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54、商業の街スピカ 〜厄介な毒

 ルーシー奥様の席は、個室になっていた。メイドの人によると、赤ん坊がいる奥様や子供が多い奥様は、個室を使うそうだ。


「遅くなりました、フロリス様のお世話係のヴァンです。お呼びでしょうか」


 そう声をかけると、扉が開いた。あっ、バトラーさんがいる。僕は、ホッとした。だけど、気を抜いてはいけない。


「ヴァンくん、中へ入ってください」


 僕は丁寧にお辞儀をして、個室の中へ入った。


 三十代後半に見える美しい女性がいる。この人が、ルーシー様なのか。席には、子供が三人いた。二人は十歳前後の少年、もう一人はフードをかぶっていてわからない。



 個室の扉を閉めると、バトラーさんが口を開いた。


「ヴァンくん、キミは超級薬師だったね?」


「はい、そうです」


「今朝の奇行の報告を受けているのですが、それは、ソムリエの能力なのですか? それとも、精霊使いのスキルを持っているのかな」


 奇行って……。


「ソムリエの能力です。ぶどうの妖精以外は、透けて見えるので、注意していないと気づかないですが」


「キミが門番に伝えた言葉に基づいて、ルーシー様専用の庭の噴水を調査しました。だが、毒は検出されなかった」


 えっ? 僕は、嫌な汗が流れてきた。ポーカーフェイスが解除してしまいそうだ。


「僕は、妖精さんの言葉をそのまま伝えただけです。でも、妖精が嘘をつくことはありません」


「確かに、妖精は嘘はつかない。嘘をつくのは人間だ」


 どうしよう……そんな。僕が騙したと疑われている。


「僕は、嘘はついていません。ですが、それで混乱を招いたのなら、今後一切、妖精さんの言葉は伝えません。申し訳ありませんでした」


 謝ることしか考えられなかった。だけど、主張すべきことは主張した。ウジウジしてはいけない。ここは、戦場と同じ。それなら、非がないのに認めるようなことはできない。役に立たない者は、消される。



「バトラーは、意地悪だな」


 フードをかぶった子が、そう呟いた。そしてフードを外すと、少年の顔一面は、痛々しい赤い水ぶくれで覆われていた。僕と歳が近そうだ。彼が長男なのかな。


 これは、病気? いや、違う、毒だ。毒薬草の毒ではない。何だ?


「ヴァン、驚いたか。おととい急に発熱したんだ。そして、薬師に様々な手を尽くしてもらったことで、熱は下がった。だが、全身が、こんなことになってしまった。身体中が痛くてダルくて、正直座っていることも辛い。来週、俺は十三歳の誕生日を迎えるのに……成人になる前に終わってしまったよ」


「アラン様、何を弱気なことを……」


 バトラーさんは、そう言いつつも、その言葉には力がない。だよね、成人の儀を前にして、坊ちゃんがこんなことになったら、平静ではいられない。


 ルーシー様も、眠っていないのだろう。目の下にはクマができているし、食事にも手をつけていないようだ。


「ヴァン、俺を診たのは、街の馴染みの上級薬師だ。もうこれ以上の手の施しようがないと泣いていた。超級なら、何かわかるか?」


「アラン様、僕も、初めて目にする症状です。毒薬草系の毒ではありません」


「あぁ、それは、街の薬師も言っていた。バトラー、あれを」


 アラン様がそう言うと、バトラーさんは花瓶を取り出した。花が枯れている。これは……。


「ヴァンくん、昨日の噴水の水が入っています。お兄様を心配して、下の坊ちゃんが、枕元に庭の花を摘んで、飾られました。今朝になると、花がこのように枯れていたのです」


 僕は、枯れた花に手のひらを向け、スキル『薬師』の薬師の目を使った。見極める能力が上がる。鉱物性の毒だ。こんな場所で? 地底や、火山ならわかるけど。


 とりあえず、治療薬だ。だが、僕が持っている物を使うと、まるで用意していたかのように疑われるか。


「この水を使っても構いませんか? それから、薬草か毒薬草はありませんか」


「えっ? 毒薬草? 俺の症状の原因がわかったのか?」


「まだ確定はできません。ですが、この水に含まれる毒が原因なら、この水の効果を反転させて治療薬が作れます」


「直ちに!」


 バトラーさんは、慌てて、個室から飛び出していった。


「アラン様、近くで診させていただいても構いませんか」


「あぁ、服を脱ごうか?」


「いえ、そのままで大丈夫です」


 彼は立ち上がり、テーブルから離れた。


 食事中の弟達を気遣ったようだ。歩くのも辛そうだな。全身に痛みが走っているようだ。彼が動くと、カコカコと妙な音を立てている。骨がやられているのか。これは酷い。



「お待たせ致しました!」


 息を切らせて、バトラーさんが戻ってきた。そして、魔法袋から大量の薬草を取り出した。サイドテーブルは、おてんこもりだ。


「ありがとうございます。では、治療薬を作りますね。アラン様は、お辛いでしょうから、お座りください。だいたいは、診させてもらいました」


「えっ? もう診たのか?」


 僕は、やわらかく微笑み、そして、解毒薬を作り始めた。うん、これは簡単だ。薬草に、原因となった水を吸収させ、改良と新薬の創造を使った。


 よし、完璧だね。


 近くにあったグラスに、作った水薬を入れた。これをグミのような固形にも変えられるけど、このままの方が、きっと吸収は早い。


 骨の中にまで蓄積されているなら、解毒しても、またしばらくすると、毒が骨から溶け出して体内を巡るだろう。厄介な毒だな。こんなものは自然にはできない。人を殺すために人工的に作られた毒だ。


 僕は、さらに多くのグラスに薬を入れていった。もっと汚染水があれば作れるんだけど、これで限界か。


「できました。ひとつ飲んでみてください。たぶん、一度では解毒できませんが」


「わかった」


 アラン様は、グラスをひとつ手に取り、そして一気に飲み干した。僕は、その薬の効果をジッと観察した。やはり、ダメだな。一瞬解毒できても、すぐに新たな毒が湧き出してくる。


「おぉ! すごい! 身体の痛みがなくなったぞ」


「お顔も、随分と腫れが治まっていますよ!」


 バトラーさんは、嬉しそうにしている。でも、僕は力不足を感じた。この毒は、予想以上に厄介だ。彼の体力を奪って、またすぐに暴れている。


 僕は、バトラーさんが持ってきた大量の薬草を、ポーションに変えた。いつもの正方形のゼリー状ポーションだ。近くにあったスープ皿が、ポーションで埋まった。


「ポーションです。ひとつ食べてください。毒が暴れて体力を奪っています」


「これがポーション?」


 アラン様は、ぽいと口に放り込み、ニヤッと笑った。


「こんな菓子のようなポーションなら大歓迎だ。美味いな。しかも全回復か。ポーション効果で手の腫れが引いたぞ」


「よかったです。以前、ボックス山脈で死にかけたことがあったので、作りました。瀕死の状態でポーションの瓶の蓋は開けられないので」


「へぇ、面白い体験だな、ヴァン。それで、この大量の水薬は……こんなにも飲まないと解毒できないのか」


「僕にもわかりません。ただ、その毒は鉱物性の毒です。石に染み込むように、骨の中にも染み込んでしまっているようです。僕の解毒薬では、骨の中までは効果が及びません。だから、身体の中に溶け出した毒を、何度か解毒するしかないんです。一度で治せず、申し訳ありません」


 僕がそう言うと、それまで黙っていたルーシー様が口を開いた。


「ヴァン、これだけ飲めば治るの? アランは死なずに済むの?」


「奥様、僕の力不足で申し訳ありません。これで完治するかは、わかりません。足りないようなら、また調薬します」


「でも、噴水の水から毒は消えていたのよ? あの水がないと作れないんじゃないの?」


 すると、弟さん達が口を開いた。


「秘密基地の滝は、噴水の水だよ」


「おまえら、また変なものを作っているのか。だが……」


 アラン様は、不安そうな顔で僕の方を見た。水遊びをしていたなら、毒に侵されているよね。ルーシー様は、顔面蒼白だ。


 僕は、二人の坊ちゃんをジッと診てみた。今のところは大丈夫だな。だけど、念のために解毒薬を飲んでもらう方がいいか。


「お二人は、念のために一回だけ、薬を飲んでおいていただけますか。アラン様は、数時間おきに、飲んでください」


 バトラーさんは、すぐ二人にも水薬を飲ませていた。少し影響を受けていたみたいだ。彼らは身体が軽くなったと言っている。


「ヴァンくん、このことは……」


「はい、内密にしておきます。僕が薬を作ったことも秘密でお願いします。いろいろと怖いので」


 僕がそう言うと、バトラーさんは優しい顔で頷いた。



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