511、自由の町デネブ 〜嫌な伝言
情報交換が終わると、ゼクトはオールスさんと一緒に帰っていった。去り際にオールスさんは、嫌な伝言を残していった。
「ヴァン、貴族達が近いうちにボックス山脈の王都専用地区で、水辺のお茶会をやるらしいぜ。ルーミント家から俺に護衛依頼が来たが、おまえが空いている日に設定すると言っておけってさ」
ルーミント家って、ラスクさんのことだよな。当主である奥様からの依頼かもしれないけど。
水辺のお茶会は、水質調査をするために貴族が集まっているんだっけ。白魔導系貴族ルーミント家が、その水質調査の役割を担っている。
貴族を集めるのは、問題意識を共有するためだと思うけど、水辺のお茶会では、いつも何か変なことが起こるんだよな。そういう場所を選んで、開催しているのかもしれないけど。
「ヴァン、王都専用地区の『100』地区は、安全とはいえないぞ。以前は、ボックス山脈から逃げ出した弱い魔物を収監していたが、今は、正体不明な魔物が水辺に大量発生している」
国王様は、そう言いつつも嬉しそうなんだよな。
「そうですよね……」
「オールスが護衛なら、あの場所を取り戻せるよな?」
「さぁ、魔物だらけなら、どうでしょう?」
「ふふっ、任せた!」
「いやいや、無茶振りですよ? フリックさん」
本来なら、王都専用地区は、人間が管理できていた檻だ。堕ちた神獣ゲナードが、あの付近を6〜7年前にぐちゃぐちゃにしてからは、立ち入れない状態が続いていたようだ。
今もゲナードは、王都専用地区付近をナワバリにしているらしい。神獣テンウッドは、ゲナードがボックス山脈から出てくると、嬉々として襲撃しに行っている。
そのうちゲナードも、ボックス山脈から出ることを諦めると思うけど……そんなゲナードのナワバリで、水辺のお茶会だなんて。
たぶんルーミント家は、ボックス山脈の王都専用地区から、ゲナードを追い出したいんだろうな。
ボックス山脈は広い。だからもっと他の場所に、いくらでもナワバリをつくれるはずだ。
だけど、ゲナードが王都専用地区付近に居座るのは、やはり、ボックス山脈に定住する気がないからだろう。
人間との関わりを断ちたくないのか……いや、人間を支配したいという願望を捨てられないということか。
国王様も、あの付近がゲナードのナワバリになっていることは知っているはずだ。水辺のお茶会をキッカケに、ゲナードを王都専用地区から追い出せと言ってるんだと思うけど……。
だけど、急には無理だよな。
僕は、神獣テンウッドには、ゲナードがボックス山脈から出てきたらボコっていいと、指示している。
ゲナードは、殺すと悪霊となって影の世界をぐちゃぐちゃにするから、殺せない。いや、神獣テンウッドの力なら、ゲナードを完全に消滅させることが可能かもしれないけど……今の僕には、まだその決断はできない。
テンウッドが、神の怒りを買って氷の檻に封じられていたのは、ひどすぎる戦闘狂だからだろう。
テンちゃは、今は人間の姿を楽しんでいる。だけど、これは僕の娘ルージュがまだ幼いからかもしれない。ルージュが成長して、テンウッドと折り合いが悪くなると、テンウッドは、厄災級の危険な獣となるかもしれない。
やはり、ゲナードを止めるという役割は継続すべきだと思う。結界を簡単にすり抜ける神獣は、ボックス山脈に閉じ込めることができないもんな。
「あっ、主人ぃ、帰ってたの?」
噂をすればじゃないけど、青い髪の少女が奥の屋敷から、教会へと入ってきた。ルージュが寝たんだな。神獣テンウッドはこのまま、どこかへ出掛けるつもりだろう。
「テンちゃ、ただいま」
「おかえりなさいませ〜って言わせたいのね!」
はい? はぁ、まぁいっか、
「ただいまと言ったら、おかえりでしょう? バーバラさんに、また叱られるよ」
「はぁ〜? あんな土ネズミが怒っても何も怖くないよ!」
「ルージュに叱られるよ?」
「はうぅ……主人、性格悪いよ!」
ふふっ。ほんと、ルージュのこと、大好きだよな。
「テンちゃは、お出掛けかな? いってらっしゃい」
「いってきます〜って言わせたいのね!」
はぁ、ったく。僕をビシッと指差して、ドヤ顔だよ。
「うん、言わせたいんだよ。テンちゃは言える? ルージュなら言えるよ?」
「はうぅ……い、言えるわよ! いってきます! ほら、言えたでしょ!」
両手を腰に当てて、ふんすと鼻を鳴らしている。まぁ、いいか。
「うん、言えたね。いってらっしゃい」
そう返答すると、ふふんと笑みを浮かべて、てくてくと歩いていく。後ろ姿は、10歳くらいのかわいい少女なんだけどな。
ビービー!
あっ、ファシルド家の呼び出しの魔道具だ。
今も、薬師契約は継続している。だけど、僕が派遣執事に専念してからは、呼び出し回数を減らすために、ファシルド家は、もうひとり薬師を雇ったんだ。
だから、よほどのことがないと、呼び出されることはなくなった。逆に、呼び出されたときは、たいてい大量の怪我人がいる。
僕は、魔道具に触れて応答する。
「どうされました?」
『あぁ、よかった。ヴァンさん、いま大丈夫ですか? どこかの貴族の屋敷ですか』
バトラーさんの声だ。少し慌てている。
「いえ、今はドゥ教会ですよ。今夜はこのまま、ゆっくりするつもりでしたから、大丈夫ですよ」
『そうですか、よかった。ちょっとお願いがあるんです』
僕がゆっくりするつもりだと言ったからか、バトラーさんは遠慮がちに、そう言った。
「はい、遠慮なくどうぞ」
『ヴァンさん、いつもすみません。夕方から、ウチの薬師がラフレアの森に素材を採りに行ったのですが、連絡が途切れてしまいまして……』
「夕方からということは、異界の薬草探しですか」
『はい、フロリス様が護衛すると言って同行されているので、ちょっと心配になりまして……』
「天兎のぷぅちゃんもですよね?」
『はい、ぷぅちゃんが一緒だから、他に警護は付けなかったのです。ですが、呼び出しの魔道具に反応がなく、もう戻るはずの時間なのですが……』
「わかりました。僕が見てきます。異界の薬草の群生地はいくつかありますが、王都側の出入り口から入られてますよね?」
『はい、通行証の確認があるので、王都側から入ったはずです』
「じゃあ、行ってみますね」
『ヴァンさん、よろしくお願いします』
心配そうなバトラーさんは、やっと通信を切ってくれた。
「ちょっと出掛けてきますね〜」
近くにいた神官見習いの子にそう言うと、僕は教会の出入り口に向かいながら、ラフレアの根を地下茎に伸ばす。
なるほど。ラフレアの森の一部は、今は戦闘状態だ。だから、ラフレアの赤い花の花粉で、様々な魔道具が使えなくなっているようだな。
ラフレアの森にも、新たな魔物が生まれている。だから、それを狙った冒険者が、頻繁に入り込んでいるようだ。本来なら、王宮の許可がないと入れないんだけど、いろいろな抜け道があるらしい。
「主人ぃ〜、あたしも行く!」
教会を出て、スキルを使おうとした瞬間、僕の手を青い髪の少女が握った。振りほどけない力なんだよな。
「テンちゃ、僕はラフレアの森に行くんだ。あそこは、王宮の許可がないと立ち入ることはできない決まりだよ?」
「あたしに入れない場所はないわ!」
ふんすと鼻を鳴らす青い髪の少女……。決まりだと言っても通用しないらしい。どうしてもと言うと、国王様を脅して許可証を出させそうだよね。
「テンちゃは、ゲナードの見張りが仕事でしょう?」
「はぁ〜? あの獣なら、まだしばらく動けないよ! おとといボッコボコにしたもん。だから、あたし、暇なの。暇すぎて頭が悪くなるよ」
なぜ、暇すぎると頭が悪くなる?
「テンちゃ、じゃあ、ルージュが起きるまで一緒に寝てたらいいんじゃない?」
「あたし、ちょっとしか寝ないもん。もう、今日は寝たもん。強い人間は酔っ払ってるし、暇すぎるんだもん!」
ゼクトは、また飲みに行ったのか。
ここまでうるさい神獣テンウッドは、放置すると面倒なことになる。仕方ないか。
「テンちゃ、ラフレアの森を吹き飛ばさないって約束できる?」
「えー、わかんない」
「ラフレアの森が吹き飛ぶと、僕も死ぬかもしれないよ? ラフレアは繋がっているんだからね」
「えー、主人が死んだら、あたしの自由がなくなるわ。そんなの困る」
神獣テンウッドは、僕との従属契約が切れると、また氷の檻に戻ることになるからな。
「じゃあ、ラフレアの株を傷つけないって約束できる?」
「できるよ! 早く行こ!」




