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553、商業の街スピカ 〜式のあと

「はい? いま、何て言ったの……」


 フロリスちゃんの驚く声が聞こえた。彼女達は僕からは少し離れた場所にいる。それほど、この場がシーンとしているんだ。


「フロリス、私と結婚してくれ!」


 国王様は、今度は拡声の魔道具を使わずに叫んだ。彼の素性をフロリスちゃんは知っているんだっけ? いや、知らないはずだ。国王様は、ずっと、ひた隠しにしていた。


 フロリスちゃんの顔は、みるみるうちに赤くなっていく。


「アラン兄様の後継者指名の式よ! フリック、場をわきまえなさい!」


 あっ、フロリスちゃんのこの言葉から、彼の素性を知らないことが確定したな。


「式は終わったじゃないか」


「そうだけど……お父様もアラン兄様も、驚いているじゃない! フリック、いつもバカなことばかり……」


 フロリスちゃんは、言葉が続かないようだ。こんな場所で、プロポーズなんて、ムードも何もないよな。ただ、国王様は、わざと貴族が集まる場所を狙ったのかもしれない。


「バカでいいから、結婚してくれ!」


「私は、ファシルド家の役に立たなきゃいけないの! アラン兄様を助けるんだから! そんなのお父様がお許しになるはずが……」


「ファシルド家の次期当主には、許可はもらったぞ!」


 そりゃ、アラン様は、国王様の配下だもんね。嫌だとは言えない。それどころか、両手もろてをあげて大歓迎だろう。


「でも……」


 フロリスちゃんは、15歳だ。まだ、結婚なんて考えてなかっただろうな。最近は、ガキンチョ化してるし……。無自覚なのだろうけど、失った幼児期をやり直していることは、彼女の成長には必要なことなのだと感じる。



「おい、フリック! こんな色気も何もない求婚なんて、ありえねーぞ。おまえ、本物のバカだな! おい、フラン、そのバカを壇上から引きずり下ろせ」


 ゼクトは、フロリスちゃんの戸惑いを察知して、そう怒鳴った。すると、国王様は悪戯っ子のような顔をして、壇上からおりた。フラン様も、驚きで呆然としてるんだよな。


 まったく、国王様は……。



 ◇◇◇



「突然、何だったんだ? ドゥ教会の神官が、フロリス様に求婚するだなんて、なんたる身分違い! 無礼極まりない!」


「あの神官、どこかで見た顔でしたわね。ですが、ドゥ教会の神官は、皆、元奴隷だったのではないかしら?」


「家を追放された下級貴族の子息も、紛れているかもしれないな。だとしても、何て世間知らずな男だ。フラン様の顔を泥を塗ったに等しい愚行だ」



 アラン様の後継者指名式が終わると、壇上付近にいた人達は、フラン様の転移魔法で旦那様の部屋へと戻ったようだ。そして客人達は、いろいろと騒ぎながらも、屋敷内の大広間へ移動した。



 僕は、アラン様達が消えた後、ゼクトの転移魔法でその場を離れた。暗殺者ピオンは、ここまでだ。魔道具メガネを外すと、ゼクトが楽しそうに、ふーっと息を吐いた。


「やべぇな、楽しすぎるぜ。めちゃくちゃ派手だったな、おまえ」


「うん、僕とは程遠い感じにしたみたい。ブラビィもデュラハンも、ノリノリだったよ」


「ククッ、ここまで見事な撃退劇は、初めてだぜ。ファシルド家は、これで潰される危険はなくなった。当主交代時が一番ヤバいんだけどな。新当主が、暗殺者ピオンを従えているとわかって、潰しにくる貴族はいないぜ」


「以前、旦那様が、絶対的な強者には従うかもしれないと言っていたことがあるんだ」


「ふぅん、まぁ、こんな風に誇示しなくても、アランと親しいヴァンが絶対的な強者だって知られてるぜ?」


 ゼクトは、わかっていて、そんなことを言う。僕じゃなくて、アラン様が強者だと思わせるように印象付けたいのにな。暗殺者ピオンは、表には出てこない。裏の人間だ。



「ゼクトが守っているのも、効いたんじゃない? 伝説の極級ハンターに護衛させるなんてさ」


「まぁな。半分は、俺のおかげだぜ。俺も派手なことをしてみたかったんだ。しかし、クソガキの世話は、いつになれば解放されるんだろうな」


 ゼクトが言っているクソガキは、国王様のことだ。アラン様が新当主としての地位を確立することで、国王様がより安全になるもんな。


「ゼクトは、まだまだ教育係だね」


「あぁ、ったく。おまえやアランと同い年だなんて、信じられねーぜ。腹黒なクソガキの世話なんて、やってられねーだろ」


 そう言いつつ、ゼクトは楽しそうだ。



「でもさ、とうとう言ったね」


「あぁ? あのバカ、フロリスの気持ちなんか考えてねぇだろ」


「だけど、すごい勇気だと思うよ。フロリス様は、身分を知らないんだもんな。知ったら、関係が崩れるかもしれないけど」


「ふん、振られればいいんだよ」


 国王様は、それが怖いのかもしれないな。フロリスちゃんを妻にしたければ、ファシルド家を通せばいいだけだ。あんな求婚なんて、する必要もない。だけどすぐに引き下がったよな。諦めた、のか?



「ゼクトも、パーティに出る? 僕は仕事だけど」


「俺も、警備の仕事は、パーティ終了までだ。フロリスを守ってやるべきかと思っていたが、あれだけいれば、誰も近寄れないな」


「うん、テンちゃは気まぐれだから期待はできないけど、チビちゃとマネコンブは大丈夫だ。それに、あのジョブ『暗殺者』の子もね」


「ふぅん、まぁ、フロリスの今後を考えれば、確かに使用人にジョブ『暗殺者』がいる方が、いいか」


 ゼクトは、フロリスちゃんが国王様に嫁ぐことは決定事項みたいなことを言ってる。ふふっ、振られたらいいとか言ってたくせに、素直じゃないんだよな。



 ◇◇◇



 厨房へと入っていくと、料理人ベンさんが、僕を見つけて安心したような笑顔を見せた。


「ヴァン、遅いぜ。冷やすワインは、どれだ?」


 ベンさんが僕の名前を呼んだ瞬間、厨房内の空気が凍りついた。だけど、僕の姿を見て、ホッと息を吐いている。


「び、びっくりした。薬師のヴァンさんか……」


 あー、そういえば、ベンさん以外には、ずっとピオンの姿しか見せてなかったっけ。


「僕は、ジョブ『ソムリエ』のヴァンですよ?」


 わざと、キョトンとした表情を作っておく。すると、僕が何も知らないと思ったのか、暗殺者ピオンの話になった。僕が予想していたほど怖がられているわけではなさそうだ。


 ただ、これまで、あまり知られていなかった暗殺者ピオンの能力については、料理人達はみんな興奮して話していた。高位の黒魔導士のスキル持ちだとも言っている。


 完全に僕とは別人認定されているのが面白すぎて、冷やすべきワインの選別を間違えそうだ。



「全然、足りないんだ。何とかしてくれ」


 パーティ会場に料理を運んで戻ってきた黒服が、焦った表情で訴えてきた。


「は? きっちり、予定人数分を間に合わせたぜ? 誰かが料理を落っことしたのか!」


 料理長が、半分キレてる。忙しいと、彼は本当に恐い。


「違うんだ! 皿も足りない。予定していた200人を大きく超えている。椅子も足りないから、急遽、椅子は壁沿いに並べて、立食形式に変えた」


「ほう、アラン様のパーティにか? 暗殺者が紛れ込んでるんじゃねぇのか?」


 えっ……。ちょ、フロリスちゃんもパーティに出てるよな?


「いや、それは無い。アラン様を敵視していた奥様方でさえ、まるで人格が変わったかのように愛想を振り撒いている。どこに暗殺者ピオンがいるかわからないという声も聞こえていたぞ」


 ふぅん、姿を消したことが、やはり効いたんだな。


 暗殺者は裏の人間だから、何かを狙っているときには人前には出ない。姿が見えないけど暗殺者ピオンは、今もアラン様を守っていると、誰もが信じて疑わない。


 それに、ゼクトもいるだろう。安全だと確信できたから、多くの客人が来ているのかもしれない。



「じゃあ、僕も、調理補助しますよ」


 僕がそう声をかけると、料理人達が同じようなことを言う。


「補助じゃなく、作ってくださいよ」


「ヴァンさん、パーティ料理も普通に作れるでしょう?」


 魔道具メガネが無いと、これだ。暗殺者ピオンの料理下手くそ伝説を思い出すと、なんだか可笑しくなってくる。


「はい、わかりました。料理人のスキルはないから、簡単な物しかできませんよ」


「手早く大量にできる物を頼む。黒服! 食料庫から適当に、手当たり次第持って来い!」


 料理長がテンパって怒鳴りまくる中、僕はワインに合いそうな簡単な料理を作っていった。



「ヴァン、すぐに会場へ来てくれ。贈り物の高級ワインで大混乱中だ。コルクを途中で折ったから殺すとか……」


 顔見知りの黒服が、真っ青な顔で駆け込んできた。



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