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531、ボックス山脈 〜魅了を使った時点で

「あたし、ゲナードは殺さないよ! アイツは消滅しないから、殺して悪霊になったら影の世界が大変だもん」


 青い髪の少女は、そう言いつつ、湖だった場所で干からびているレア魔物には、殺意を向けている。人化していても神獣テンウッドの視線は鋭い。睨まれるだけで、クラーケンゴッドは動けなくなっているようだ。



「テンちゃ、氷雪樹林って?」


 そう尋ねると、青い髪の少女は僕の腕の中で震えているチビっ子に視線を移した。テンウッドのせいで外気温が随分と下がったから、ヒート魔法を使っていても、寒いみたいだ。いや、怯えているのか?


「あの魔物を干物にしたのは、チビちゃなの? あともうちょっとで完全に殺せたんじゃない?」


 過激なことを言う氷の神獣テンウッド……。僕の質問は無視かよ。


「チビちゃには、そこまでの力はないよ。フェニックスの変異種の魔石を使い果たしたら、チビちゃの身体が無くなってしまうじゃないか」


主人あるじぃ、フェニックスなら、あたしがいつでも狩ってくるよ?」


 ギラリと目を輝かせる戦闘狂……。統制の神獣が、そんなボックス山脈の生態系を壊すようなことをするなんて、許されることじゃない。


「テンちゃ、強い魔物を殺すと生態系が変わってしまうんだ。だから、ダメだよ」


「ふぅん、でも、あの干物は要らないよね? 狂った獣は排除の対象だもん!」


 青い髪の少女は、再びクラーケンゴッドに殺意を向けてる。


「テンちゃ、あの魔物は、竜神様の子で、何か役割があるみたい。だから、殺しちゃダメだ。もし殺したら、その役割をテンちゃに押し付けられるかもしれないよ?」


 僕がそう言うと、テンウッドはハッとした表情を浮かべた。


「それは困るよ! 冒険者をしないと、かわいい服が買えなくなるもん! あーっ! 忘れてた」


 僕の質問に答えてくれるのかと思ったら、青い髪の少女は、王都専用地区の獣檻の方へと、走り去ってしまった。はぁ、ほんと、自由だよね。何をしに行ったんだ?




「ヴァン、アレはあれでいいのか?」


 ゼクトは、アゴで何かを指している。腕の中のチビっ子が、キュッと僕にしがみつく。えーっと、どういうこと?


「俺は、任せておけばいいと思うけど……」


 同じく意見を求められたマルクは、そう言った。二人は、この場所を襲撃したクラーケンゴッドのことを話している。竜神様の子達が、奴の周りに集まっているからよく見えないが、何か揉めているようだ。


 あっ、チラッと青い髪が見えた。テンウッドが、いつの間にか湖だった場所に移動している!


「もしかして、テンちゃがごちゃごちゃにしてるかな」


「ヴァン、俺達も行くか」


 ゼクトはそう言うと、返事を待たずに、僕達を連れて転移した。珍しいな。あれ!?



 僕が現れたためか、テンウッドは動きを止めた。そして、干からびていたはずのクラーケンゴッドが、ほぼ復活している。


主人あるじぃ、やっぱ、狂った獣は殺すよね? それに、おかしな従属も要らないよね」


「だーかーらー、この子は父さんの言い付けを守ってただけだってば〜」


「テンちゃ、状況を把握しなよ〜」


 竜神様の子達が、緑色の髪の少女を背にかばっている。緑色の髪の少女……マネコンブは、従属にしたときから、テンウッドをめちゃくちゃ恐れていたよな? いま殺意を向けられ、ブルブルと震えている。


 なるほど、だからゼクトはこんな短距離だけど、僕の返事を待たずに転移したんだ。


 テンウッドは、クラーケンゴッドの配下であるマネコンブにも怒りを感じているらしい。検問所では、マネコンブが大量の魔物を率いていたためかな。



「テンちゃ、僕がこの子に命じたんだよ。この場所で倒れた全員に、ゼリー状ポーションを食べさせるように、ってね」


 緑色の髪の少女は、クラーケンゴッドにもポーションを与えたようだ。自分を殺そうとした主人なのに……。


「へ? 主人あるじ、どうして?」


 テンウッドは信じられないという顔をしている。確かに僕も、まさか魔物まで回復するとは思わなかった。この場所を襲撃してきた魔物まで、みんなに配ったみたいだ。しかし、妙だな。なぜ魔物は、こんなにおとなしいんだ?



「魅了か」


 ゼクトがポツリと呟いた。


「ちょっと、ゼクト、どういうこと!」


 僕が尋ねるより前に、テンウッドが反論し、そして、ハッとした表情に変わった。僕とマネコンブを交互に見ている。



「だから魅了使いだよ。マネコンブが、他の種族に擬態するだけなら、あそこまでの統率力を持つのは不自然だと思ったんだ。相手に媚びることで魅了するんだろ」


 媚びることで魅了する?


 そういえば、チビドラゴンにポーションを渡したときに、何か言ってたな。チビドラゴンは、急にマネコンブを褒めてたっけ。魅了されてたのか?



「マネコンブは、こうやって付近の魔物を従えるから、クラーケンゴッドが世話をしているってことか」


 ゼクトがそう言ったけど、それは違う。


「ゼクト、クラーケンゴッドは、マネコンブの世話なんかしてないよ。さっきも、あの子を叩き飛ばしていた。人間に従う愚かな者は要らないって、道具を捨てるように、あの子を傷つけたんだ!」


 僕がそう言うと、緑色の髪の少女は、目に涙をいっぱいにしている。思い出させてしまったか。


「ふぅん、じゃあなぜ、マネコンブは、クラーケンゴッドを回復した?」


 ゼクトは、僕に話しているようで……たぶん、マネコンブに尋ねているんだろう。チラッと、少女に視線を移すと、ポロポロと泣いている。よくわからないけど、怯えていることはわかる。


「にいに、あのこ、やさしいよ」


 僕の腕の中にいるチビっ子が、そっと教えてくれた。僕は、チビちゃに柔らかな笑みを向ける。


「チビちゃも、優しいもんね」


 僕がそう言うと、チビっ子は真っ赤な顔をして、ぽふっと僕の胸に顔をうずめた。ふふっ、かわいい。



「キミは、放っておけなかったんだよね? さっきまでとは違って、キミの主人が明らかに不利になったから……」


 僕がそう言うと、マネコンブは焦ったようにキョロキョロしている。逃げ場所を探しているのかもしれない。僕も恐れられているのか。


 覇王は効いているのだろうけど、マネコンブのこの個体は、やはり洗脳系の術が効きにくい体質のようだ。だから、ゲナードの術もほとんど効いてなかった。


 おそらく少し特殊な個体だ。一般的な魔物よりも、知能が高いのだと思う。だから洗脳が効きにくく、そして自分で考える能力があるんだ。




「チビ、マネっ子は、悪い子じゃないぞ。ケンカは良くないんだぞ」


 チビドラゴンが近寄ってきた。なんか、みんな湖の周りに集まってきたな。フロリスちゃんも、チビドラゴンのすぐ後ろに立っている。


「チビドラゴンさん、わかってるよ。みんな、僕を助けようとして行動してくれてる。ただ、種族が異なると、考え方が違うからね」


 神獣テンウッドの言い分もわかる。僕達を殺そうとしたクラーケンゴッドのことは、当然討伐したいんだ。従属が増えると、その調整が難しいな。


 あっ、そうだ。新たに何かを命じれはいいか。仲良く協力しないと達成できないような命令……。うーむ……。




「ゼクト、マネコンブの魅了って、どんな相手にも効くのかな?」


 僕が突然、話を振ったからか、ゼクトは怪訝な顔をしている。


「自分より格上だと大した影響力は与えられないだろうな。だが、うーむ、なぜ、トラリアまでがおとなしいんだ?」


 ゼクトの視線の先には、検問所でも見たトラリアが居る。獰猛で大型の獣だ。確かに、マネコンブより格上だよな。



「ゼクトさん、マネコンブは、魅了を使った時点での力関係を固定させる特殊能力があるよ。だから、瀕死の相手なら、従えちゃうことができるんだよ」


 竜神様の子の一人が、僕達に向かってそう話した。ポヨンポヨンしていた子が……本当に竜神様に育ってしまったんだと、僕は胸が重苦しくなった。


 スペアであるこの子達が竜神になったということは、僕が、竜神様の誰かを死なせてしまったってことだよな。僕が、姿を借り過ぎたんだ。負担をかけすぎてしまったんだ……。


「ふぅん、瀕死の魔物なら、マネコンブは従えることができるんだな」


 ゼクトは、何か閃いたのか、ニヤッと笑った。


 だけど、僕はその理由を尋ねる気になれない。僕は竜神様を……。



「ほへ? なぜ、爺ちゃんが居るんだ!?」


 チビドラゴンが、首を後ろにひねって叫んだ。あっ、首の後ろに虹色に輝くトカゲがくっついている。



『竜を統べる者!』


 うっ……竜神様が怒ってる。僕の額を悪い汗が流れた。



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