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550、商業の街スピカ 〜紛れ込む暗殺者

 翌朝、僕は、懐かしい部屋で目覚めた。フロリスちゃんの世話をしていた時に使っていた物置小屋だ。


 青い髪の少女は、フロリスちゃんのベッドに入り込んで、一緒に寝たようだ。とは言ってもテンウッドは眠らない。ぷぅちゃんへの対抗心で、彼女のそばを離れなかったのかな。



 僕は、魔道具メガネをかけ、フロリスちゃんの部屋のリビングへと移動した。そこには、天兎のぷぅちゃんが獣人の子供の姿で、イライラオーラを纏って、突っ立っていた。


 なぜ立っているのか尋ねようとして……その理由がわかった。ぷぅちゃんがよく座っているソファでは、赤い髪のチビっ子がスヤスヤと眠っていたのだ。役割を終えて、戻ってきたんだな。


 そして、テーブル席では、天兎のみるるんが、いつものようにメイド服を着て、フロリスちゃんの朝食の用意をしているようだ。とは言っても、食器を並べただけで、何かを考えているみたいなんだよな。


 緑色の髪のチビっ子は、他のメイド達に囲まれている。マネコンブは、チビちゃに擬態したままだから、3歳児に見える。恥ずかしそうにしているチビっ子に、メイド達は完全に魅了されているようだ。


 食事の間は、パーティの準備で閉鎖しているのかもしれないな。扉の近くには、数人分の朝食を乗せたワゴンが置かれていた。



「おまえ、いい身分だな!」


 ぷぅちゃんの怒りが僕に向いた。ふふっ、フロリスちゃんが起きてくるまでは、不機嫌は直らないだろうな。


「ぷぅちゃん、おはよう」


「おまえに、ぷぅちゃんと呼ぶ許可は与えてないぞ」


 また、これだよ。ふふっ、面白い。魔道具メガネは、そんなぷぅちゃんに敵意がないことを教えてくれる。


「じゃあ、ぷぅ太郎ね」


「おい!! おまえなー!」


 これは、少し嫌悪感を感じているみたいだ。へぇ、ふふっ。これからは、ぷぅ太郎って呼ぼう。



「ぷぅちゃん、それより、わかってるよね? 今日は、しっかり守らないとダメだよ」


「んなもん、わかってる。昨夜は、おまえが居たから、ここに侵入しようとする者も諦めていた。みんな、ピオンが警護してるって言ってたぞ。なのに、おまえは、すぴすぴと……いい身分だよな!」


 なるほど。ぷぅちゃんは、ずっと夜通し暗殺者を警戒していたのか。テンウッドがフロリスちゃんと一緒に寝てるんだから、何の心配もいらないのに。


「ぷぅちゃんが、夜間、守ってくれてたんだね。ありがとう」


「ふんっ! いい身分だよな!」


 あっ、照れた? ふふっ、面白い。




「ふわぁぁ、もう、ぷぅちゃん、朝からうるさいよ!」


 フロリスちゃんが起きてきた。開口一番に叱られて、ぷぅちゃんは、この世の終わりかのような顔をしている。あはは、面白すぎる。



「フロリス様、おはようございます。朝食は、部屋でということです」


 みるるんがそう言うと、フロリスちゃんはワゴンにチラッと視線を向けた。そして、僕の方を振り返ってニコニコしている。何を言いたいのか、まるわかりだ。


「ヴァン、朝食はあれでは足りないと思うよ」


「そうですね。では、ミニキッチンをお借りしてもよろしいですか?」


「よろしいですのよ。うふふ、私、野菜たっぷりのキッシュが食べたいわ。あっ、ふわふわオムライスでもいいかも」


「かしこまりました。適当に作ってみます」


「うふふ、あっ、チビちゃもいるから、デザートにパンケーキもね?」


 そう言うとフロリスちゃんは、浴室へと消えていった。昨日もパンケーキを食べたじゃないか。まぁ、いっか。



 僕は、魔法袋からいろいろと食材を取り出し、ミニキッチンで、適当に朝食を作り始めた。ワゴンに何が乗っているかはわからないけど、僕が作ったものの方が、安心してくれるだろう。


 みるるんが、ワゴンから料理をテーブルに移さないことからも、何か違和感を感じているのだと思う。アラン様の後継者指名の式に乗じて、フロリスちゃん狙いの暗殺者も紛れ込んでいるはずだ。


 僕が次々と朝食を作っていくと、見慣れないメイドが手伝いを申し出てくれた。昨日は居なかったよな。魔道具メガネは、彼女が怯えていることを教えてくれる。



「みるるん、ちょっと、これを運んでくれる? キミは、そっちの野菜を洗ってくれるかな?」


「は、はい」


 みるるんは、朝食をテーブルへと運んでいく。手伝いを申し出たメイドを牽制するように見てるんだよな。やはり、このメイドも暗殺者か。こんな中に入ってくるなんて、よほど自信があるのか、もしくは経験の浅い新人か。



「キミは、見慣れない顔だね。フロリス様の部屋の手伝い?」


「は、はい。朝食が、あの、部屋食になったので……」


「そっか。報酬に惹かれてこの仕事を受けたのかな?」


 僕は話しながらも、せっせと朝食を作っていく。一方で、サラダ用の野菜を洗っていたメイドの手が止まった。やはり、怯えている。


「あ、あの……」


「キミは、僕が何者かを知らないんだね。だから、この部屋に来れた」


「えっ? まさか、同業……あ、いや、あの……」


「そうだね。僕は、アラン様の後継者指名のパーティまでの派遣執事として雇われている。キミも、同じくパーティの手伝いまででしょう?」


「は、はい」


「じゃあ、同業だね」


 僕はそう言って、彼女の手から、野菜を取り上げた。すると、彼女の袖口にキラッと光る何かが見えた。やはり、毒を仕込むつもりだったらしい。


「あっ、野菜は、私が」


「ふふっ、袖口が濡れてるよ? キミはもっと賢くならなきゃいけない。高い報酬は、命と引き換えになるものが多いんだよ。出来高報酬制になっているものは、特に命の危険が高い。裏のことを知らない子を捨て駒にしようと考える人も多いんだ」


 僕がそこまで話すと、彼女は袖口をつかみ、表情を変えた。死を覚悟したということか。


「キミに教えておく。今、キミはまだ何も仕事をしていない。今のキミは、ただのメイドだ。だけど、今、キミが考えている手段は、どれを実行しても失敗するよ」


「そ、それって、私をバカにして」


 彼女の目に一瞬、殺意の色が見えた。だけど、僕が視線を向けるとその殺意は怯えに変わる。


「この部屋には、どんなにチカラのある暗殺者も入って来ない。その理由がわかるかな?」


「えっ……」


「この部屋の主人には、2体の天兎が仕えている。そして、この部屋の主人は友達を招いている。さらに、僕がいる。この状況では、暗殺貴族レーモンド家でも、無理だと思うよ」


 そこまで話すと、彼女は僕から数歩離れた。何かのサーチを使っているらしい。


「貴方は、誰? それに派手な髪の女の子達は……人間じゃない?」


「相手のサーチができないなら、絶対に勝てない。もっと賢くなりなさい。どんなジョブを与えられていても、死に急ぐことはないよ」


 そう言って、彼女にやわらかな笑顔を向けた。すると、彼女はパッと頬を赤く染めた。魔道具メガネを使ってイケメンに姿を変えていると……ちょっと微笑むだけで、こうなるんだよな。


 イケメンって、ズルいと思う。



「さて、サラダも完成した。これをテーブルに運んでくれるかな?」


 僕は、彼女に大きなサラダ皿を渡した。


「は、はい。かしこまりました」


 袖口に隠し持っていた小瓶は、もう消えている。彼女は、メイドとして、サラダをテーブルへと運んでいった。




「ヴァン、パンケーキは?」


 シャワーを終えたフロリスちゃんがそう叫ぶと、赤い髪のチビっ子が目を覚ました。


「朝食が終わる頃に、焼きますね。温かい方がいいでしょう?」


「まぁ、そうね。温かいとクリームが溶けちゃうけど」


「フロリス様、クリームは別にしておきます」


「そう、それならいいわ! いただきましょう」



 賑やかな朝食が始まった。テンウッドは、ぷぅちゃんが食べようとしたものをわざと奪って食べているようだ。


「おまえ! その性格、なんとかしろよ!」


「ふふん、ぷぅ太郎がドジっ子なのよ」


「なんだと! おまえは、こんな飯は食わないだろ!」


「そんなことないよ〜。食べるもーん」


 ぷぅちゃんに挑発的な笑みを見せる青い髪の少女。赤い髪のチビっ子は、騒ぎを全く気にせず笑顔で、あれこれと手を伸ばして食べている。緑色の髪のチビっ子は、ハラハラしていて落ち着かない。



「おまえは、何も食わなくていいだろ! どうして、オレのばかり狙うんだよ!!


「もうっ、ぷぅちゃん、朝から騒がないの!」


 またフロリスちゃんに叱られ……ぷぅちゃんは、この世の終わりのような顔で固まっていた。



「さぁ、そろそろ準備をしてください。アラン様の後継者指名の式が、始まりますよ」



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