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546、商業の街スピカ 〜魔道具メガネで牽制

「俺もピオンで通してるが、今回は表の仕事だから、リオンだ」


 ワイン保管庫で、自分の自己紹介をする男。料理に毒が仕込まれないかを見張るミッションで来ているようだ。


「毒を制するには毒を使う、ということを学ばれているようですね、この屋敷の旦那様は」


 僕は、そう言って、ふわっと柔らかな笑みを浮かべておく。僕は今、魔道具メガネを使って姿が変わっている。このベーレン家の血筋に見えるイケメンは、上品な笑みを浮かべておく方が怖いらしい。


「油断のない微笑み、やはり本物の暗殺者ピオンは、威圧感が半端ないな。味方だとわかっていても背筋が凍るぜ」


 また、この反応だ。暗殺者は、こう言うんだよな。


 たぶん、クリスティさんの魔道具メガネが、完全な認識阻害効果を発揮しているためだろう。相手の情報が全く調べられないのは、サーチ能力に長けた暗殺者には、とんでもなく格上だと思わせるようだ。


 だから、この姿で屋敷内をウロウロしていれば、暗殺者の数は減るはずだ。そう思って、この魔道具メガネを使っているけど……実際に暗殺者たちが諦めて仕事を放棄してくれるかは、わからない。


 まぁ、これで侵入者を牽制できれば、助かるかな。




 ワイン保管庫から出て厨房に戻ると、料理人ベンさんは、厨房の外へ出ていた。黒服と何か話している。あれ? あの黒服は、確か……。


「は? くっそ忙しい日に、追加だと? ふざけんなよ」


「ですが、フロリス様は、お友達を3人招かれていまして……もちろん、お部屋へは、私が運びますから」


 やはり、フロリスちゃんの専属の黒服か。あの子達の分の夕食の依頼らしい。しかも、部屋へ運べというから、ベンさんがキレたのか。


 たぶんフロリスちゃんは、あの3人が人目に触れないようにしたいのだろう。アラン様へのサプライズが台無しになるからな。


 そうか、夕食後には、あの子達が厨房にやってくる。こんなに厳戒態勢だとは予想してなかった。大丈夫かな?



「ベンさん、僕が手伝いますよ。ワインの保管庫は贈り物だらけなので、補充の必要は無さそうですから」


 そう声をかけると、ベンさんは不機嫌そうな顔のまま振り向いた。


「あん? おまえ、料理なんかできるのかよ?」


 あれ? あぁ、そうか。ベンさんは、見知らぬヴァンだということにしてくれているのか。


「大丈夫ですよ、たぶん」


「ちょ、その人!」


 黒服は、僕を指差して驚きの表情だ。この黒服は、裏の仕事はしていないはずだけどな。


「あぁ? 明日のパーティ用の派遣執事だが、知り合いか?」


 ベンさんがそう紹介してくれると、黒服は小声で何か囁いている。


『おまえの料理下手くそ伝説を知っているらしいぞ』


 ブラビィが失礼なことを言ってきた。何、それ?


『コイツは、王都にあるベーレン家の無料宿泊所のことを知ってる。ベーレン家の教会に通う信者らしいからな。おまえが、神獣ヤークの子孫だとよ』


 あー、思い出した。この魔道具メガネをもらって、クリスティさんと一緒に王都に滞在していたときのことか。あの時は、奴隷の子供達にご飯を食べさせるために、わざと調理を失敗して、失敗作を量産したんだっけ。


 懐かしいな。管理人をしていたバーバラさんを、まさか従属化することになるなんて、思ってなかったよな。



「おい、ヴァン、ちゃんと食材を扱えるのだろうな?」


 ベンさんは、無表情を作って、そんな確認をしてくる。だけど、目は笑ってるんだよね。ふふ、少しは緊張がやわらいだのか。笑う余裕ができて、何よりだ。


「下処理くらいなら問題ありませんよ。料理人のスキルはないので、さすがに鍋には触れません」


 僕がそう言うと、フロリスちゃんの専属の黒服は、明らかにホッとしている。いったい、どんな噂になっているんだ?




「ちょっと、アナタ! スープはまだかしら?」


 まだ夕食には早い時間なのに、いつの間にか着席していた若い奥様から、抗議の声だ。小さな子供が二人いる。


「奥様、まだ、今は、お茶の時間ですが」


 ベンさんがそう答えても、奥様は聞き入れる気はないらしい。料理人さんは、大変だな。


「この子達は、お腹が空いているの。早くしなさい!」


 若い奥様についてきた黒服が、駆け寄ってきた。彼も気の毒だな。あっ、魔道具メガネは、彼を警戒色に染めている。そして、僕の顔を見て、彼は少し挙動がおかしくなった。


 侵入者らしいな。リオンさんも、僕に軽く合図をしてきた。サーチしている気配はないけど、彼にもわかるのか。



 僕は、ベンさんに目配せをして、若い奥様へと近寄っていく。


「貴方、何よ! 黒服のくせに、文句でもあるのかしら」


「いえ、奥様、初めてお目にかかります。ヴァンと申します。臨時の派遣執事で参りました」


 僕はそう言うと、奥様の目をジッと見て、フワッと微笑みを浮かべた。


「な、何、そう。まさか、私に名前を聞いているのかしら。黒服の分際で、なんて失礼なの!」


 そう言いつつ、奥様の顔はみるみるうちに赤く染まっていく。やはり、この顔に見つめられたら、こうなるんだよな。イケメンって、ズルイと思う。魔道具メガネ無しの僕が同じことをしても、睨まれるだけだ。


「貴女のような若くて可愛らしい奥様もいらっしゃるのですね。僕は、今日明日だけなんだけど、また来ようかな」


「へ、へぇ。そう」


 奥様は、もう言葉が出てこないらしい。さっきまでの勢いは消え、乙女のようにもじもじしている。はぁ、イケメンってズルイよな。


「奥様、坊ちゃんとお嬢様の分のスープは、まだ出来てないようです。お菓子代わりに、これを食べさせてあげてください。たぶん20分ほどで、ご用意できると思いますよ」


 僕は、魔法袋から、正方形のゼリー状ポーションを取り出し、皿に5〜6個放り込んだ。


「あら、これは薬師のヴァンさんのポーション?」


「ええ、空腹のときには、僕もお菓子代わりに食べるんですよ。奥様も、よかったらどうぞ」


「そう、わかったわ。料理人に、早くするように言ってちょうだい」


「はい、かしこまりました」


 丁寧に頭を下げ、そしてもう一度、奥様の目をジッと見てから微笑む。たったこれだけのことなのに、奥様は、たぶん完全に、この架空の男に恋心を抱いている。イケメンってズルすぎると思う。



 厨房へ戻ると、ベンさんが僕に魔道具を見せた。


「ヴァン、おまえは、目立つ場所に居ろ。その方が、なんだか穏やかになる」


 確かに厨房の中にいるよりも、その方がいいか。


「では、食事の間の席の案内係でもしてきます。お子様用のスープを急ぐようにとおっしゃっていましたよ」


「あぁ、聞こえていた。ホール係で頼む」


 ベンさんは、そう言うと僕にテーブル用の布巾を渡した。


 あぁ、リオンさんが、僕の素性を……暗殺者ピオンだとバラしたらしい。本当の素性は、ベンさんしか知らないことだけどね。


 厨房の中にいた他の料理人が、僕を怖がっているのを魔道具メガネは教えてくれた。この状態なら、確かに厨房内には、僕がいない方が良さそうだ。




 僕は、食事の間に来る奥様方に、妖しい微笑みを向けながら、案内係をしていく。見たことのない黒服の何人かが、僕と目が合うと震え上がっていた。


 厨房内にいるリオンさんが言っていたように、暗殺者から守るために、この屋敷では暗殺者を雇っている。黒服の暗殺者は、僕のこの顔を知っている。その上で、自分の敵か味方かを見極めようと、あれこれサーチをしてくるようだ。


 だが、魔道具メガネは、すべてを弾く。確か、これを作ったクリスティさんでさえ、僕の姿は、イケメンにしか見えないんだったよな。


 そういえば、ゼクトが、クリスティさんも今回、雇われていると言っていたっけ。味方か敵かは、わからないと言っていた。だけど、僕は、彼女がアラン様を暗殺する依頼を受けるとは思わない。


 暗殺貴族レーモンド家の当主である彼女は、ただの道具じゃない。自分の意思で、依頼を受けるか否かを判断すると言っていた。


 だけど……確かに彼女の幼馴染の彼が生まれたカーバー家は、国王様を排除しようとしていると聞く。前国王派なんだよな。




 ようやく、夕食のバタバタが収まってきた。すると、厨房が慌ただしくなってきたように見えた。また、追加のオーダーだろうか。


 僕がホール係をしていると、いつもよりも奥様方がおとなしかった。まぁ、明日が、アラン様の後継者指名の日だから、なのかもしれないけど。



「ほら〜、うふふ、やっぱり、ピオンじゃない」


 突然、何の気配もなく、いきなり背後から抱きつかれた。



皆様、いつもありがとうございます♪

日曜日はお休み。

次回は、7月11日(月)に更新予定です。


先週から始めたヴァンの空白の二年間の物語ですが、今、ちょうどファシルド家に居て、なんだかこんがらがりそうですが、よかったら覗いてみてください。次話、ガラッと大きく動きます。(*≧∀≦)


よろしくお願いします。

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