537、ボックス山脈 〜不思議な赤ワイン
「できた、かな?」
目の前には、ワインが入っていると思われる木樽が、6つ積み上がっている。綺麗な三角形だな。1つの木樽は、たぶん10リットルだと思う。ワインのボトルに換算すると、1樽は、13〜14本かな。
「ヴァン、飲んでみようよ」
ラスクさんは、どこからかワイングラスを取り出した。あぁ、水辺のお茶会用に、たくさんの食器やグラスを魔法袋に入れてあったのか。
僕は、木樽に穴を開けて栓を取り付けようとすると……もう既に木の栓がついていた。それをひねると、鮮やかな赤ワインが出てきた。
「ちょ、ヴァン、もったいない!」
地面に落ちた赤ワインは、瞬時に土に吸い込まれていった。
へぇ、赤ワインなのに、フレッシュな爽やかさがある。巨峰から作られるワインは、飲みやすい爽やかな物が多いけど、これは、かなり糖度を残している。赤ワインというより、味的にはロゼワインかな。
木樽で出てきたのは、重厚感の演出だろうか? これは気軽に飲めるデザートワインだ。少し冷やす方が美味しいかもしれない。
「最初は、木の屑が混ざるかもしれないんで、流しました。だけど、大丈夫みたいだな」
ラスクさんが出したワイングラスに、僕は木樽から赤ワインを注ぐ。勢いよく出るから、ちょっと泡立ってしまう。
「テイスティングをお願いできますか?」
そう言いつつ、ラスクさんにワイングラスを渡すと、彼は待ってましたと言わんばかりに、目を輝かせた。
「ヴァンが最初に味見をしなくていいの?」
「僕は、だいたいわかりましたから、大丈夫ですよ」
超級『ソムリエ』になったからか、さっきこぼした赤ワインから、すべての情報を知ることができた。ワインの創造のときにイメージした、照れくさそうな巨峰の妖精の様子が、そのままワインの味になっている。
フレッシュで、照れた甘さの残る爽やかな赤ワイン。いや、ロゼワイン? 色は新酒っぽい赤ワインだけど。
「おぉっ? おっ、おぉぉお?」
ラスクさんは、グラスを高く掲げてワインの色を眺めたあと、ニコニコしながら口に含んだ。イメージした味とは違ったのだろう。百面相をしている。
その様子を見て、フロリスちゃんも僕にコップを渡してきた。彼女のコップは、透明な厚みのある物だ。割れにくい冒険者に人気の商業ギルドのコップだな。
僕は、コップに赤ワインを注ぎ、彼女に渡した。
「フロリス様、少し冷やす方がお口に合うかもしれません」
「えっ? 赤ワインでしょう? 私を試しているのね。さすがの私でも、赤ワインは常温で飲むものだと知っているわ。お父様と一緒にしないでよ」
ふんすと鼻息荒く、コップを受け取るお嬢様。
ふふっ、確かにファシルド家の旦那様は、ワインについての無関心さは極級だよな。何度教えても、次に会ったときにはすべて忘れていらっしゃる。
彼は、基本的に【富】には興味がないみたいだ。有力貴族の一部は、そうなんだよな。本当のお金持ちは、お金に執着しないものなのかもしれない。
「ヴァン、俺も〜」
マルクは、なぜかマグカップだ。これはきっとふざけてる。でも、僕はマグカップを受け取り、赤ワインを注いだ。
「マルクも、少し冷やす方がいいと思うよ」
僕の話を聞かずに、そのまま飲んでるよ。これも、ふざけてるのかな。あっ、マルクの手が僅かに光った。やっぱり冷やす方が美味しいと思ったんだな。
「ヴァン……やらかしちゃった」
フロリスちゃんは、コップを冷やそうとしたのか、コップの周りに氷を作っている。でも、その温度ではワインは凍らない。
僕は、弱いヒート魔法を使って、フロリスちゃんの手から離れなくなったコップを解凍した。ふふっ、ほんと、微調整は苦手だよね。フラン様も同じだけど。
「フロリス様、これで大丈夫です。赤ワインは凍ってないから、そのまま飲めますよ」
「わかったわ。これ、本当に赤ワインなの? ほとんど渋さがないし、ゴクゴク飲めちゃうよ」
「ロゼワインと赤ワインの中間くらいなものですね。ぶどうを皮ごと圧搾したから、赤ワインの色になりましたが、僕のイメージが白ワインだったのかもしれません」
「へぇ、おもしろいわね、ヴァンの新しい技能って」
そう言いつつ、コップを差し出すお嬢様。自分で注いでくれてもいいんだけどな。
僕は、コップに赤ワインを注ぎ、そして氷魔法を使って少し冷やして、彼女に渡した。
「あっ、冷えてる! うふふ」
また、一気飲みしそうな予感。
「フロリス様、あとは、ご自分で注いでくださいね。僕は、皆さんの夕食を作りますから」
「うん、わかったよ。うん? 何?」
マルクがフロリスちゃんに、何か言ったみたいだ。あぁ、チビっ子二人が、すごい物欲しそうな顔をしているからか。
フロリスちゃんは、チビちゃとマネコンブの方へと歩いていくと、さっき洗っていたぶどうを与え始めた。
「地面に落としたら失敗だからねー。キャッチできたら、食べていいよ。いっくよー」
フロリスちゃんが、ポイポイとぶどうの粒を放り投げていく。チビちゃは、目をキラキラさせて、ぴょんぴょん飛び跳ねながら、ぶどうの粒をキャッチしては、口に運んでいる。
その様子を見ていたマネコンブも、遠慮がちに、その遊びに参加していった。ふふっ、フロリスちゃんは、よくわかってるね。
さて、僕は夕食作りだな。
ラスクさんは、僕が作ったワインを他の人達に振舞っている。レモネ家の旦那様は特に、興味深そうだな。学者貴族の人達って、既存の物とは違うものに、惹かれるみたいなんだよね。
ルーミント家の使用人達も、みんな飲むと驚くみたいだ。赤ワインに見えるけど、飲んだらフレッシュで甘いからかな。
夕食の調理を始めると、マルクがふらっと近寄ってきた。マルクは、手伝おうかと言いつつ、味見しかしないんだよな。
だけど、こういう風に、屋外でのんびり料理をするのも悪くない。
赤ワインのつまみになりそうなものから作って、テーブルに置いていくと、ルーミント家の使用人達が、せっせと運んでくれる。
マルクは、チビちゃのためなのか、木を組み、キャンプファイヤーのようなものを作ってくれた。すぐに、チビっ子二人が火に寄っていく。チビちゃは……火の中に入ってニコニコしてるんだよね。
「えっ? ヴァン、あの子、大丈夫なのか?」
ラスクさんは、チビちゃのことをあまり知らなかったっけ?
「大丈夫ですよ。火の中にいる方が、あの子は快適ですから」
「えっ? だが、かなりの温度になってないか?r
確かに、マルクはマナを調節して高温にしているみたいだ。
「あの子の身体は、フェニックスの変異種ですから、溶岩流の中でも平気ですよ」
そこまで説明すると、ラスクさんは何かを思い出したらしく、あぁと小さく呟いた。そして、いま出来たばかりの料理を持っていく。
いつの間にか、宿泊施設に泊まっている人達も、外に出てきていた。キャンプファイヤーが目立つのかな。
ラスクさんは、赤ワインを彼らにも振る舞っている。みんな、見た目と味が違うから、目を見開いている。ラスクさんは、その反応を楽しんでいるみたいだ。
「チビちゃ、これ、持ってて! 焼き串になるからね。キミは、ここから、火に近づけて焼いてね」
少し暇そうな顔をし始めたチビっ子二人に、僕は、新たな遊びというか仕事を依頼した。
チビちゃは、キャンプファイヤーのてっぺんに座って、串を持っている。串に刺した肉は焼けていくけど、チビちゃは焼けないのが、見ていると不思議だ。
「ほどよく焼けたら、食べてみて」
僕がそう言っても、チビっ子二人には通じない。
「にいに、ほどよくってなぁに?」
『我が王、どの程度なのかわかりません』
そっか、魔物は、肉を焼いて食べるなんてことはしないか。
「いい匂いがしたら、食べていいよ」
僕がそう言うと、チビっ子二人は、同時にパクリと肉を食べた。
「にいに、おいしい!」
『我が王、初めて食べた味です!』
チビっ子は、串をこちらに差し出す。だが、火の中にいるチビちゃの場合は、先から串が燃えてしまうんだよな。悲しそうな顔をしているチビちゃ。でも、まぁ、お代わりを要求されたことは伝わっている。
「ヴァン、俺も、焼いて食べてみるから」
肉を串に刺していたら、マルクがニヤッと笑って、串を3本奪っていった。そしてチビっ子二人に1本ずつ渡し、キャンプファイヤーの火で肉を焼き始めた。
次々と真似る人が続出。ふふっ、みんな、子供かよ。僕も、串を持って火に近づいた。熱っ!
「マルク、僕にバリアを張って!」
昨夜から、空白の二年間、ヴァンが派遣執事に専念するお話を新作として投稿を始めました。
ヴァン20歳の終わり頃、フロリスちゃんの成人の儀の直前から、物語は始まります。スタートは少しダークですが、全体的にはゆるふわな雰囲気で描いていきます。
週5更新を予定しています。よかったら、こちらも読んでいただけると嬉しいです♪(*´-`)




