表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

524/574

524、ボックス山脈の入り口 〜ゲナードの罠

「うぉおぉ〜! ヴァン・ドゥ様!!」


 ボックス山脈の検問所に響き渡る大声で、僕にギルドカードの提示を要求した兵が叫んだ。


 彼は、僕の名前を知っていたみたいだ。検問所の兵は、王宮から派遣されているから当然か。国王様は、まだドゥ教会で神官見習いをしているもんな。



 僕達がいる臨時の検問所だけでなく、一般の検問所に並ぶ人達の視線も、一斉に集めている。すると当然、ザワザワし始めた。


 超有名な極級ハンターのゼクト、そして神矢ハンターとしてめちゃくちゃ人気のファシルド家のフロリスちゃん、さらには氷の神獣テンウッドまでが居るんだからな。


 フェニックスの変異種の魔石を取り込んだ新種の魔物であるチビちゃは、ほとんど知られていない。だからか、僕の娘だと勘違いされているようだ。


 娘のルージュはフラン様に似ているけど、チビちゃは僕に似せて人化している。だから、そう言われることが多い。チビちゃが僕を、にいにと呼ぶのを聞くと、髪にリボンをつけてなくても妹さんですかと言われるんだけど。



「おまえ、新人か? ヴァンの顔を知らないなんて珍しいな」


 ゼクトが変なことを言っている。僕は、あまり顔は知られていない。ドゥ教会のあるデネブや、派遣執事でよく行っているスピカなら、知られているけど。


「えっ? あ、はい、すみません。あの、貴方は……」


「俺は、ただの護衛だ」


「だけど、あの……」


 あちこちから聞こえる声には、ゼクト様〜っという黄色い声も混じっている。よく見ると兵は、僕よりもかなり若そうだ。ゼクトの顔も知らないみたいだな。


「俺らは、水辺のお茶会のミッションを受けてきた。子供二人は、ヴァンの従属だ」


 ゼクトがそう言うと、若い兵はあたふたしている。そうか、お嬢様と呼んだ女の子が従属って言われても混乱するよな。


「あ、あの……」


 なんだか、かわいそうになってきた。ゼクトに目配せをして、僕が口を開く。



「僕達は、ギルドのミッションで来ています。僕は、ルーミント家の派遣執事、この二人は護衛です。こっちの二人は、現地でミッションを受注するつもりのようです」


 そう説明しても、若い兵はオロオロしている。話を聞いてないな。


「もういいだろ。さっさと通せ。集合時間ギリギリだ」


 ゼクトは、ミッションの依頼書をヒラヒラさせて、そう言った。確かに、そろそろ集合時間だ。


「は、はい、あの、はい……」


 完全にテンパっている若い兵に、フロリスちゃんは冷たい視線を向けている。彼女は、こういう所には厳しいんだよな。ゼクトのように怒鳴ったりはしないんだけど。



 グラッ!



 突然、地面が大きく揺れた。この付近には火山はない。地震だろうか。


「あーぁ、なんだ、あれ」


 ゼクトがどこかを見て、ため息をついた。僕にはボックス山脈の結界に阻まれて、何も見えない。兵が慌てて、耳に魔道具を当てている。



「ゼクト、何?」


「俺にもよく見えねぇけど、なんか火柱が立ってるぜ」


 火柱? 魔物と対峙する冒険者の術か。


主人あるじぃ〜、小さな湖の近くにいる人間を魔物が襲ってるよー。美味しそうな食べ物を狙ったのかも〜」


 青い髪の少女は、目をキラキラと輝かせている。


「マズイな。すぐに通してください!」


 僕が、検問所の兵にそう言うと、彼はちょっと待てというように手で合図をした。耳に当てた魔道具から指示が届いているのだろうか。


 ゼクトの方を見ると、フンと鼻を鳴らしている。まぁ、僕達が慌てて行かなくても、ボックス山脈に入ることができるのは、身分に関係なく戦闘力の高い人達だ。焦る必要はないか。



主人あるじぃ〜、あたし、行ってきていい?」


 青い髪の少女は、完全に戦闘狂スイッチが入っているようだ。うずうずワクワクしている。こんな状態のテンウッドを一人で行かせると、やり過ぎるだろうな。


「テンちゃ、決まりは守らなきゃダメだよ。人は、ボックス山脈には検問所から入るんだ。ルールを無視してると、冒険者登録を取り消されるよ?」


 僕がそう言うと、青い髪の少女のうずうずが止まった。


「それは困るわ! 可愛い服を買えなくなっちゃう」


 ふふっ、効果抜群だな。氷の神獣テンウッドは、何かを命じても、自分で納得していないことは、すぐに忘れてしまうらしい。だから、単純に命じても上手くいかないんだよな。


 その点、新種の魔物は、まだ理解力が低いけど、命じたことには絶対に従ってくれる。臆病な性格だから、逆らうという選択肢がないみたいだ。




「緊急事態のため、入山を一時的に制限します!」


 一般の検問所の方では、入り口を封鎖したようだ。こういうことは珍しくはない。だから並んでいた人達は、その場に座り込んでいる。一時的な制限は、何かが片付くとすぐに入山可能になるからだ。



「臨時の検問所の方も、様子見のために制限がかかりました!」


 だが、こちらは、はいそうですかとはいかない。


「おい、ここで足止めをしている間に、先に行った人達が魔物に襲われるかもしれないんだぞ」


「それは、ルーミント家からの指示なのか? おまえらの勝手な判断なのではないか」


 焦った人達、特に冒険者達が騒ぎ始めた。入山できなければ、ミッションは失敗になるから、報酬どころか罰金をくらう。護衛のミッションだからな。



「ヴァン、どうする? 俺だけで様子を見て来ようか」


 ゼクトはそう言うけど、この付近はゲナードのナワバリだ。さすがのゼクトも、完全復活した堕ちた神獣には敵わない。


「ゼクト、僕も行くよ」


 僕がそう言うと、ゼクトはニヤリと笑った。


「ええ〜、主人あるじが行くならあたしも行く〜。楽しそうなのがいっぱいいるもん! 主人あるじだけズルイよ!」


 テンウッドのその言葉に、僕は嫌な予感がした。ラスクさんは、既に前日から行っているはずだ。テンちゃが楽しそうだと言うのは、かなり強い魔物がいるということだ。


「じゃあ、フロリス様は、チビちゃをお願いします」


「ええ〜っ、私も行くわ。ボックス山脈で魔物が暴れると、結界が強化されたりするでしょう?」


 フロリスちゃんは、僕達と離れるのが嫌なんだな。ここにいる方が安全なのに……。


「そうだな。フロリスも行くか。ボックス山脈の結界に閉じ込められると、厄介だ」


 ゼクトは、何を……? あっ、そうか。神獣は、ボックス山脈の結界を自由に出入りできる。僕達が外に出られなくなると、フロリスちゃんをゲナードが襲うかもしれない。


 ゲナードは、天兎のぷぅちゃんを恨んでるからな。その報復に、フロリスちゃんを狙うことがある。いつまでも執念深い。ほんと、陰湿な獣だ。


「わかりました。フロリス様も一緒に行きましょう。ただ、基本的には、チビちゃをお願いします」


「うん、わかってるわ」


 そう言うと、フロリスちゃんは、赤い髪のチビっ子の手を握る。


「あたち、にいにがいい」


 赤い髪のチビっ子は、やはり女性が苦手かな。


「チビちゃ、ヴァンが作ったごはんは、私が持ってるんだよ?」


「ふぁぁ? にいにのごはん、あたち、たべたいの」


「ボックス山脈の、小さな湖のそばで食べましょう。とても綺麗な場所だから、ピクニックには最適よ」


「ぴくにゅ? あたち、するの!」


 フロリスちゃんは、子供の扱いが上手いよな。チビっ子は、フロリスちゃんの手をキュッと握っているようだ。




「うわぁ!」


 臨時の検問所の出入り口付近にいた兵が、突然倒れた。近くにいた冒険者が治癒魔法を使う光が見える。


 なぜ、突然?



「ヴァン、どうやら、みっちり集まってるみたいだ」


 ゼクトは、僕とフロリスちゃんにバリアを張った。フロリスちゃんが何か言おうとして、口を閉ざした。いつもの彼女なら、バリアくらいできると反論する。だが、彼女が使えるバリアとは違う種類のものなのだろう。


「ラフレアが生み出した魔物ですか?」


「それも混ざっているが、大半はもともとの種だな。だが、ちょっと妙だな。テンウッド、動くなよ?」


 今にも駆け出しそうな青い髪の少女は、不満げにゼクトを睨んでいる。


「あたしは、あんたの従属じゃないんだよ!」


「テンちゃ、ボックス山脈では高ランク冒険者の指示は、絶対だよ。従わないと、冒険者登録を消されちゃうよ?」


 僕がそう叱責すると、少女はがくりとうなだれた。



「ゼクト、何が妙なんだ?」


 ゼクトは、何かサーチをしているようだ。しばらくの沈黙の後、大きなため息をついた。


「ゲナードの罠だ。コイツらを殺させたいみたいだぜ」


「殺させたいって……ゲナードに従わない魔物だから?」


「いや、逆だ。ゲナードは悪霊の配下を増やしたいらしい」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ