514、ラフレアの森 〜赤い液体のような魔物
「ちょっと、ヴァン! ぷぅちゃんに何をしてるの!」
フロリスちゃんの悲痛な叫び声を、獣人の少年が制した。僕が毒薬を頭からぶっかけたことで、ぷぅちゃんの顔も赤く腫れたようだ。
だが、これでいい。飲ませるよりは圧倒的に彼へのダメージは少ない。
「フロリス様、ぷぅちゃんにも、あの赤い血のようモノが入ったみたいなんです」
「えっ!? あ、足元!」
僕が毒薬をぶっかけたことで、ぷぅちゃんの中に入り込んでいた赤い液体が、彼の足元に出てきたようだ。だけど、まだ残っているのか、ぷぅちゃんは胸を押さえている。
フロリスちゃんは聖魔法を使い、ぷぅちゃんを浄化していく。だけど、毒薬が洗い流されただけだ。
足元に出てきていた赤い血のような液体が、再びぷぅちゃんの身体に吸い込まれた。赤い液体には、聖魔法は効かないらしい。
「フロリスちゃん、ダメだ。オレが乗っ取られる。ヴァン!」
僕が再び毒薬を作ると、ぷぅちゃんは、顔をつけて飲んでいる。ゲホゲホと苦しそうにむせたが、彼は、手で大丈夫の合図をした。
ブラビィ、この赤い血のような液体は、何?
『よくわからねーな。ただ、獣が吸収すると乗っ取られるみてーだな。木に吸収されると、木を発酵させて強烈なニオイを放つ』
生臭いニオイがするよ。
『いや、それは、小型の魔物の血の臭いだろ? たぶん、人間には気づかないニオイだ。獣だけを集めている。性悪うさぎでさえ、そのニオイには抗えないみたいだぜ』
ニオイで集めてるの? 草食の小型の魔物がアレを舐めたあとに共喰いを始めたんだけど。
『獣を経由して、その液体は集まっているみたいだな。液体なのに土に染み込まないなんてありえねー。その意思を持つ液体は、新種の魔物みてーだな』
液体の魔物……。ラフレアの森を腐らせる気かな?
『まぁ、木々を腐らせて獣を集めているからな。土に染み込まないなら、株までは辿り着かないはずだぜ。それよりも問題は、獣の方だ』
ブラビィは、上空を旋回しているように見える。ブラビィが降りてこないのは、乗っ取られる危険があるからか。
「ヴァン、その毒薬はオレに寄越せ。そして新たに大量に作って、ラフレアの森全体に散布しろ」
ぷぅちゃんが無茶苦茶なことを言っている。
「ぷぅちゃん、これは、超薬草から作った強い毒薬だよ。ラフレアの森に撒いたら、木々にも他の魔物にも、人間にまで被害が出る」
「ラフレアの森にいるのは冒険者ばかりだろ。おい、おまえ、人間用の中和薬を作って撒け」
ぷぅちゃんは、ファシルド家の薬師の男性にも、指示している。だが、うん、それは良いかもしれない。
「いや、俺にはヴァンさんほどの力はありませんよ。薬師といっても上級ですから……」
彼は、気の毒なくらい怯えている。
「薬師さん、大丈夫ですよ。僕が毒薬と解毒薬を撒くより、手分けする方がいいです」
「俺は、超薬草は上手く扱えなくて……半分以上失敗します」
確かに、僕がよく使う新薬の創造は、『薬師』超級の技能だ。だから上級なら、状況に合わせた解毒薬は難しい。
僕は、手に浮かべていた毒薬をぷぅちゃんに渡した。そして、薬草から弱い解毒薬を作り、薬師の男性に渡した。
「薬師さん、これなら可能ですか」
彼は、僕から解毒薬を受け取り、薬師の目を使って成分を調べている。そして、大きく目を見開いた。
「薬草を二種類と、その毒薬をわずかに使うのですね! これなら、作れます!」
ふふっ、よかった。自信の無さは、調薬の失敗リスクを高めてしまうからな。
「ぷぅちゃんが毒薬をずっと手に浮かべているので、これを利用してください。僕が毒薬を撒いたら、少し時間が経ってからお願いします。空気中に漂う毒薬を、必要な場所に届く前に消さないように」
僕がそう説明すると、薬師の男性は何度も頷いた。まぁ、直後に撒かれたとしても、毒薬は中和されないんだけどね。解毒薬は弱いから、撒いた意味がなくなるだけだ。
「薬師さん、ヴァンの毒薬を消しちゃダメだよ?」
フロリスちゃんがダメ押しをしてくれた。
「お嬢様、俺は調合スピードが遅いので、ご心配にはおよびません」
「いつもより、ゆっくり調合しなさい。貴方の術は、ヴァンの毒薬を消しちゃうわ」
「はい! かしこまりました!」
フロリスちゃんは、無意識に彼を褒めている。ふふっ、薬師の男性は、お嬢様から認められているとわかり、その表情に落ち着きを取り戻している。
「テンちゃ、まだ待つの?」
青く輝く神獣は、まだジッとしていて動かない。
「ぷぅ太郎の中に、まだ居るから。全部まとまってからにしないと、ぶちゃってなるの」
うん? 液体なのに、1体の魔物なのか? テンウッドは、さっきから、この魔物を相手にしている。効果的な倒し方がわかっているのかもしれない。
「全部集まったらどうなるの?」
「ちょっとだけマシになるよ!」
戦闘狂発言だ……。
「液体なら、凍らせたら?」
「軽い冷気だと凍らないもん。でも、がっつり冷気にしちゃダメってラフレアが言ってる。この世界が凍てつくから、結界を破って王都の人間が全滅するって!」
ちょ、神獣テンウッドは、ボックス山脈と同じ神の結界を破るのか……。
「そっか、でも、どうやって倒すの?」
「わかんな〜い! たぶんゲナードと一緒だよ! ボッコボコにしないと、どんどん増えるの」
うん? どういうことだ? まとまろうとしている液体の魔物が増えるのか?
バシャっと、ぷぅちゃんが毒薬を頭からかぶった。薬師の男性に意地悪をしたのか? 僕は、もう一度毒薬を作り、ぷぅちゃんに手渡す。
「もう、いらねー。オレは完全復活だ!」
ぷぅちゃんの足元で、赤い液体の水たまりができている。身体の中から出て行ったのか。
「ぷぅちゃん、とりあえず持ってよ。また、入られるかもしれないでしょう」
僕がそう言うと、獣人の少年は舌打ちをして、そっぽを向いている。いつまで反抗期なんだ?
「私が持つよ。でも、あまり長い時間は持てないよ」
そう言いつつ、フロリスちゃんが手を出すと、ぷぅちゃんは僕の手から毒薬を奪い取った。
「フロリスちゃんが持つと、毒にやられるぞ!」
「だって、ぷぅちゃんが持てないなら、私が持つしかないじゃない。私、あまり物質浮遊は得意じゃないんだけどね」
「フロリスちゃんは、そんなことしなくていいんだ!」
そこは、謝るところだと思うけど……ぷぅちゃんはプライドが高いんだよな。最近、フロリスちゃんは、ぷぅちゃんの扱い方を、たまにこんな風に変えている。以前は、叱ったり命じたりしていたのにな。
フロリスちゃんの好奇心なのか、成長の証なのかはよくわからない。だけど、二人が良い関係なのは変わらない。
僕は、ぷぅちゃんの足元で動きを止めている赤い液体を、薬師の目を使って注意深くみていく。
スライム状になっているわけではない。サラサラとした液体だ。ただ、ぷぅちゃんがかぶった毒薬によって、一時的な睡眠状態にあるようだ。
この赤い液体の魔物を分解するための薬を、僕は薬師の知識をフルに使って考える。血に見えるけど、血液ではない。それに、魔物だと言ってみたけど、魔物というより精霊に近いか。
液体だけど、おそらく水とは混ざらない。何も吸収しないんだ。だから、毒があまり効かないのか。
さっき、ぷぅちゃんの身体を調べたときには、何の異常も見つけられなかった。獣の身体に入ると、この液体はその獣自身になるのかもしれない。精霊憑依と似た現象だ。
野生の小型の魔物が、そろそろと近寄ってきた。この睡眠状態の赤い液体を回収しに来たのか。
「あんた達、離れなさい! 全部集まらないと、ぶにゅってなるの!」
青く輝く神獣がそう言っても、ぷぅちゃんは動かない。仲が悪いんだよな。薬師の男性は、ビビってすぐに離れた。フロリスちゃんは、剣を構えている。
「フロリス、剣で斬ると、ぶしゃぁぁってなるから服が汚れるよ! その血を浴びると、ぷぅ太郎は乗っ取られる」
「えっ? テンちゃ、だから、この魔物ってこんなに赤いの?」
「わかんないけど、ぶしゃぁぁって、あっちの木くらいまで飛んでくの」
液体が詰まっただけの状態か? いや、違う。小型の魔物の皮膚は赤く染まっているけど、身体の中には、もう液体は無い。
僕は、薬師の目を使って、小型の魔物を調べていく。だが、吸い込まれたはずの赤い液体は、跡形もなく消えたように見える。
一体、どうなってるんだ!?
『ヴァン、その魔物に変化してみれば?』
お気楽うさぎが、突飛なことを提案してきた。




