528、ボックス山脈 〜瀕死の負傷
「クッ!」
変化を解除した状態で、僕は吹き飛ばされ、半壊状態の建物に突っ込んだ。その直前、僕の身体はラフレアの根に包まれていた。だが背中を強打したのか、息ができない。
『わ、我が王!』
そんな声が聞こえた直後、口の中に甘さを感じた。正方形のゼリー状ポーションだ。なんとか飲み込むと、やっと呼吸ができるようになった。ポーションって偉大だな。
「はっ、はっ、ありがとう。助かったよ」
緑色の髪の少女は、目に涙を溜めて、もうひとつゼリー状ポーションを差し出した。僕が口を開けると、そっと入れてくれる。2つ目のポーションで、背中の痛みも消えた。2つ必要だったということは、瀕死状態だったか。
起き上がろうと地面に手をつくと、ぬめっとした赤いモノに触れた。背中が何かに引っかかっているようで、身体が動かない。
「ヴァン! ちょ……」
マルクが駆け寄ってきてくれた。そして僕に何かの魔法を使う。重力系の魔法だろうか。
「そのまま、じっとしててよ。引き抜くから」
「へ? うん」
引き抜く?
マルクは、僕を慎重に動かしているみたいだ。また背中が痛くなってきた。背中に触れようとすると、何かに手が触れた。
「ヴァン! 動かないで! 死ぬよ!」
マルクが強い口調でそう怒鳴った。死ぬ? なぜ?
『我が王! 死なないでください!』
緑色の髪の少女が、ポロポロと涙を流している。両手に正方形のゼリー状ポーションを握りしめて、オロオロしているようだ。マルクが少女にも、動かないようにと指示をしたのか。
背中の引っかかりが消えると、ポタポタと地面に何が落ちる音が聞こえる。僕の血か。背中が痺れていて、意識が飛びそうになる。
「お嬢さん、もう動いていいよ。ヴァンにポーションを食べさせてあげて」
マルクがそう言うと、空中に浮かぶ僕の口に、ゼリー状ポーションが、そっと入れられた。背中の違和感はスーッと消えていく。ポーションって、めちゃくちゃ偉大だな。
空中に浮かんでいた僕の身体も、スーッと地面に降りていく。マルクがゆっくりと僕をおろしてくれたようだ。
「ありがとう。もう大丈夫だ。キミに命を助けられたね」
僕がそう言うと、緑色の髪の少女、マネコンブは首を横にふるふると振っている。まだ不安そうに涙を溜めてるんだよな。
「マルク、助かった。これって一体どうなってんだ?」
「ヴァンの背中に、その板が刺さってたよ。ラフレアの根を使ってたんだな。根がなかったら、ヴァンは即死だったかもしれない。まぁ、ラフレアの根で包まれていたから、どんな怪我をしても回復するんだろうけど」
確かにラフレアは、動くラフレアを守る。だけど、しばらく眠ることになっただろう。
「そっか。まさか、あんなタイミングで変化が解除されるとは思わなかった」
僕が立ち上がると、マルクは木いちごのエリクサーを僕の口に放り込んだ。だが、ほとんど何も回復しない。
足元には、血だまりができている。これほどの出血をしたのか。エリクサーを使わなくても、ポーションで体力の回復ができているようだ。
だが、身体の重さは改善されない。出血の後遺症だな。瀕死の状態になったから、か。
「魔力切れになると、変化は維持できないんでしょ」
「マルク、僕の魔力は、ほとんど減ってない。さっき、色がおかしいって言ってたよね?」
「あぁ、なんだか、色がコロコロ変わってたんだ」
もしかして……。僕は、ある可能性に気づき、頭がチリチリしてきた。さっきの機械竜は、竜神様の姿を借りている。その竜神様が死んだなら……いや、まさかね。
ガキッ!
すぐ近くで、何かを弾くような音が聞こえた。
「バリアは、一撃で破壊されるな」
マルクが即座に魔力を放った。クラーケンゴッドの足が、ここまで伸びてきたのか。
僕は再びスキル『道化師』の変化を使おうとした。だが、体内のマナが乱れているのか、上手く発動しない。ジョブボードを出そうと右手の甲のジョブの印に触れると、とんでもなく熱を帯びている。
本能的に、今は何も使えないのだと悟った。
マズイな……。身体は、鉛のように重い。そして、すぐそばにはマルクと、不安そうな表情で僕から離れないマネコンブ。
マルクは、クラーケンゴッドの攻撃を防ぐことに集中している。僕がここにいるためか、次第に攻撃がひどくなってきた。
ゼクトの姿を捜すと、ゼクトも湖畔から少し離れた場所で、座り込んでいる。ゼクトも僕と同じ状態か。バリアを張っても、クラーケンゴッドは一撃でバリアを破る。あのバリアは、魔道具だ。ゼクトも、ジョブボードが使えなくなっているのか。
「おかしい! なぜ、テンウッドが戻って来ないんだ? お気楽うさぎも来ない。それに、フロリスさんとも連絡ができない!」
突然、マルクがそう叫んだ。
「えっ? フロリス様に、何かあったのか。でも王都専用地区には、入ってきてないよね?」
左手につけていた魔道具が反応した。ゼクトとの通信用の魔道具だ。
『ヴァン、生きてるか?』
「あっ! ゼクト、大丈夫だよ。ゼクトの方はマズそうだけど」
『あぁ、深傷を負っちまったからな。エリクサーで回復はしたが、いま、スキルが使えねぇ』
「僕も、ジョブの印がめちゃくちゃ熱くなってる。なぜだろう。どれくらいの時間使えないのかな」
『深傷を負うと命を守るために、スキルは一時的に使えなくなる。マナを集めて即時回復する技能もあるが、これも発動しない。外とのマナの循環を完全に遮断されたから、自然回復を待つしかないな。この場所のマナは、すべて奴に支配されている』
「えっ? クラーケンゴッドが、マナを支配?」
『あぁ、狭い閉鎖空間を作り出して、完全制御するチカラがあるみたいだぜ。人間の魔法を封じるだけじゃなく、本気で殺す気らしいな。回復魔法も、ほとんど使えなくなってるだろ』
「そんな……」
だからマルクは叫んだのか。ゼクトに聞こえるように……。そして、今のこの通信用魔道具も、マルクは別の魔道具を使って傍受している。
バリアを張りつつ、マルクにはかなりの負荷がかかっているようだ。頻繁にエリクサーを食べている。そうか、体内の魔力しか使えないから、魔法を使うときの負荷が大きくなるのか。空気中のマナは、奴に支配されているんだ。
『青いお姉様の声も、さっきから聞こえません。赤い子の声も……』
緑色の髪のマネコンブは、涙を溜めたまま、テンパっているようだ。従属念話まで封じられているのか。
「フロリス様は無事なのかな? 何か、言ってなかった?」
『この場所が何かに覆われて見えなくなったみたいです。お嬢様が駆けつけようとされたけど、進んでも同じ場所に押し返されると、赤い子が、青いお姉様に言っていました』
「完全にこの場所が封鎖されているんだな。外からも入れないし、中からの念話も届かないなんて……」
マルクやゼクトにも伝わるようにそう話すと、マルクの表情に焦りが見えた。完全に、クラーケンゴッドに囚われてしまったんだ。
マルクは、魔法袋をゴソゴソしている。何か打ち破る魔道具を探しているのか。
バキッ!
また、僕達を覆うバリアが叩き壊された。マルクの反応が一瞬、遅れた。バリアを張りなおす前に、もう1本の足が迫ってくる。
僕は、ラフレアの根を使う。
ドッと一気に地面から出して、迫ってくる足に絡み付かせた。ピリッと電撃をくらったような衝撃があるはずだけど、クラーケンゴッドは平気らしい。
わずかに足の軌道を変えることはできた。僕達に直撃することなく、地面をバシッと叩いた。その衝撃が伝わる寸前、マルクは、バリアを張り終えた。
「あ、あぶねぇ」
だが、地面を叩いた足はすぐに、ラフレアの根を引きちぎって空高く振り上げられている。
マルクは、肩で息をしている。かなり疲れているんだ。
バキッ!
再びバリアが砕かれ、その直後、マルクはバリアを張り直したが、すぐに2撃目が来た。さらに、足がもうひとつ見える。
マズイ!
誰か!
そう強く念じたとき……。
バシッ!
奴の足が、バリアではない別のものを叩いた。淡い光に包まれた巨大な緑色の何かが、僕の目の前に現れたんだ。
「ほへ? チビ、どうしたんだ?」
「チビドラゴンさん、よく入って来れたね。誰も入れないのに」
「チビの声が聞こえたぞ。爺ちゃんが何か怒ってたぞ」
あっ、また、足が!
「チビドラゴンさん、危ない! 後ろ見て!」
「ほへ?」
バシッ!
遅かった……。クラーケンゴッドが振り回した足が直撃し、ロックドラゴンは右横に吹き飛ばされた。
日曜日はお休み。
次回は、6月20日(月)に更新予定です。
よろしくお願いします。
あ、あと、ネット小説大賞の一次選考に通過していた2作品ですが、どちらも二次落ちしてしまいました。応援いただいていた皆様、ありがとうございました!(´・д・`)また、次、頑張ります〜




