523、ボックス山脈の入り口 〜水辺のお茶会へ
「ヴァン、俺も水辺のお茶会に行くぜ」
僕が支度を整えているところに、ゼクトがやってきた。屋敷にまで入ってくるのは珍しいな。僕を運んでくれるつもりなのかな。
最近この時間は教会の中庭に、必ず娘のルージュがいる。屋敷から出て行くときに通る花壇付近で、教会に来た子供達と遊んでいるんだ。僕が出掛けようとすると、邪魔されるんだよな。
「ゼクトが、ギルドの警護ミッションを受けたの? 珍しいね〜。あぁ、アレか」
「ククッ、まぁな。あまり過度な期待はしていない。あとで、おまえに付き合うための仕掛けをしておきたいからな」
「仕掛けって何?」
僕がそう尋ねると、ゼクトはチラッと視線を僕の後方に向けた。彼の視線の先には、大きなランチボックスを持ってバタバタしている女子二人がいる。
「神矢ハンターがいるから、今は言えねぇな」
ゼクトがそう言うと、フロリスちゃんがこちらを向いた。そして、ぷくぅっと頬を膨らませている。神矢ハンター同士は、互いにライバル視しているそうだ。
フロリスちゃんは、拗ねて見せているけど、きっと喜んでいるんだよね。ゼクトに、一人前だと認められているということだから。
「これからお茶会なのに、どうしてランチボックスなんだ? フロリスはお嬢様だから、お茶会に参加する権利があるだろ」
ゼクトがそう尋ねると、フロリスちゃんは澄ました顔で口を開く。
「私は、今日は護衛よ。ファシルド家は武闘系ナイトの貴族だもの。危険な場所で、優雅にお茶会なんて気分にはなれないわ」
フロリスちゃんは、神矢ハンターだから、冒険者ギルドからの依頼があったのかもしれない。危険な場所じゃなくても、彼女は気取った集まりを嫌う。貴族同士のドロドロとした付き合いを軽蔑しているみたいだ。
「もうっ、テンちゃ! 今、食べちゃダメでしょ」
僕が教会の使用人の子供達のために作った昼食を、フロリスちゃんとテンちゃが、堂々と盗んでるんだよね。ランチボックスに詰めて、ボックス山脈に持って行くつもりらしい。
「あたちも、にいにのごはん、いっぱいたべたい」
マルクが特別に作ってくれた加熱タイプの服に身を包んだ赤い髪のチビっ子も、そう訴えている。
チビちゃが着ている服は、ドルチェ家の魔道具技術を結集したすごい服なのだそうだ。変化を解除して巨大な鳥の姿になると、服はどこかに収納され、再び人化したときには服を着ている状態になるんだ。
魔道具の服をもらうまでは、魔力で細かな制御ができないチビちゃは、鳥の姿から人化するたびに、スッポンポンになっていた。この鳥の姿も、魔石を取り込んで創り出しているから、服までは無理らしい。鉱物系の魔物だから、余計に難しいのだとゼクトは言っていた。
「チビちゃ、女の子にならないと、お茶会には行けないんだよ?」
はい? テンウッドが変なことを教えている。まぁ確かに、貴族のお茶会は、魔力の高い小さな男の子が行くのは危険だ。絶対に誘拐される。
王都では、男女の産み分けができる薬が、いつからか闇市で取引されているそうだ。そのため、貴族家では女の子ばかりが生まれているらしい。だから、魔力の高い男の子を誘拐する事件が多発している。娘の伴侶候補として、幼い頃から軟禁するそうだ。
この薬の流通は、フリックさんが若くして国王になったせいらしい。いや、前国王が、退位する噂が流れた頃からのことだっけ。
王族との繋がりを期待した貴族達は、女の子を産みたがるから、国王が交代する兆しがあると、怪しげな薬が闇市に出回るそうだ。
国王様が、好きになった人としか結婚はしないと宣言したことで、怪しげな薬の流通は止まったらしいけど。
「チビちゃも護衛をすればいいんだよ! 現地にいけば、いつもニヤニヤしてるオジサンがいるよ。報酬をもらったら、かわいい服をいっぱい買えるよ!」
ニヤニヤしてるオジサンって……ギルマスのことかな? 彼は、いまだにテンちゃとの関わり方がわからないらしい。というか、怯えを隠そうとして変な笑顔を貼り付けてるんだよね。
青い髪の少女は、説得にふさわしくないことを力説しながら、フロリスちゃんを急かしている。チビちゃは、服なんか欲しがらないんだけどな。氷の神獣には、相手の気持ちを察する能力は無いらしい。
「あたち、にいにのごはんをたべるから、おんなのこでいい」
「じゃあ、チビちゃ、変装しよっか」
「うん、へんそ? あたち、するの」
フロリスちゃんの言葉が理解できないチビっ子。だけど、不思議と意思疎通は問題ないようだ。
フロリスちゃんは器用に、チビっ子の肩までの赤い髪をツインテールにくくっている。それだけで、チビちゃは完全に女の子に見えるよな。
「チビちゃ、リボンもつける?」
「フロリスちゃん、あたしも!」
「ふふっ、テンちゃも髪をくくるの?」
「うん! かわいいもん。チビちゃだけずるいの!」
フロリスちゃんは、チビちゃの束ねた髪に赤い小さなリボンをつけている。そして、大きなリボンを持ってジッと待っているテンちゃに、優しい笑みを向けた。
赤い髪のチビっ子は、なぜかボックス山脈には行きたがる。火山流のことをフロリスちゃんから聞いたためだろう。チビちゃにとって燃える川は、温かな温泉なのだろうな。
連れていくには、不安もあるけど……。
ラスクさんが、王都専用地区の『100』地区は、どう対策しても安全ではないから、たくさんの護衛を雇うと言ってたっけ。護衛が多いなら、まぁ大丈夫か。
王都専用地区では、以前は、ボックス山脈から逃げ出した弱い魔物を収監していた。今は、正体不明な魔物が水辺に大量発生しているらしい。
それに堕ちた神獣ゲナードは、その付近をナワバリにしているようだ。
あの場所で水辺のお茶会を開催するのは、国王様からの指示だろうな。これを機に危険な魔物を減らし、王都専用地区からゲナードを追い出したいのだろう。
「さぁ、もう時間だ。行くぜ」
ゼクトがそう言うと、女子二人は、ランチボックスを慌てて魔法袋に入れている。
僕は、スキル『道化師』の着せかえを使って、黒服に着替えた。これ、便利なんだよな。魔法袋に入っていれば、一瞬で着替えができる。
「なんだ、ヴァンは、そっちか」
「うん、ルーミント家の派遣執事だよ」
「マジかよ。引き受けるんじゃなかったな。付近を一緒に回ろうと思ってたのによー」
ふっ、ゼクトは、急に面倒になったらしい。だが、一旦、引き受けたミッションのキャンセルはできない。ゼクトは、Lランク冒険者だからな。
ギルドとしては、主要な戦力が抜けると、ミッション自体の危険性が変わってしまう。だから、よほどの事情がない限り、高ランク冒険者のキャンセルは認めないんだ。
いつものゼクトなら、こんな護衛は絶対に引き受けない、だが、今はボックス山脈の王都専用地区付近には、条件を満たせば、ハンターの神矢が降る。
何かを仕掛けるって言ってたよな? 僕は、あれからスキルは増えていない。だからまだ、あと一つ足りないんだ。期待して楽しみにしておこう。
あっ、超薬草も集めないとな。レアハンターのレベル上げが必要だ。派遣執事だと、大した仕事はない。暇な時間に、ちょっとボックス山脈を散策しようかな。
◇◇◇
ゼクトの転移魔法で、ボックス山脈の王都専用地区に近い検問所に移動した。娘ルージュには、バレないで移動できたようだ。
検問所には、通常の検問所の横に、臨時の検問所が設けられている。王都専用地区で何かをするときにだけ設置される検問所だ。
「あっ! これはこれは〜」
僕達を見つけた検問所の兵がひとり、駆け寄ってきた。通常の検問所は並ぶんだけど、臨時の検問所は並ばない。こんな風に、兵が駆け寄ってきて対応するんだ。
だけど、見たことのない人だ。新人さんだろうか。ゼクトを見てもスルーしている。そして、なぜか僕に話しかけてきた。
「旦那様、ギルドカードか何かをお持ちでしょうか? 護衛は二人ですね。お嬢様方は、その……安全は保証できませんので、あの……」
なんか、盛大に勘違いしている。あぁ、僕が黒服だからか。胸にチーフを入れてないのに、貴族だと勘違いしたらしい。
チラッとゼクトの方を見ると、冷たい視線を兵に向けている。フロリスちゃんも、似たような冷めた視線だ。
「チビちゃ! あたし達、お嬢様だって! かわいくしてきて良かったね!」
青い髪の少女は、お嬢様の意味を勘違いして嬉しそうに飛び跳ねている。
僕は、静かに冒険者カードを提示した。




