536、ボックス山脈 〜ワインの創造
「ラスクさん、このままだと上手く醸造できないので、ちょっとスキルを使ってもいいですか?」
僕は、山積みになっている黒ぶどうを指差して、そう確認をとる。こんな僅かな時間で、ぶどうは妙なオーラを纏っているんだよな。これは、ある種の悪霊化か。
「あぁ、なんだか変なことになってきたね。急に腐ってきたのかな? まるで呪われていたかのようだね。だから、ジャムにしても美味しくなかったのかな」
それは、ただ、収穫期の前だったからだと思う。未成熟なぶどうは、ジャムにしても美味しくない。だけど、そんな反論をする気にもなれず、僕はあいまいな笑みを浮かべておいた。
「ぶどうを買い取ったときに、妖精ごと魔法袋に入れたんですね? 魔法袋の中では、ぶどうの妖精は生きていられないから、ぶどうの実に吸収されていたみたいです」
必死にぶどうの果実を守ろうとしていた巨峰の妖精を、強引に収納したのだろう。ラスクさんには、ぶどうの妖精の姿は見えなくても、声は聞こえていたはずだ。
本来なら、妖精達が離れてから魔法袋へ入れるべきなんだけどな。怒った妖精が、離れなかったのだろうか。
「あぁ、ちょっと急いでいたからね。可愛そうなことをしてしまったな。だけど、あの場はすぐに焼き払わないといけなかったからね」
なるほど……焼き払ったのは、畑を襲った魔物を悪霊化させないためか。
僕が、山積みぶどうの前に立つと、ラスクさんはルーミント家の人達に合図をして、少し離れた。ルーミント家の人達は、慌てて僕から離れていく。
チラッとマルクの方を見ると、僕に魔道具服作りを邪魔されないようにと、既に結界を張っているようだ。見学のチビっ子ふたりも、ちゃんと結界の中に入れてくれている。
宿泊施設の方が少し気になったが、まぁ、いっか。闇の精霊系の気配はないから、うっかりダメージを与えてしまう心配もないだろう。
僕は、スキル『精霊師』の邪霊の分解・消滅を使う。範囲は狭く設定しよう。
魔力を放つと足元に魔法陣が浮かび上がった。そして、一気に周りに広がっていく。狭い範囲というのは逆に難しいな。キャンプ場の外へも広がってしまった。
魔法陣が強く光ると、あちこちから悪霊の悲鳴が聞こえてきた。想像以上に多くの声だ。ボックス山脈って恐ろしい……。
そして魔法陣からの淡い光が空へと昇り始めると、マルクは結界を消したようだ。僕の従属ふたりが、その淡い光をなぜか食べようとして、うろちょろしている。
ふふっ、遊んでるのかな?
「一体、これはどういうことだ?」
宿泊施設から、たくさんの人達が顔を出した。あれ? 水辺のお茶会に来ていた貴族は居ないみたいだな。みんな冒険者だ。
「ヴァンか? おまえ、黒服が血だらけじゃないか!」
「だから、回復術か? 何があったんだ?」
山積みのぶどうの前に立つ血だらけの黒服……ちょっとホラーだよな。僕は、スキル『道化師』の着せかえを使って、軽装に着替えた。
「湖で、ちょっとね。もう片付いたから大丈夫だよ」
ラスクさんは、あまり語りたくないらしい。僕も、あまり余裕はないんだよな。この流れで作業を進めてしまいたい。それがわかっているためか、ラスクさんはにこやかに頷いてくれた。
宿泊施設の人達は任せろってことだよね。
ぶどうを覆っていた妙なオーラは消えていった。次は、生育魔法だな。僕には、農家のスキルはないけど、この状態なら、未成熟なぶどうを成熟させることができるはずだ。
復活した巨峰の妖精達もいる。僕は、魔法袋から正方形のゼリー状ポーションを取り出し、彼らの方へ放り投げた。空中でパッと弾けたゼリー状ポーションは、ぶどうの妖精達に吸収された。
ん? なぜ、弾けたんだ?
マルクの方に視線を移すと、ニッと笑っている。マルクが気化させてくれたみたいだな。
『頭のおかしな魔物が来たんだ』
『人間同士の醜い争いらしいぞ。なんとかしてくれよ、ヴァン』
「巨峰の妖精さん、国王様がその件については動いてくださってるよ。これを見て。僕は、このぶどうをこのまま腐らせたくないんだ」
僕がそう話すと、巨峰の妖精は次々と浮かび上がってきた。新たに浮かんだ妖精に向かってゼリー状ポーションを放り投げると、マルクが瞬時に気化してくれる。
ふふっ、マルクが、めちゃくちゃドヤ顔してるよ。
「生育魔法を使いたいんだ。だけど僕には農家のスキルはない。だから、巨峰の妖精さん、チカラを貸してください」
『生育魔法? 木から摘んだぶどうの房を直接、熟させようってことか?』
『ヴァン、そんな魔力は……あぁ、ラフレア様だったな。わかった、俺達がサポートするぜ』
巨峰の妖精に言われて気づいたけど、そういえば、僕は動くラフレアだ。植物系の精霊だとも呼ばれているラフレア。それなら、上手くできるかもしれない。
「じゃあ、いきますよ」
僕はそう言うと、山積みのぶどうに両手をかざし、生育魔法を放った。手に伝わってくる振動がすごい。これは、ぶどうが拒絶しているのか。
だが、巨峰の妖精達が、ふわふわと山積みぶどうの上を舞うと、振動が緩やかになってきた。仕上げにさらに魔力を放つと、山積みぶどうは、ツヤツヤな成熟したぶどうへと変わっていった。
ふぅ、めちゃくちゃ疲れた。
「ヴァン、すごい汗だな」
ラスクさんが、気遣いの言葉をかけてくれた。そして、それと同時に、山積みぶどうを一房つかんで、パクリと食べている。
僕は、木いちごのエリクサーを口に入れた。うん、ガッツリ回復する。二つ技能を使ったからか。
「ヴァン、めちゃくちゃ美味いよ。驚いたな」
「ラスクさん、巨峰の妖精さん達が、チカラを貸してくれたからですよ。みんな、ありがとうございます」
妖精達にそう言うと、彼らは、少し照れたのか変な笑みを浮かべている。でも、彼らの機嫌が直ってよかった。このまま、山積みのぶどうが腐ってしまったら、妖精達も闇堕ちしたと思う。
ほんと、人間の欲のせいで、魔物も妖精も……。一部の人間の邪悪な心が、その他大勢を苦しめるだなんてことを、許してはいけない。
ぶどう農家への襲撃は、中堅のワイン醸造所と貴族が結託しているのだと思う。だから、僕やマルクには解決できないんだ。青ノレアの上位陣なら、影響力のある人が多い。
僕も、まだまだ無力だな。
「ヴァン、どうした? 新しい技能を試すんだろ?」
ラスクさんの声で、僕は、ハッと我に返った。
いつの間にか、山積みぶどうの山が少し低くなっている。ふと見ると、少し離れた場所でフロリスちゃんが水魔法で、ぶどうを洗っているようだ。
フロリスちゃんは、綺麗好きなんだよな。潔癖ともいう。
そんな彼女の前で、待てをしている状態のチビっ子ふたり。食べ物がもらえるなら、チビちゃは、どこにでもついていくのではないだろうか。
マルクの魔道具服が出来たみたいだな。だからチビちゃは、水魔法が派手に飛び散っていても、待っていられるんだ。
「新しい技能だから、失敗するかもしれませんが……」
「ふふっ、もう、食べる分は確保してあるから大丈夫だよ。フロリスさんが、大量に持って行ってしまったね」
「洗ってますね〜」
僕がそう言うと、ラスクさんは彼女達の方を、目を細めて眺めている。
「ほんと、フロリスさんは変なとこだけ、お嬢様なんだよね」
これは、褒めているのだろうか? まぁスルーしておこう。
僕が、山積みぶどうに視線を移すと、ラスクさんはワクワクした表情に変わった。マルクも、いつの間にか近くに来ている。
マルクは、僕が失敗したときのフォローをしてくれるつもりだと思う。僕は、少し落ち着いた。
「じゃあ、始めます」
僕は、ジョブボードを開き、『ソムリエ』のワインの創造に触れた。初めて使うものは、ジョブボードを利用する方が、失敗のリスクを減らせる。
ジョブボードを閉じると、ジョブの印がカッと熱くなった。
うげっ、失敗した?
それと同時に、山積みぶどうが空中に浮かぶ。そして、強い光に包まれた。僕の目には、光の中が見える。
山積みぶどうは、皮ごと一気に圧搾され、赤いぶどうジュースに変わった。そして、頭の中に様々なイメージ像が浮かんでくる。そして、さっき僕が巨峰の妖精から受けた、少し照れ屋なイメージで映像が止まった。
赤いぶどうジュースは、一気に発酵していく。そして、光の中に現れた木の樽の中に入っていった。木樽入りの赤ワインになったのかな?
木の樽が、床に積み上がっていく。そして、かき消されるように光は消えた。
皆様、いつもありがとうございます♪
先月に予告していましたヴァンの空白の二年間のお話を、本日より投稿します。
これからあらすじを考えるので、たぶん、21時は過ぎるかと思いますが、ヴァンの21歳22歳が気になる〜という皆様、覗いていただければ嬉しいです。(*゜ー゜)v




