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52、商業の街スピカ 〜醜い権力争いの犠牲者

明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします♪ ٩(ˊᗜˋ*)و

「フロリス様、スプーンでくるくると混ぜてお召し上がりください。混ぜると紅茶はだんだん甘くなりますよ」


 僕がそう言うと、フロリスちゃんは不思議そうな顔をしていたが、少しの間の後、スプーンを握った。


 メイドの二人が、あっと小さな声をあげた。


 だが、そこまでだった。フロリスちゃんは、スプーンを握りしめたまま固まっている。うーん、難しいかな? 


「ヴァン、あなたねー、それは、お嬢様に対する態度じゃないわね」


 神官様は、なぜかプリプリと怒っている。あ、彼女の分の紅茶を注ぐのを忘れていた。


「フラン様、すみません、忘れていました」


 そう言って、空のカップに紅茶を注ぎ、彼女の前に置いた。


「どうぞ、お待たせ致しました」


「ちょっと、ヴァン!」


「はい、何でしょう?」


「どうして、私のカップには、花を入れてくれないのかしら? 私は来客よ?」


 いやいや、ちょっと、どういうこと?


「フラン様は、紅茶をストレートでと、おっしゃいませんでした?」


「気が変わったの。それくらい察しなさいよ」


 そんなことを言われても知らないんだけど。僕は、渦巻きクリームを作って、神官様のカップに入れた。


「後から乗せたので、混ざりにくいかもしれません」


「使えないわね、あなた」


 そう言いつつも、神官様は、クルクルと混ぜ始めた。フロリスちゃんから見えやすいように、身体の向きに気をつけているようだ。


 プカプカと浮かぶクリームも、スーッと紅茶に溶けていった。その様子を見て、フロリスちゃんは不思議そうにしている。


 フロリスちゃんのカップを、メイドの二人が混ぜようとすると、神官様はそれを制した。


「ダメよ、貴女達のカップじゃないわ。フロリスちゃんが興味を持っているのよ? 察しなさい」


「失礼いたしました」


 叱られた二人は、そっと離れた。いつも何もかも先回りして、やっていたのだろうか。幼児の世話としては必要なことだけど、この年頃の子の好奇心を奪うのは良くないと思う。


「ヴァン、いつまでクリームを鼻の下につけているの? バカまる出しじゃない」


「すみません」


 僕は、鼻の下のクリームを指で取って、パクリと食べた。あっ、しまった……いつもの癖が。


 すると、それを見ていたフロリスちゃんは、カップに浮かぶクリームをちょんと触り、そのまま指を口に運んだ。


「お花、甘い」


「フロリスちゃん、ヴァンの真似をしちゃダメよ。レディなんだから、はしたないわ」


 神官様がそう言うと、フロリスちゃんは動きを止めた。あーあ、せっかくいい感じだったのにな。


「フロリス様、申し訳ありません。スプーンを使って、同じようにしてみてください。そうすれば、フラン様もぷりぷりされないと思います」


 神官様には、めちゃくちゃ睨まれたけど、何も反論されなかった。フロリスちゃんを怖がらせたという自覚はあるんだね。


 キッカケを作る方がいいかな。フロリスちゃんは、スプーンを持って固まったままだ。


 僕は、渦巻きクリームを少女のカップに追加した。すると、ちょんとスプーンで触れ、パクリと食べてくれた。


「お花が消えちゃった」


「クルクルと混ぜてみてください。ミルクティになります」


 フロリスちゃんは、スプーンを使ってクルクルと上手に混ぜた。三歳にしては器用だな。紅茶もこぼしていない。


「わぁ、上手に混ざりましたよ。フロリス様は手先が器用ですね。ミルクティを飲んでみてください。ちょっと甘すぎるかな」


 少女はなぜか、スプーンですくって飲んでいる。スープと区別ができないのかな。


「フロリスちゃん、紅茶は、こうやっていただくのよ」


 神官様が見本を見せると、少女はその真似をしている。僕の妹よりも圧倒的に賢い。


「上手に飲めますね〜」


 僕がそう言うと、神官様に睨まれた。失言した?


「ヴァン、あなたねー、この子がカップで紅茶を飲めないと、バカにしているの?」


「いえ、とんでもありません。僕の妹なら、ばちゃっとひっくり返してしまうので……」


「は? あなたの妹って、いくつなの?」


「僕とは十歳違いなので、三歳になります」


「あのねー! フロリスちゃんは身体は小さいけど、五歳よ? そんなことも知らなかったの? 確かに三歳で、止まってしまっているけど……」


 えっ? 五歳になんて見えないよ。神官様は、一瞬、辛そうな表情を浮かべた。そうか、そういうことなんだ。料理人の話とも一致する。


 三歳で、母親を亡くしたんだ……。つらい思いをして、フロリスちゃんは、まだ立ち直れていないのか。




「ヴァン、ちょっと、こっちに来なさい」


 神官様は、僕をミニキッチンへと引っ張っていった。何をする気なんだ? すると、彼女は小声で話し始めた。


「あの子の母親のことは、バトラーから聞いたわね?」


「はい、亡くなったんですね」


「貴族の家はね、使えない駒は捨てるのよ」


「どういうことですか」


「この家はナイトの貴族よ。だから、弱い子はいらないの。普通の女の子なら、どこかへ嫁に出すんでしょうけど、フロリスは心の病気よ。恥になるから嫁にも出せない」


「まだ五歳ですよ?」


「もう五歳なのよ。だからこれが、ラストチャンスだと言われたわ。考えられる手は尽くしたの。だけど、あの子の心は壊れたままだわ。ヴァンがなんとかできないなら、あの子は捨てられる」


「捨てられるって、どこかに隠されるのですか」


 そう尋ねると、神官様は首を横に振った。


「あの子の母親と同じように、殺されるわ」


「えっ!? 旦那様が?」


「それはない。この家の主人は、脳筋だけど情はある。自分の娘を殺したりはしないわ。他の女達よ。サラおばさんは、ずっと子供ができなくてね。やっと生まれた子が、女の子だったから、事故を装って殺されたのよ」


「いや、魔物に襲撃されたのでは?」


「ええ、そうよ。魔物のすみかへ、馬車ごと落とされたのよ」


「信じられません……」


「貴族とは、そういう人種よ。女達は、醜い権力争いをしているわ。サラおばさんは美しい人だったから、妬まれ、標的にされたのよ」


 マルクの兄さんの話より酷い。そうか、マルクはチカラがあるから、どこかへ軟禁される程度で済むのか。武術系の貴族は、チカラこそすべてというような野蛮な特徴がある。だから、余計に酷いんだ。


「フラン様、僕はどうすれば?」


「とにかく、どこかに嫁がせることができるようになればいいの。そうすれば家の役に立つから。あなた、超級薬師でしょ」


「心の病気を治せと? 二週間ではさすがに……」


「それ以上長いと、あなたが殺されるわ。力を示さないと、すぐに消される。ボックス山脈よりも、この家は過酷よ」


「えっ……」


「話しすぎたわね。だけど気をつけなさい。私がいないときは特に、屋敷の中でも簡単に使用人は消えるわ」


 命を狙われる? ちょ……。僕は、すぐに自分の家に帰りたくなった。神官様に、はめられたんだ。こんな、とんでもない屋敷に……。


「この話をすると、たいていの人はペナルティ覚悟で逃げ出すわ。だから、話さない。話さなくても三日ともたないんだけど」


「じゃあ、なぜ話したんですか」


「言ったでしょ? ラストチャンスなのよ。フロリスが五歳になるまでに何とかしたかったのに、どんな冒険者にも出来なかった」


 あ、だから、彼女は冒険者に力をいれていたのか。バトラーさんは、彼女が魔物を討伐することに熱中しているって言っていたけど、人を探していたんだ。


 僕が逃げ出すと……。ちょ、これって強迫じゃないか。


「フラン様、僕は貴族の作法はわかりません。でも、二週間しかないなら……僕が思うように、やってみて構いませんか」


「へぇ、逃げないのね」


「逃げられないように、強迫しているじゃないですか」


 僕がそう反論すると、神官様は片眉を上げた。


「ヴァンが超級薬師だと念押しをしておいたけど、屋敷内でも下手すりゃ殺されるわよ?」


「戦場だと思えと、アドバイスをいただいています」


「ふふっ、いい目ね」


 そう言うと、彼女はまた、僕の唇をさらった。


 この意味がわからない。気軽な挨拶のつもりなら、やめてほしい。僕は、思いっきり勘違いしそうになっているんだ。


 固まっている僕を置いて、彼女はリビングへ戻っていった。頬が熱い。ポーカーフェイスが解けてしまったか。



「二人に言っておくわ。ヴァンには、物置部屋を使わせるから、寝具の用意をしておいて」


 遠くで、神官様が何か言ってる。


「じゃないと、今夜にでも、消されちゃうでしょ」


 バトラーさんに案内された部屋で寝るわけにはいかないんだ。嫌な汗が出てきた。



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