研究者は、薬草ハンターの上位スキルよっ。当然、ハンターのひとつ。フリック、もっと勉強しなさいっ。いろいろな信者さんの悩みを聞くときに、逆に迷わせるようなことを言ってしまいそうだわっ」
「ふふん、そんなことはしないよ。わからないことは、全部フランに任せると決めている」
「ちょっ、フランちゃんにばっかり負担かけちゃダメって言ったよねっ」
「そうだっけ? 忘れたぞ。毎日言ってくれないと覚えていられないな」
「はぁ、また、そんなことばっかりっ」
いつもの二人の会話だけど、ここはドゥ教会ではない。アラン様がファシルド家の後継者に決まった祝いの場だ。
国王様も、大胆な人だけど……フロリスちゃんも大胆だよね。
フラン様に視線を移すと、聖女のような優しい笑みを浮かべていた。フラン様も、二人をずっと見守ってきたから、きっと言葉では言い表せないほど喜んでいると思う。
「あの、お二人はそんなに仲良しなんだから、もう今すぐ結婚しちゃえばどうですか?」
僕がそう呟くと、二人はパッとこちらを向いた。
「ヴァン、何を言っている? まさか、フロリスに任せていては、極級ハンターになれないと言っているのか? 失礼だろ」
はい? 国王様こそ、何を言ってるんですか?
「ヴァン、私だって、ちゃんと神矢を探してあげられるわっ」
「わ、わかってますよ。トレジャーハンターが極級まで上がったのは、フロリス様のおかげですから」
僕がそう言うと、フロリスちゃんは、ふんすと鼻息荒く、ふんぞり返っている。この仕草、チビドラゴンにそっくりなんだよな。
「僕が言いたいのは、僕に関係なく、お二人のタイミングで結婚すればいいと思ったんで……」
「やだっ! ヴァンは、私のことを信用してないよね?」
ちょ……フロリスちゃんのガキンチョ化の中でも最強の、駄々っ子化が始まった。
「えーっと、そんなことないですよ? 神矢ハンターとしての能力は信用しています」
「ヴァン、なんか変な言い方ねっ。私の何が信用できないのよっ」
国王様に助けを求める視線を送っても、ニヤニヤするばかりなんだよな。絶対に、フロリスちゃんの駄々っ子化を楽しんでる。
「えーっと……。そんなことより、アラン様のパーティですよ? たくさんの注目を浴びてますよ?」
僕がそう指摘すると、フロリスちゃんは、パッと顔を赤らめた。なるほど、彼女は大胆なわけではなく、周りが見えてなかっただけか。
「それがどうした?」
「ちょ、国王様……」
「は? 今の俺は、神官フリックだが?」
そう言ってニヤニヤする国王様……。ゼクトが言うように、腹黒だよな。何かの言葉を僕から引き出そうとしているらしい。その顔は……このキャラの戻し方がわからなくなってるのか?
パーティに来た人達も困惑している。だけど、僕も困惑している。フラン様の方に視線を移すと、彼女は片眉をあげた。任せておけば良さそうだな。
「じゃあ、フリックさん、ドゥ家当主として申し上げますわ」
フラン様が凛としたよく通る声でそう言うと、国王様は彼女の方を向き、軽く頭を下げた。
「フリックさん、ここはドゥ教会ではありませんし、貴方は神官服を着ていませんよ」
すると国王様は、ニヤリと笑った。やはりキッカケを探していたようだな。
「うっかりしていた。ふっ、国王の騎士服を着ていることを忘れていたよ」
国王様のまとう雰囲気が、ガラリと変わった。スキルだろうか? 威圧感が半端ない。
そして、彼はフロリスちゃんにニッと微笑んだ後、ファシルド家の旦那様の方を向いた。
「ティック・ファシルド殿、聞いての通りだ。フロリスは、ヴァンを極級ハンターに育て上げたら、私と結婚すると宣言した。婚約という形で認めてもらえるか?」
「は、はい、もちろんでございます。娘が国王様に、こんなにも偉そうに接していたとは……」
「それは構わぬ。私は身分を隠していた。それに、元奴隷の婆さんにも、私はよく叱られるからな」
国王様は冗談のつもりだろうけど、大丈夫だろうか? 元奴隷という言葉に、貴族達は大きく反応している。
「さようでございますか。そのような無礼な……」
「教会の中では、生まれた身分など関係ない。子は親を選ぶことはできないのだからな。知恵のある者が無い者に教える、それはごく自然なことであろう? 私も、ドゥ教会では多くを学んだ。いや、今も学びの途中だな」
国王様のこの言葉は、貴族の人達に、かなり刺さったようだ。貴族に生まれたことだけで、何の努力もせずに何不自由なく過ごしてきた人には、耳が痛いかもしれない。
そして同時に、そんな元奴隷に制裁することも禁じたということだ。そのために国王様は、学ぶという言葉を選ばれたのだと思う。
「ヴァンが極級ハンターになれなかったら、私はフロリスとは結婚できないな。次期当主のアランも、協力してくれ」
国王様は、本気か? アラン様もニヤニヤしながら、彼に軽く会釈をしている。
「フロリス、また教会でな」
国王様はそう言うと、クルリと後ろを向き、部屋から出て行く。ゼクトと、何か目配せをしているのを僕は見逃さなかった。何だろう?
部屋の外には、ララさんが待っていたようだ。国王様の護衛が彼女なら、安心だな。
「ヴァン! いつ、極級ハンターになれる? 俺にできることがあれば言ってくれ。薬師としての契約が妨げになっているか?」
ふふっ、旦那様は、必死だな。
「もうっ! お父様まで、私を信用してないのかしらっ。私が、ヴァンを極級ハンターに育ててあげるのよっ」
フロリスちゃんは、まだ、駄々っ子化が継続中だ。ふふっ、そっとしておこう。僕は、旦那様に任せて、静かにそばを離れた。
◇◇◇
「ヴァン! 待ってよ。ねぇ、ヴァンってば!」
パーティの後片付けが長引き、結局、その夜もフロリスちゃんの部屋の物置部屋に泊まることになった。まだ紛れ込んでいる暗殺者を、旦那様が心配したことも理由のひとつだ。
翌朝になってもまだ、フロリスちゃんの駄々っ子化は、継続していた。
「フロリス様、僕の仕事は終わりました。これにて失礼致します」
「終わってないの。ほら見て! 赤い矢よ。きっとワインよ」
屋敷の廊下を追いかけてくるフロリスちゃん。彼女はもう十五歳だ。こんな子供のような振る舞いは、人前では、改めていただかなければ。
「フロリス、ヴァンは昨夜までの契約だぞ。ヴァン、いつも悪いな。また頼む。あー、だが、極級ハンターになることを優先してくれていいからな」
「旦那様、ありがとうございます。では失礼致します」
「ちょっと、ヴァン、見てみてみて〜。あれぇ? 腐ってるワイン?」
僕は、彼女が手に持つ細長いボトルに目を移した。へぇ、赤い矢は、貴腐ワインだったのか。しかも、なかなかの逸品だ。
「なんと! 神矢の行商人から購入したが、腐ったワインなのか?」
旦那様は、相変わらずだ。神矢の【富】が、腐っているわけないじゃないか。
「フロリス様、それは貴腐ワインという甘美な香りの高級ワインです。リースリング村のぶどうから作られていますが、爽やかさはありません。蜜のように甘いワインです。フォアグラなどと合わせると、より引き立ちますよ」
「ヴァン、私、フォアグラは好きじゃないの。そんな難しい説明ではわからないわ。今夜、このワインを一緒に飲みながら教えてよぉ」
駄々っ子、全開だな……。
「またの機会に、わかりやすくご説明致します。僕はこれから別の予定がありますので、失礼致しますね」
「じゃあ、ランチでもいいわ。ねぇ、ヴァン」
そんな風に、上目遣いで駄々をこねられても困る。勘のいい彼女は、何かを察しているのかな。
「ヴァン、もし時間があるなら、昼食を食べていきなさい。フロリスも気に入っていることだし、薬師契約だけでなく、専属執事として雇ってもいいと考えているのだよ。そうすれば、ジョブの印の心配も無くなるだろう?」
「旦那様、ありがたいお申し出ですが、私のような者に名家の専属執事は荷が重いです。今日は申し訳ないのですが、これで失礼致します」
「あぁ、そうか」
屋敷の中庭で、僕はスキル『道化師』の変化を使った。
「あ〜、もう、ヴァンってば〜。また、鳥に変身しちゃったぁ」
挨拶代わりに、彼らの上をゆっくりと旋回した後、僕は、街の繁華街へと向かった。




