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555/574

555、商業の街スピカ 〜予定にない客人

「おおっ! これは何と!」


 テイスティングをした赤ワインの贈り主は、目を見開いた。


「素晴らしい逸品ですね。お祝いの品にふさわしい」


 僕がそう補足をすると、彼は満足げに頷いた。


「他の貴族の屋敷で飲んだときとは、全く違う。ここまで感動するようなワインではなかった。コルクが混ざったからか?」


 ワインの味はわかる人なのに、何を言ってるんだ? コルクが混ざって味が美味しくなるわけはないのにな。全く同じワインを持って行ったのだろうか? 


 ワインの原料となるぶどうは、毎年その出来が異なる。だからワインも、同じ生産者によって作られても、年によって全く異なる物になるから面白い。


「このような年代物のフルボディの赤ワインは、デキャンタする方が香りが際立つのですよ。持ち運ぶと赤ワインは疲れてしまうので、少し休ませてから飲む方が、より本領を発揮します」


「は? ワインが疲れるのか?」


「ええ、ワインはデリケートなのです。温度変化や湿度変化にも弱いですし、振動にも弱いのです。一緒に飲もうとして持参されるなら、もっと安価なワインを選ばれるべきです。長期熟成を予定しないワインなら問題ありません」


 僕は、あえてこのワインが高価な物だとわかる言い方をしておいた。すると彼は、口角を僅かに上げた。


「ファシルド家の後継者指名の祝いに、安価な物を持ってくるわけにはいかないだろう?」


「それでしたら、前日に届けさせるという手もありますよ」


「そんなことをして、毒でも入れられたらどうする?」


 やはり、この人は疑心暗鬼になっているんだな。プライドが高く、こんな言動ばかりだから、命を狙われることも少なくないのかもしれない。




「賑やかだね、何かあった?」


 アラン様が、いつの間にか近寄ってきていた。あぁ、ゼクトが呼んだのかもしれない。そしてアラン様は、王族の血を引くという貴族に、丁寧に頭を下げている。


 すると彼は慌てて、媚びた笑みを浮かべた。王族の血を引くというプライドはどうしたんだ? しかも、オドオドしてるんだよな。


「アラン様、こちらのお客様からの贈り物です。カベルネ村のぶどうを使った年代物の赤ワインですよ」


 僕はそう言って、デキャンタからワイングラスに赤ワインを注ぎ、アラン様に手渡した。


「年代物かぁ。ありがとうございます。かなり渋いのかな?」


 あれ? アラン様も赤ワインは苦手だっけ? フロリスちゃんは赤ワインは渋いから嫌いとか言ってたけど。


「かなりしっかりとしたフルボディですよ。そちらのカナッペと合わせて、どうぞ」


 ちょうど黒服が、僕が作った簡単なパーティ料理を運んできた。


「合わせてって、同時に食べるってこと?」


「まずは、赤ワインを一口飲んでみてください。その後に、それを食べてからもう一度、飲んでみてください」


 僕がそう説明すると、アラン様は素直に従ってくれた。一口めの赤ワインは、やはり渋いと感じたようだ。そして、濃いチーズの乗ったカナッペを食べる。すると僅かに首を傾げた。さらに赤ワインを一口飲んで、アラン様は目を見開いている。


「うぉっ! すごいな、この赤ワインは! 初めて赤ワインを上手いと感じた」


 アラン様がそう叫んだことで、贈り主は、さらにモジモジしているようだ。照れている、ということかな。アラン様と目が合うと、彼は口を開く。


「ファシルド家の次期当主、おめでとうございます」


「あぁ、ありがとうございます。しかも、こんなすごい【富】をいただいて、どう言い表せばいいのか……。ありがとうございます、ジェネル様」


 ジェネル様と呼ばれて、彼は満足げに頷いている。


 あっ、そうか。王族の血を引く人は、正式な長い名前にはジェネルが入るんだよな。お婆さんがジェネルの血を引くと言っていた彼も……。それをアラン様は知っていたんだ。


 有力貴族の人は、王族に生まれた人でも、ジェネルという名前は使わない。ララさんも、使ってないもんな。だけど、その名前にすがりたい貴族は、少なくないのかもしれない。




「ヴァン、私も食べたいよ〜」


 いつの間にかカウンター内に入り込んでいたお嬢様……。その背後には、赤、緑、青の髪色の子たちがいる。


 パーティ用の淡い黄色のドレスに着替えたフロリスちゃんは、さっきの国王様の求婚を忘れたかのように、元気いっぱいなガキンチョ化している。


 いや、あの求婚があったから、チビっ子達に混ざって、紛らわそうとしているのかもしれないな。


「飲みたいじゃなくて、食べたいですか? ここは飲み物のカウンターですよ」


「赤ワインは、渋いんだもの」


 フロリスちゃんは、全身で拒否を表現しているのか、手で大きなバツを作っている。ふふっ、面白い。



「フロリス、彼から頂いた赤ワインは、すごいぞ。飲んでみるか?」


 アラン様が自分のグラスを彼女の口元に持っていく。フロリスちゃんは、スンスンと匂いを嗅いでいるようだけど、手はバツのままだな。


「とっても香りが強いのね。とっても渋いぞって、言ってるわ」


「へぇ、フロリスは、ワインと話せるのか?」


 アラン様は、贈り主の彼と顔を見合わせ、わざと困った表情を作っている。だけど、たぶん楽しんでるよね。


「話せるというより、威圧感を感じるもの」


「へぇ、赤ワインがフロリスを威圧するのか?」


「そうよ。渋いぞって、まるで、いじめっ子よね〜」


 いやいや、お嬢様……。あっ、でも、もしかすると、神矢ハンターの彼女には、ワインを構成するぶどうの妖精の何かを感じる力があるのかもしれないな。


 フロリスちゃんが好むのは、リースリング村のぶどうから作られた甘い白ワインだ。同じ白ワインでも、シャルドネ村のぶどうから作られた辛口白ワインは飲まない。


 リースリングの妖精は、いたずら好きでキャッキャと明るい少女の姿をしている。一方で、シャルドネの妖精は、気高く凛とした上品な大人の女性の姿だ。


 ガキンチョ化している彼女には、明るくて元気なリースリングの妖精が合うのかもしれないな。



「フロリス様、カナッペなら、あちらのテーブルに置かれましたよ?」


「そうね、でも人が多いから、チビちゃとはぐれちゃうわ」


 チビちゃもマネコンブも、フロリスちゃんの護衛を任せているから、離れないはずだけどな。テンウッドは気まぐれだけど、フロリスちゃんの新しいドレスにロックオンしているから、たぶん離れないと思う。そのうち、もらえると思っているような顔をしている。



「じゃあ、取ってきますね。ここに居てください」


「ヴァン、私が厨房に行ってもいいんだけど」


 フロリスちゃんは、人目を気にしているみたいだな。ただでさえ、神矢ハンターの彼女には、人が集まってくる。だけど、国王様の求婚があったから、何か話しかけられるのを恐れているみたいだ。



 アラン様も、それは、わかっているみたいだな。僕に、何かを言いかけて……彼は、口をあんぐりと開けたまま固まっている。


 彼の視線の先には……パーティ用のドレスに着替えたフラン様が立っていた。腕には、娘のルージュを抱いている。ルージュは、もう3歳だから、普通に走り回れる。だから抱いているんだな。


「あっ、フラン様と娘が来ちゃいましたね」


 そう言っている間に、もう青い髪の少女は、彼女の元へと移動していた。フラン様ではなく、ルージュの元へ。ほんと、テンウッドは、ルージュが大好きだよな。そして、クルクルと回って、ドレスを見せているようだ。



 だけど、なぜアラン様はそんなに口を開け……あっ! ええっ?


 会場内が、一気に大騒ぎになった。僕のいる場所からは、ちょうど見えなかった人影が、こちらへとゆっくり歩いてくる。


 アラン様の元に? いや、彼の視線の先には……。


 ファシルド家の旦那様も、その人影に気づき、慌ててこちらへと移動してきた。


 その人影は、ある人物だけに許される白銀の騎士服を着て、赤いマントを揺らしながら歩いてくる。



「ティック・ファシルド殿、後継者が無事に決まって何よりだ。アランは、私の近衛兵でもある。祝いの品を持参した」


 そう言うと彼は、旦那様に魔法袋を渡した。何が入っているのか気になるが、それより何より、なぜ、その姿で?


「あ、ありがとうございます。あ、あの……」


 旦那様は、キョトンとしているフロリスちゃんを気にしつつ、言葉が出てこないらしい。


「フロリスには、ちゃんと名乗ってなかったな。私は、フリック・ジェネル。俗にいうジェネル28世だ。一人目の妻は前国王が決めた。だが二人目の妻は、私が惚れた女と、心に決めている。再び、言う。私と結婚してくれ、フロリス」



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