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542、ボックス山脈 〜ファシルド家からの密書

「ちょ、ゼクト、怖いことを言わないでよ。しかばねを自在に操るだなんて……」


 僕のスキル『超薬草研究者』の新しい技能を見て、ゼクトは何かを考え込んでいる。ゼクトとしても、この技能は初めて見たようだ。


「これは、もしかすると、レアスキル『ネクロマンサー』を取得するかもしれねぇな。だがそうなると、スキル『神官』は消えるだろうが」


「ええっ? そんなの困るよ!」


 ちょ、僕は、神官家であるドゥ家の当主の伴侶なんだから。


「ネクロマンサーは、神官と共存できない。だが、死霊魔術を使えるようになれば……ククッ、これ以上ないバケモノだな。精霊師も消えるかもな。そうなるとラフレアではなくなる」


 精霊師が消えるのも困る!



「ネクロマンサーを得るなんてことになると、完全にダークサイドに堕ちるわね。人格も変わるかもしれない。この世界では生きづらいわ。影の世界に引っ越すことになるかしら?」


 フロリスちゃんは、何を言ってるんだ? スキル談義をしていると、なんだか別人のような遠い存在になってしまう。


 するとゼクトは、そんな彼女に冷たい視線を向けた。


「フロリス、今の言葉は訂正しろ。当事者がいる前で、神矢ハンターが話すべきことじゃねーぞ」


 ゼクトに強い口調でそう言われ、フロリスちゃんは、ハッと息を飲んだ。失言だと理解できたのだろう。みるみるうちに、その表情から血の気が引いているようだ。


「ご、ごめんなさい! つい、可能性の話を。ヴァン、ほんと、ごめんなさい。ヴァンの生活を奪うようなことを無神経に……」


 ゼクトは、僕に合図をしてきた。フォローしておけってことだよな。



「フロリス様が、神矢ハンターとしての知識習得に熱心になられていることを、僕は知っています。だから、今の言葉にも悪意がないことはわかります」


 静かに話すと、彼女はしょんぼりとうなだれていた。僕も、つい調子に乗って失敗することは、今でもよくある。だからあまり、偉そうなことは言えない。


「ヴァン、ごめんなさい。でも、ゼクトさんだって……」


「フロリス様は、彼につられてしまったんですね。だけどゼクトは、言ってはいけないラインは越えませんよ。冗談で返せるギリギリを突いてきますけどね」


「私には、そのラインがわからないわ」


 あぁ、そっか。フロリスちゃんは、3歳のときに一人になってしまったからだよな。僕が出会った5歳のときは、まるで人形のようだった。



「フロリス、だからおまえは、やり直してるんだろ?」


 ゼクトが意味不明なことを口にした。何をやり直してる? フロリスちゃんも首を傾げている。


「ヴァンも、そう言ってたぜ。おまえが、3歳児のルージュと同じに見えることがあるってな。テンウッドもガキだし、チビっ子は赤ん坊だ。だから、おまえは、ドゥ教会が居心地がいいんだろ?」


 あっ、人生のやり直し? 3歳から5歳の空白を埋めようと、フロリスちゃんは無意識にガキンチョ化していたのか。


 なんだ、そういうことか。


 ふふっ、ゼクトにそう言われて、フロリスちゃんは、ぶすっと頬を膨らませている。



「それって、アラン兄様からも言われたわ。あっ! 忘れていたわ。ヴァンに、招待状を預かってきたの」


 招待状?


 フロリスちゃんは魔法袋から、立派な封筒を取り出した。しかも、ファシルド家の印まで使われている。旦那様からの招待状だろうか。


「何の招待状ですか?」


「アラン兄様が、お父様の後継者に指名されたの。そのお披露目と、宣誓式よ。フランちゃんには、アラン兄様が直接渡すと言っていたよ」


「ええっ!? おめでとうございます!」


 僕は思わず叫んでしまった。


「ちょっと、ヴァン! 何か誤解されてるから!」


 あっ、そうだよな。フロリスちゃんが結婚するのかと囁き声が聞こえてくる。



「それと、返事を聞いてくるようにと、お父様から言われているの。もちろん出席するわよね? あっ、一応、中を確認してみて」


「はい、出席させてもらいますよ」


「ちゃんと中の手紙を読んで。私の成人の儀のときみたいに、黒服に紛れてなさいって書いてるかもしれないわ」


 フロリスちゃんは、ソワソワと落ち着かないようだ。封がされているから、開封できないもんな。旦那様が、僕に何を託したのかが、気になるようだ。



 空に目を移すと、結界が弱まっていることに気づいた。ゼクトに視線を移すと、彼は口を開いた。


「軽食を食ったら、帰るぞ。結界が元に戻ってきたからな」


「えっ? わざわざ、食事をしてから?」


 フロリスちゃんが聞き返すと、ゼクトはまた冷たい視線だ。


「フロリス、おまえなー、ボックス山脈を舐めてると死ぬぞ? いつどこで何が起こるかわからない。キャンプ場から出るときに、体力や魔力そして腹が減っていたら、死に繋がることもある」


「ひゃっ、ごめんなさい! えっと……」


「あのガキ達に、飯だと言って来い。俺達は先に食堂へ行く」


「ええ〜、私が?」


「低ランク冒険者だろ」


「なっ? 低ランクじゃないよっ」


 反論はしたけど、フロリスちゃんは、素直にマルク達の方へと歩いていった。ボックス山脈では身分は関係ない。冒険者の常識だからな。




「ゼクト、フロリス様の教育に熱心だね」


「あぁ? まぁな。フリックも俺が教育したからな」


「ふふっ、そっか。国王様は、フロリス様に求婚したのかな?」


「まだ、そんな覚悟はねぇだろ。だがその前に、フロリスが自分で自分の身を守れるようにしておいてやらないとな」


 そう言うゼクトの表情は、穏やかだ。国王様のことを腹黒だなんだと言いつつ、やはり本気で大切に思ってるんだよな。




 食堂で、僕はファシルド家からの招待状を開封した。中からは、アラン様の後継者披露パーティの案内以外に、別の封書が出てきた。フロリスちゃんは、この中身が知りたいんだな。


 バトラーさんの字のように見える。やはり、旦那様からの手紙か。


『前日と当日の派遣執事を頼む。前日及び当日の、アランの殺害依頼が、裏ギルドに100件以上出ていたようだ。未受注残数は20件程度らしい。このことはフロリスには内密にしてくれ』


 差し出し人の名前のない手紙だ。密書扱いだな。


 僕は、読んだ手紙を火魔法を使って燃やした。すると、ゼクトがさらに魔力を放ち、燃えカスも残らないようにしてくれた。



「やはりヴァンもだな。俺にも、直接、護衛依頼が来たぜ」


「そっか。でも、僕は派遣執事だってさ。フロリス様には内密にということだけど」


「あぁ、じゃなきゃ、自分も護衛をするって言いそうだからな」


 なるほど。ゼクトが旦那様に、そう入れ知恵したのか。


「直接依頼された人は、他にもいるのかな?」


「あまり目立つのもな。武闘系の次期当主が舐められる。警護を固めているようには見せたくないはずだ。だが……」


 ゼクトは、頭をかき、言葉を止めた。迷っているのか?


「何か、問題?」


「まぁな。おまえの教会の裏の奴が、どっちか、わからねーんだ」


 ドゥ教会の裏の奴?


「もしかして、クリスティさんのことを言ってる?」


 そう尋ねると、ゼクトは頷いた。クリスティさんは、王都の暗殺貴族レーモンド家の当主だ。アラン様は、国王様の側近なんだから、まさか敵に回ることはないはずだ。


 それに、彼女はフラン様とも親しい。フロリスちゃんも含めて、お茶会だってしていた仲だ。



「あの女は、旧国王派だからな。それにフリックは、王宮専属の執事家とは疎遠だ。フリックの側近を排除する好機だぜ?」


 王宮専属の執事家? あー、彼女の幼なじみのあの人の家か。彼はカーバー家の予備だとか言われていた。クリスティさんに惚れてるんだよな。


 ゼクトは、何をどこまで知っているかはわからない。ただ、国王様の教育をしていたんだから、僕よりも詳しいよな。


「旧国王派からも、アラン様の暗殺依頼が出てるんだね」


 確か、直接名指しで依頼されるんだよな。クリスティさんは、自分に依頼するときは、Rだと言っていた。裏ギルドでは、書類番号に、暗号が隠されている。


「あぁ、そうだ。それらはすべて受注されている。ヴァン、どういうことか、わかるか?」


「書類番号での指名有りの依頼も?」


 僕がそう返すと、ゼクトはニヤッと笑った。


「やはりヴァンは知ってたか。あの女の指名はAか?」


 これは、たぶん、ゼクトにも言っちゃダメだろうな。


「本人に聞いてよ」


「ククッ、以前のおまえなら、簡単にしゃべったのにな。まぁ、そうじゃねぇとな。Rを指名した依頼が複数あったらしい。どれかは、本人が受注したみたいだぜ」


 なんだよ、試したのか。



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