51、商業の街スピカ 〜フロリス様のお世話係
僕はいま、黒服に着替えて、屋敷の食事の間の横の厨房にいる。
魔法袋は、二つとも装備したままだ。リーフさんの魔法袋は部屋に置いておこうかとも思ったけど、部屋には鍵がないし、他の執事の人達が、いくつも魔法袋を腰から下げていることを思い出したんだ。
庭で感じた様々な視線も気になった。それに、バトラーさんが、庭では言葉を選んでいたこと、そして、気を引き締めろと注意されたことから、万全を期すべきだと思ったんだ。
だから一応、クローゼットの中身もすべて、リーフさんの魔法袋へ入れてある。もし失くなってしまったら、僕の責任になるかもしれない……なんだか、そんな嫌な予感がする。心配しすぎかもしれないけど。
「新入りの坊や、フロリス様の専属執事だそうだな」
「はい、フロリス様のお世話係という契約です」
「契約? あぁ、派遣執事か。それなら大丈夫かもしれないが、屋敷の中は戦場だと思え。失敗しても、アンタの味方は居ない」
「……はい」
「じゃあ、これを運んでくれ。召し上がらないとは思うがな」
「かしこまりました。あの、どのお嬢様がフロリス様なのでしょうか」
「は? そんなことも知らないのか。自分で考えろ」
料理人は、無茶なことをいう。だけどアドバイスをくれた。悪い人ではなさそうだ。
僕は、スープとパンの乗ったトレイを持ち、食事の間へと足を踏みいれた。当然、スキル『道化師』のポーカーフェイスは発動中だ。
味方が居ないという言葉の意味を痛感した。他の執事だけでなく、何人ものメイドも自分の仕事だけをしている。僕がキョロキョロしていても、完全に無視だ。
「あの、フロリス様は……」
近くを通ったメイドに尋ねても、チラッと僕の顔を見たのに無視された。他の執事が話しかけると、そのメイドは返事をしている。
料理人に、自分で考えろと言われたけど……あっ、あの子かな? 席についているけど、何もテーブルには置かれていない。そばに、二人のメイドが立っている。他の子にもメイドが付き添いをしているけど、他の子の世話係は一人のようだ。
僕は、ボーッとしている女の子に向かって、歩いていった。近くに行くと、二人のメイドが鋭い視線を僕に向けた。怖っ、なぜ睨むんだよ。
「フロリス様のお食事をお持ちしました」
僕は、確認を兼ねて、二人のメイドにそう話しかけた。
「新しい子ね。遅いわよ!」
「申し訳ございません」
この子がフロリスちゃんか。随分と細くて身体が小さい。三歳くらいかな。二年程前なら、まだ赤ん坊だろう。それなら母親の死にも、心を痛めることはなかったかもしれない。
「フロリス様、新たに参りましたヴァンと申します。二週間ほどの契約ですが、よろしくお願いします」
僕は、少女の前にスープとパンを置いた。少女は、何も聞こえないかのようで、どこかをボーッと見ている。
するとメイドの一人が、スープをすくって、少女の口に運んだ。でも、少女は口を開けない。気づいていないのか。
「ヴァン、あとはこちらでやりますから、窓際で控えていてください」
「はい、よろしくお願いします」
メイドに言われた指示に従って、窓際に立った。そしてさりげなく、食事の間の様子を観察した。
他の子達の食卓には、フロリスちゃんとは別の料理が置かれている。スープとパンだけではない。様々な肉料理や魚料理、そしてサラダにフルーツ。
これはどういうことなのだろうか。母親がいないから差別を受けているのか? バトラーさんは、子供達の夕食の時間だと言っていた。フロリスちゃんの食事は、他の子のものと比べると、あまりにも質素だ。まるで朝食のようじゃないか。
結局、フロリスちゃんは、全く食事を食べなかった。正確にいえば、一口だけスープを飲んだ。
「ヴァン、食器を片付けたら、フロリス様の部屋まで来てください」
「フロリス様のお部屋がわからないのですが」
僕がそう言うと、鋭い目を向けられた。
「マーサ、私が連れて行くわ」
メイドの一人がそう言うと、マーサと呼ばれたメイドは、やれやれという表情で、フロリスちゃんを抱きかかえた。そして、食事の間を出て行った。
僕は、彼女の食べ残した食事をトレイに乗せ、厨房へと運んだ。
「やはり召し上がらなかったか」
料理人は、うんざりしているように見えた。
「あの、フロリス様は、いつも夕食は召し上がらないのですか」
「夕食だけじゃねぇよ。何も召し上がらない。だから、あんなに痩せ細って、頭がおかしくなっちまったんだ。部屋では菓子は、わずかに食べているようだがな」
「そうですか。フロリス様はいつから召し上がってないのですか」
「そりゃ、二年ほど前の……いや、アンタにこんな話はできない。ほれ、メイドを待たせているんだろ。部屋の番をして来いよ」
部屋の番?
僕は、料理人に軽く頭を下げ、待ってくれているメイドの方へ歩いていった。使用人は、完全に僕を無視している。だけど、チラチラと好奇の視線を感じた。子供達か。
「お待たせ致しました」
「一度で覚えてくださいね」
「は、はい」
僕は、一度も、フロリスちゃんの部屋を教えられていないんだけどな。そっか、魔導学校じゃないんだ。教えてくれるのを待っていてはいけない。きっと、誰も教えてくれないんだ。
フロリスちゃんの部屋は、食事の間から遠い場所にあった。屋敷内を歩いているのに、ちょっと疲れるくらい遠い。
部屋の前には、門番と同じ服を着た人が立っていた。
そういえば、通ってきた廊下のあちこちに、同じように立っている人がいたな。これほど、厳重な警備が必要なのだろうか。
コンコン
メイドは扉を叩き、ゆっくりと開けた。
「フロリス様、何か召し上がって……あっ、失礼致しました」
先に部屋に入ったメイドが、慌ててペコペコしている。僕は、入ってもいいのかな。料理人が言っていた部屋の番というのは、扉の外で警備をすることかもしれない。
だけど、黒服は立っていなかった気がする。扉の内側か。何かあったときに、扉の外の警備に知らせる役目なのかもしれないな。
僕が一歩、部屋に入るとメイドが扉を閉めた。うん、やはり、内側の扉の番だな。ここで立っていればいいのか。
「ちょっと、ヴァン、何をボサッと突っ立っているの? さっさと紅茶を用意しなさい」
えっ? この声は。
「うわっ、フラン様?」
「は? 何よ、その顔。私が居ちゃいけないのかしら」
「い、いえ」
「私はストレート、フロリスちゃんは甘いミルクティよ。どちらもあまり熱くしないこと。わかった?」
「はい、かしこまりました」
部屋はとても広い。僕の家の何倍もありそうだ。ここがフロリスちゃんだけの部屋? 何室あるんだろう。この空間はリビングか。ソファに神官様が座り、そして床の上にべちゃっと少女が寝転んでいる。
僕は、ミニキッチンに入って驚いた。大量のお菓子の山だ。紅茶を探して保管庫を開けると、お菓子がギッシリと詰まっている。本当にこの少女は、お菓子しか食べないのかな。身体を壊してしまうよ。
お菓子だらけの棚から、紅茶と粉末ミルク、そして砂糖を見つけた。ミルクティか……そうだ!
僕は、ティーポットに紅茶を作り、粉末ミルクと砂糖をお湯で溶いたものを別の器にいれ、そして、空のティーカップをトレイに乗せて、リビングへ戻った。
「さぁ、始めますよー」
少女の興味をそそるように、明るい声でそう言った。なぜか、神官様だけが興味をそそられたらしい。いや、興味というか、怪訝な顔だな。
「ヴァン、何をする気よ。ティーカップは、空じゃない」
「フラン様の分は、後でいいですよね? ここは、フロリス様のお部屋ですから」
「は? それを言うなら、私は客人でしょ?」
「大人げないことをおっしゃらないでください。フロリス様、始めますよ〜」
騒がしくしていたからか、少女は寝転んだまま、こちらを向いた。妹と同じ年頃なら、同じことで笑ってくれるかな。
僕は、ミルクと砂糖を風魔法を使って攪拌した。だんだんとクリーム状に変化していく。その一部を僕は鼻の下につけた。
「わぁ〜、爺ちゃんになっちゃったよー」
あ、れ? 笑ってくれない。
でも、僕を見て不思議そうな顔をしているのは成功かな? さっきまでは、完全に無表情だったから。
「ヴァン、あなた、バカ?」
「ウケるかと思いました……」
僕は気を取り直し、クリームを渦巻き状にしてカップに入れた。そして、そっと紅茶を注ぐと、クリームが浮かび上がってくる。
「お花……」
少女は起き上がり、カップを覗いてくれた。
皆様、今年も残りわずかとなりました。
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