540、ボックス山脈 〜新たな技能
僕は、頬を緩ませながら、せっせと超薬草を摘んでいた。チビちゃとマネコンブも、手伝いのような邪魔のようなことをしながら、僕の後からついてくる。
ボックス山脈に来るから、一応、予備の魔法袋を大量に持ってきていた。果実のエリクサーを作る機会があるかもしれないと思ったからだ。
しかし、これは、すっごい収穫だな。蘇生薬の素材となる超薬草まで生えている。ただ、毒を持つ花も多い。バリアを張ってないと危険だな。
どれくらい摘んでいただろう?
他の人達が、この付近の神矢を拾い終え、マルクが昼食としてドルチェ家のお弁当を提供してくれて、チビちゃがすぴすぴと昼寝をして……フロリスちゃんが暇だと騒ぎ出したことで、僕は、ハッと我に返った。
「すみません、夢中になりました」
みんな暇そうにしている。いつもオドオドしているマネコンブまで、暇そうにリラックスしているようだ。
「ヴァン、独り占めする勢いだったわね」
フロリスちゃんに叱られた。まぁ、ごもっともな指摘だ。
「ヴァン、そろそろゼクトさん達と合流しようか? ハンターの神矢を集めていた冒険者達が、集まっているみたいだよ」
あれ? ラスクさんは、帰るとは言わないんだな。僕は空を見上げて、その理由がわかった。ボックス山脈の結界が濃くなっている。昨日の激闘のせいだな。
ボックス山脈では、大きな力がぶつかると、しばらくは結界が強まってしまう。昨日、あのクラーケンゴッドが、おかしな結界を張って本来の結界を乱していた。おまけに付近のマナを支配したり、めちゃくちゃなことをしたからな。
湖が消えたのは、チビちゃが怒ったせいだけど。それも、この濃い結界の原因のひとつだ。本人は、既にすっかり忘れているみたいだけど。
「ヴァン、この場所に、普通の冒険者が立ち入ることは可能かな? 踏み荒らされたくない場所があったりする?」
ラスクさんは魔道具を出して、僕にそう尋ねた。この場所に関する情報を更新する必要があるのだろう。
「超薬草が多いので、気をつけてもらう必要があります。ここに生えている超薬草は、踏まれても平気ですが、踏んだ人に害が及ぶかもしれません」
「そうか、ヴァンが摘んでもすぐに生えてくる生命力の強い種類もあるね。危険なのは、どれかな」
僕は、ラスクさんに、危険な超薬草を教えていった。彼もスキル『薬師』の神矢を得たはずなのに、イマイチ反応が鈍いんだよな。
あぁ、そうか。スキルを使いこなせてないと、見ただけではわからないか。薬草サーチの技能を使えばわかるはずだけど。
僕が指し示した超薬草を、ラスクさんは魔道具を使って記録しているようだ。レモネ家の旦那様も、別の魔道具を使って映像を撮っている。
ラスクさんは慎重に、一方で学者貴族のレモネ家の旦那様は、子供のようにワクワクと目を輝かせている。対照的な二人だな。
「よし、じゃあ、このエリアは一時封鎖してもらうよ。ずっと、ヒヤヒヤしてるんだよね。バリアなしで入ると、死ぬでしょ」
ラスクさんも、危機感知系のスキルが自動で発動するんだよな。僕も、スキル『超薬草研究者』の劇薬取扱バリアを使うまでは、危機感知ベルが頭の中で鳴っていた。
「入ってすぐに命を落とすことはないですが、歩き回るのは危険ですね。あぁ、花粉を吸うと呼吸ができなくなる超薬草もありますね。あれは、昼間は花は咲かないけど、夜は危ないかな」
「ヴァン、それって、どれかな」
「ルーミントさん、薬草サーチくらいできるだろう? ヴァンさんが言っているのは、これだね。実に興味深い。これは蘇生薬の素材にもなるはずだ」
レモネ家の旦那様は、摘んだ超薬草を嬉しそうに、ラスクさんに見せている。食べられる木の実を研究している学者さんとしては、珍しい草にも心踊るみたいだな。
蘇生薬の素材と聞いて、マルクも反応してるけど。
◇◇◇
僕達は、王都専用地区を出て、ラスクさんの案内に従って、キャンプ場へと向かった。今は特にマナが乱れていて、転移魔法が使えないらしく、徒歩での移動になった。
だが、僕達を襲ってくる魔物はいない。
「なぜ、全く魔物が現れないのでしょうか」
警戒しながら歩くルーミント家の使用人達は、ラスクさんにそう尋ねた。なぜか、チビちゃやマネコンブの方を見てるんだよな。
すると、ラスクさんが答える前に、フロリスちゃんが口を開く。
「ここはボックス山脈だよ? ヴァンがいるんだから、当たり前だよ」
全然、伝わらないと思う。
ルーミント家の人達は、僕にまで怯えた視線を向けている。まるで、僕を恐れて魔物が近寄らないみたいに聞こえるじゃないか。
「フロリスさん、俺もこれは予想外だったよ。この付近は、この道に沿って左側に獣道があるんだよね。ヴァンがいくらバケモノ級の魔力を持っていても、獣道からは気づかないと思ったんだけど」
「あっ、ほんとだわ。ヴァン、どうなってるの? 結界がこんなに濃いから、ヴァンがバケモノだってわかんないよ?」
ちょ、言い方!
「ビードロ達が、警護してくれてるからですよ。大群で来てますから」
軽くそう言うと、ルーミント家の使用人達の中から、小さな悲鳴が聞こえた。まずかったかな。でも、ビードロが、大トカゲまで連れていることは話してない。チビドラゴンが、大トカゲをここに来させたようだ。
「ヴァンの従属って、みんなすぐに来るよね。たぶん、ヴァンのことが心配なのね」
フロリスちゃんは、たまに大人びたことを言う。
そして、僕の従属の話が始まった。マネコンブは、そんなフロリスちゃんの話を真面目に聞いている。たぶん、僕の従属の中でマネコンブが一番真面目というか勤勉なタイプだよな。
僕は、歩きながら、さっきの超薬草摘みで、レベルが上がったはずのスキルを確認した。早く見てみたくて、キャンプ場まで我慢できなかったんだ。
『超薬草研究者』上級(Lv.7)New!
●超薬草ハンター
●劇薬取扱バリア
●異質物の掛け合わせ
おっ! やはりレアハンターが、上級になっていた。しかも、もうレベル7か。超級まであと一歩だな。
僕は、思わずニヤニヤしていたのだと思う。マルクが、僕のジョブボードを覗き見してきた。
「もうすぐ超級じゃん」
「ちょ、覗き見しないで」
僕は、マルクのジョブボードなんか見たことないのに。でも、たぶんマルクには、覗き見をしなくても相手のスキルをサーチする技能があるんだよな。
「いいじゃないか。珍しいものは見たいじゃん。異質物のなんちゃらって、何?」
「えー? ちょっと待って。見てみるよ」
●異質物の掛け合わせ……超薬草にあらゆるマナを持つ物質を掛け合わせることができる。屍に掛け合わせるには『薬師』極級のスキルが必要。
何これ? 死体にも超薬草を掛け合わせることができるってこと? 死体を素材にするの?
「うわぁ、それ、やばそうだね。いろいろなスキルに使えるじゃん。黒魔導系の魔法にも掛け合わせることができるんだろ?」
「マルク、意味がわかんない」
僕がそう言うと、マルクは、手のひらに小さな火を出した。
「超薬草と掛け合わせてみようぜ」
マルクは、ワクワクと楽しそうにしている。僕は、ビクビクするんだけどな。
とりあえず、さっき摘んだ万能タイプの虹花草を取り出した。そしてジョブボードに触れ、異質物の掛け合わせを発動した。
すると、マルクの手のひらの火を超薬草が取り込み、断罪草のような燃える草が出来上がった。だが、断罪草ではない。火の属性を帯びた虹花草だ。
「へぇ、面白いじゃん。薬草が火を纏ってるのに燃えないなんて。何か、薬にしてみてよ」
マルクの無茶振りは続く。
「えー、でも薬って……うん?」
足元に赤い影が……緑色の影も……。赤い髪のチビっ子は、目をキラキラ、緑色の髪のチビっ子は、不安そうに見上げている。
「にいに〜、それ、あったかそう」
『我が王、異常なマナが集まっています』
見つかったか。
「チビちゃ、これ、いる?」
「うん!」
燃える虹花草を、チビっ子に渡した。マルクも、その草の観察を続けてるんだよな。マルクも、ガキンチョ化しているのだろうか。
「もう! そこ、止まってないで、歩きなさい」
フロリスちゃんが怒鳴った瞬間……
パンッ!
大きな音を立てて、チビちゃが持っていた燃える虹花草は弾け飛んだ。何? 音の衝撃に反応した?
マルクはバリアを張っているし、マネコンブはほとんど攻撃は効かない。チビちゃは水しぶきがかかった程度だろう。
僕が手に持っていたらと考えると、背筋が冷たくなった。
空白の2年間の物語を今週から新作として投稿しています。ヴァンがファシルド家に派遣執事として行く話からです。よかったら、そちらも、ブックマークして読んでいただけたら嬉しいです。(人´∀`)ヨロシクオネガイシマス♪
日曜日はお休み。
次回は、7月4日(月)に更新予定です。
よろしくお願いします。




