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517、黒石峠への道 〜動く火山

「あっ! 噴火だよ。ヴァン、大変! 山が動くよ!」


 突き上げるような地震の原因は、やはりそうか。ボックス山脈からの火山流……いやボックス山脈から出てきた後は動かないから、火砕流か溶岩流と呼ぶべきか。


 ボックス山脈では、火山が燃える川によって流れていくことがあるんだ。広範囲が溶岩の海になってしまうためらしい。噴火しながら山が動くなんて、実際に見るまでは悪い冗談だと思っていたけど。


 噴火のたびに地形が大きく変わるから、火山流に遭遇したら、生きて帰ることはできないと言われていた。あの光景を思い出すだけでも、背筋が凍る。



「フロリス様、ここはボックス山脈じゃないから、山は動きませんよ。商業の街スピカの近くだと思うので、ちょっと見てきます」


「私も行くわ!」


 フロリスちゃんが名乗り出てくれたけど、当然、却下だ。


「夜も遅くなってきましたから、フロリス様はスピカの屋敷にお戻りください。薬師さんの護衛で、ここまで来られたのでしょう?」


 僕がそう指摘すると、彼女はハッとした表情を浮かべた。これは、忘れてた顔だな。


「でもヴァンは、結界を張れないでしょう?」


 フロリスちゃんは、心配そうだ。


「大丈夫ですよ。ブラビィもいますから。それにスピカにこそ、結界バリアが必要になるかもしれません」


 僕がそう言うと、ブラビィは面倒くさそうな顔をしている。この顔は来ないな。まぁ、いっか。


「むぅ〜、わかったよ。薬師さん、帰ろう。ヴァン、無理しちゃダメだよっ!」


 フロリスちゃんは、転移の魔道具を取り出した。彼女自身で転移もできるはずだけど、ラフレアの森だからか。ぷぅちゃんも、転移魔法を使えるはずなのに、フロリスちゃんの手を握っている。


 まぁ、ぷぅ太郎は、こういう奴だ。


 三人は、転移の魔道具を使って、戻っていった。その直後、ファシルド家の執事バトラーさんから、呼び出しの魔道具経由で、無事に戻ったという連絡を受けた。律儀な人なんだよね。




 僕は、スキル『道化師』の変化へんげを使って、大型の鳥に姿を変えた。


「あたしも行く〜!」


 青い髪の少女が、僕の手というか脚にへばりついてきた。空を飛びたいだけだろうけど……。


「ちょ、テンちゃは、あの新種の魔物を見張っててよ」


「はぁ〜? そんなの、お気楽うさぎの仕事じゃない。寒がる魔物に、あたしはいらないでしょ」


 まぁ確かに、氷の神獣テンウッドよりも、ブラビィの方がいいか。褐色の鳥は、今は眠っているようだ。フェニックスの変異種の魔石を取り込み、完全に支配しているみたいだな。


 ということは、赤い液体のように見える新種の魔物は、フェニックスよりも強いということだろうか。鉱物系の魔物だと思うけど、あまりにも危険な個体だ。


 ここに置いておくと、ラフレアの森を焼き払うんじゃないかと心配になる。近いうちにボックス山脈に連れて行こう。


「ブラビィ、あとは頼むね」


 僕は、反論しようとする聖天使に背を向けて、空へと飛び立った。



 ◇◇◇



 商業の街スピカから黒石峠に向かう高台には、たくさんの人達が集まっていた。真っ暗な平原を、猛烈なスピードで迫り来るオレンジ色の光を見るために、野次馬が集まっているらしい。


 夜だと火山の状態がよくわかる。サラサラとした粘度の低い溶岩だから、オレンジ色の大河が押し寄せて来るように見える。そのため、集まった人達が恐怖で騒いでいるんだよな。


 ちょっとマズイ集団心理だ。怯える心は、闇に紛れる妙な魔物を引き寄せてしまう。


 僕は、たくさんの人が集まる高台に降りて、変化へんげを解除した。




「あっ! ヴァンか? テンちゃも一緒なんだな」


 顔見知りの冒険者が、ホッとした表情で話しかけてきた。


「おーい、みんな、もう大丈夫だぞ! ヴァンが来た。それに、神獣テンウッドも一緒だ!」


 別の誰かがそう叫んだが、オレンジ色の光の恐怖でパニックになっている人達には聞こえないらしい。


 マズイな。黒石峠には影の世界からの出入り口がある。エサが集まっていると感じたのか、悪霊が出て来る気配がする。



主人あるじぃ、どうするの〜?」


「テンちゃ、あの溶岩流を凍らせることはできる?」


 僕がオレンジ色の光を指差すと、テンちゃは、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべた。ちょ、嫌な予感がするんだけど。


主人あるじぃ、あの中で泳いでる奴は、殴っていいの?」


「ボックス山脈の魔物かな?」


「わかんな〜い。泳いでるからこっちにくるんだよ!」


 溶岩流を誘導している魔物がいるのか?


「テンちゃに任せる。でも、この世界を壊さないでよ? スピカが寒くなるのも困るからね。できる?」


「あたし、できるよ! キャハハ、行ってくる〜!」


 テンちゃは、青く輝く神獣の姿に変わると、目をキラキラさせて夜空を駆けて行った。戦闘狂だよね、ほんと。




「皆さん、神獣テンウッドを向かわせましたから、大丈夫です。落ち着いてください!」


 僕がそう叫んでも、騒ぎにかき消される。


 顔見知りの冒険者達も、黒石峠からの悪霊に気づき、騒ぎを収めようとしてくれている。だけど、悪霊という言葉を聞き、さらにパニック状態だ。


 仕方ないな。


 誰か、暇な精霊様、いらっしゃいませんか? 


 僕がそう呼びかけると、六精霊全員の反応があった。その中で、最適だと彼らが選んだ精霊の力を借りる。



『光の精霊、憑依!』


 僕の身体は、光の精霊様の姿に変わった。とは言っても、背は変わらない。あ、いや、光の精霊様はチビっ子だから、背もこんなものだけど。


『ちょっと、ヴァン! かわいく喋りなさいよっ!』


 まだ何も喋ってないのに……。光の精霊様が喋ると憑依が不安定になって揺れる。


 その光の揺らぎで、集まった人達の注意が僕に向いた。



『皆さん、大丈夫ですから、落ち着いてください』


 精霊憑依を使っているときは、話し言葉は念話になる。だから、声が聞こえないような場所にいる人にも、キチンと届くんだ。


 人々の視線が僕に集まり始めた。背丈から判断できないから、本物の光の精霊様なのかと、ザワザワし始めている。


『ヴァン、かわいく話しなさいって言ってるでしょ!』


 光の精霊様が文句を言ったことで、憑依が揺れる。憑依中の精霊の言葉は僕にしか聞こえない。だけど結果的に、憑依が不安定に揺れたことで、光の精霊様の姿が、精霊憑依によるものだと伝わることになった。



「ヴァンさん、なのか?」


『はい、ヴァンです。あの溶岩流へは、神獣テンウッドが向かいましたから、心配はいりませんよ』


『ヴァン、かわいくなーいっ!』


 光の精霊様が叫ぶと、憑依が揺れる。あー、マズイな。悪霊達が、チカラのない光の精霊だと思ったのか、僕を無視して付近を彷徨さまよい始めた。


 はぁ、仕方ないな。


『光の精霊様に叱られるので話し方を変えますねっ』


 キャピッとした神官様をイメージして話すと、光の精霊様の満足げな気配を感じた。はぁ、ったく。



 迫り来るオレンジ色の光が止まったようだ。


 氷の神獣テンウッドは……溶岩流の中に突っ込んでいってる。熱くないのだろうか? ぴょんぴょんと飛び跳ねるように見えるのは、何かを追いかけているのだろう。


 まぁ、火山は任せておけばいいか。光の精霊様の憑依を使っているためか、テンちゃの感情まで伝わってくる。あの戦闘狂は、溶岩流の中でも、楽しくてたまらないらしい。



「ヴァンさん、なぜ、あんなオレンジ色の光が……」


『ボックス山脈で起こった火山流のせいで、ボックス山脈の神の結界を越えて、こちら側に火山が押し流されてきていたんだよっ。その火山が噴火したんだぁ〜』


 恥ずかしい話し方だが、仕方ない。


「ボックス山脈の結界を越えてきたんですか!?」


『うん、そうだよ〜っ。ボックス山脈の結界は、命あるモノの行き来を封じてるの。だから、火山は対象外みたい。ボックス山脈から脱出しようとした魔物のせいかも』


 光の精霊様、もう話し方を戻してもいいですよね? あっ、憑依を揺らさないでくださいよ。悪霊がこの付近を徘徊してますから。



『やだよっ! もうっ、それならあたしがやるっ』


 そう叫ぶと、光の精霊様は僕の身体からスルリと抜け出した。



『じゃじゃーん! リーダー参上だよっ! あっ、あたしを召喚してないじゃん、ヴァン!』


 勝手に出てきたじゃないですか。


「光の精霊様、お一人だから、リーダーじゃないですよ?」


『うわぁん! もう一回、やり直しだよっ』


 バタバタと慌てて、光の精霊様が消えた。はぁ……悪霊達が調子に乗って、誰かに入り込もうと物色を始めたようだ。



『ヴァン、早く早く!』


 もういらないんだけどな……。



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