513、ラフレアの森 〜血のような何か
次は、僕の仕事だな。
魔法袋から超薬草を取り出し、スキル『薬師』の新薬の創造を使って、木々を腐らせている魔物の血を中和する薬を作る。そして、付近に風魔法を使って散布した。
青い髪の少女が派手に散らかした魔物の血は、付近の木々だけを腐らせていた。これで毒となる成分は中和できたはずだ。腐った木々は元に戻せないけど、ここはラフレアの森だ。きっと数日で、元に戻る。
「魔物の血の毒は、中和できたかな。テンちゃ、なぜ、こんなことになったんだ?」
新たに生まれた魔物がどんなモノだったのか、元の姿がわからないほどに、ズタズタに引き裂かれていた。普段なら、青い髪の少女は、人間の姿を維持したままで戦っている。だが、衣服が汚れていないことから、本来の獣の姿で戦ったのだと予想できる。
「うんー? だって、倒しても増えるんだもん」
増える?
「ヴァン、いま、聖魔法で浄化したけど、1体じゃなかったよ。魂は、26個あったの。なんだかおかしいよね? しかも、種族の情報もおかしかった。テンちゃと戦ったからかな」
フロリスちゃんが、妙なことを言っている。だけど、さっき、テンウッドが押さえつけていたバケモノは、1体に見えた。
「フロリス様、種族の情報は、未知の魔物じゃなかったんですか」
「うーん、未知の魔物だったからかな? 種族の情報が無かったの。テンちゃが、潰しちゃったのかも」
テンウッドが種族の存在自体を消した? 神獣にそんな能力なんて、あったっけ?
僕は、青い髪の少女の方を向く。相手が弱かったためか、なんだかスッキリしない表情をしている。
「テンちゃ、どんな魔物だった?」
「弱かったよ〜、つまんなかったよ、主人ぃ」
上手く説明はできないらしい。まぁ、いっか。とりあえず、倒してくれたし。
いま、ラフレアが次々と新たなモノを生み出しているのは、二年ちょっと前の、神獣ゲナード討伐戦に起因する。ゲナードからチカラを奪うために、僕はラフレアの花を利用したんだ。
おそらく、それを想定してラフレアは、あんなに大量のつぼみをつくっていたのだと思う。
僕を助けて戦ってくれた竜神様も、僕のやったことに、何も非難はしなかった。甘いと言われたあの言葉も、あのときの僕には、褒め言葉だと感じた。
ラフレアは昔、神が、氷の神獣テンウッドから奪ったエネルギーから生まれたようだ。この世界のマナの汚れを浄化する役割を、ラフレアは担っている。
人間は、ラフレアの花を怖れ、一方でラフレアハンターというスキルも存在する。何モノかが突出したチカラを持つことを、神は危険だと考えているようだ。その絶妙なバランスの上に、この世界は成り立っている。
そう考えたいのは、僕の言い訳だろうか。
僕は、正直なところ、迷っている。二年前のあの判断が、本当に正しかったのか……。
「ヴァン、また、魔道具が反応しなくなったよ」
フロリスちゃんの言葉に、僕は、頭がチリチリするのを感じた。ラフレアが、再び森を閉鎖したんだ。
「また、ヤバイ魔物が生まれたんじゃねーのか」
いつの間にか転移して来ていた獣人の少年。ファシルド家の薬師の男性も、忘れずに一緒に連れてきたようだ。
天兎のぷぅちゃんは、腕を組んで神経質そうな表情で、辺りを見回している。珍しくフロリスちゃんには近寄らない。焦りか怖れを感じているのか、彼女を巻き込まないように距離を取っているように見える。
「それはないよ。いや、そうかも」
僕の返事に、ぷぅちゃんは思いっきりバカにするような表情を浮かべて見せた。そう、見せているだけだ。
ぷぅちゃんの様子が明らかにおかしい。警戒感が半端ない。
「主人ぃ、また増えた」
青い髪の少女は、青く輝く神獣に姿を変えた。
暗い夜でも、テンウッドの放つ輝きで、フロリスちゃんの顔が青いことに気づいた。光の加減ではない。その表情からは血の気が引いているのだ。
「えっ? 私、浄化を失敗したのかな」
神獣テンウッドの輝きに照らされて、血に見えていたモノが、もぞもぞと動き出していることがわかる。
何なんだ? 生きている血? 液体の魔物?
「フロリス様、テンちゃは増えたって言ったから、失敗ではないと思います。失敗したのは、僕の方かもしれない」
そう口に出してみて、それが正しいことを察した。僕が、木々を腐らせた血の中に含まれる毒を消したことで、血のような何かが活動を再開したのだ。
「テンちゃ、どんな魔物だった? 思い出して!」
僕はそう言いつつ、魔法袋から超薬草を取り出した。さっき、作った中和薬を再び作る。そして、それを反転させ、毒薬を創造した。
「弱かったよ〜。よくわかんない。あっ、あんな感じ!」
神獣テンウッドが視線を向けた先には、ラフレアの森に以前から生息している小型の魔物がいた。ビードロよりもさらに小さな草食の魔物だ。
その魔物は、腐った木々に引き寄せられるように近寄っていく。だが、おかしいな。あの魔物は夜行性だったっけ?
「クッ……くそっ」
天兎のぷぅちゃんが、胸を押さえて苦しげに表情を歪めている。そういえば、さっきから様子がおかしい。薬師の目を使って診てみても、胸に異常はない。
「ぷぅちゃん、どうしたの!?」
フロリスちゃんが慌てて駆け寄ろうとするのを、彼は制した。
「フロリスちゃん、来ちゃだめだ!」
「だって、ぷぅちゃん、苦しそう……。あっ、ヴァンが手に毒薬を持ってるから?」
フロリスちゃんは、僕にサーチの光を当てた。凄いな、毒薬だとすぐに調べられるんだ。
「違う、あの赤いやつ……」
そう言いつつ、ぷぅちゃんは、僕が手の上に浮かべている毒薬に、片手を突っ込んだ。
「ぷぅちゃん、何してるんだよ! これは、さっきの中和薬を反転させた毒薬だよ!」
天兎のハンターは、この程度では平気なのかもしれないけど、毒薬に触れた手は、赤く変色している。
「ふん、少し落ち着いた」
そう言いつつ、手を舐めている。はい? 毒薬を舐めた?
「主人ぃ、また、元に戻るみたい!」
神獣テンウッドの視線の先には、さっきの小型の魔物がいる。しかも、数体集まってきたのか。どの個体も、腐った木々を舐めている。
「テンちゃ、これ、どういう状況?」
「わかんな〜い。弱いから、つまんないんだよね!」
小型の魔物は、徐々に赤く血の色に変化し始めた。いや、あの魔物に、赤い血のような液体が吸い寄せられていくのか。
地面に落ちた血のような液体は、土には吸収されないようだ。草にも吸収されない。あの液体が通った木の根は、一瞬で腐るようだ。
ラフレアを……殺す液体の魔物なのか?
神獣テンウッドは、ジッとしていて動かない。何かを待っているようにも感じる。
「テンちゃ、あの赤い血みたいなのは何?」
「わかんな〜い。でも、今はまだ、ぶちょってなるの。ひとつにまとまったら、ちょっとはマシなの」
ひとつにまとまる? それを待っているのか。
あちこちに散らばっていた血のような何かは、小型の魔物数体へと集まっていく。近くの地面を流れていくときには、ぷぅちゃんは苦しそうに胸を押さえた。
「ぷぅちゃん、痛いの?」
フロリスちゃんがそう叫ぶと、獣人の少年は首を横に振る。そして、また、僕が浮かべている毒薬に、片手を突っ込んだ。まさか……。
ブラビィ! 聞こえる?
『あぁ? 何か用?』
ぷぅちゃんがなぜ苦しそうなのか、教えて。対処ができない。それに、テンちゃがまとまるまで動かない気なんだけど……。
『はぁ? 何してんだ? ラフレアの森は、ボックス山脈と同じ神の結界で覆われてんぞ。ちょっと待て』
えっ? ボックス山脈と同じ結界?
上空に、ブラビィの気配を感じた。夜空に、白っぽい光だけが見える。聖天使の姿で来たみたいだな。
だけど、結界が邪魔なのか、ブラビィは降りてこない。
「ヴァン、何か、狂ったみたい」
フロリスちゃんが、さっきの小型の魔物を指差している。だが、完全に顔は僕の方を見ている。あの光景は、見ていられないのだろう。
小型の魔物は、突然、共喰いを始めたようだ。
だが、狂った様子はない。まるで、ひとつの身体にまとまろうとしているかのように、ガジガジとかじっている。かじられる方も抵抗はしない。
ぷんと生臭いニオイが広がる。
小型の魔物から流れ出た血は、生き残っている魔物へと吸収されていく。
また、ぷぅちゃんが毒薬に手を突っ込んだ。もしかして……。
『ヴァン、その毒薬を性悪うさぎに飲ませろ』
ブラビィからの念話が届くと同時に、僕はぷぅちゃんの頭に毒薬をぶっかけた。




