509、漁師町リゲル 〜レアのハンタースキル!
「うん? ジョブボード? 見えてるに決まってるじゃん。本人に見えない項目でもあるわけ?」
僕は思わず、反射的に反論していた。たぶん、ゼクトが挑発してくるからだ。いや、僕が単純にイライラしてるのか。
せっかくトレジャーハンターを超級にまであげたのに、その後すぐに必須選択から外れたし、新たな条件は、無謀そうだし……。
「ククッ、下から二つ目のスキルを読み上げてみろよ」
下から二つ目?
『超薬草研究者』中級(Lv.6)New!
●超薬草ハンター
●劇薬取扱バリア
「超薬草研究者、中級レベル6って書いてるけど、何?」
学者貴族のレモネ家の旦那様から、なんちゃら研究者のスキルが、学者貴族の家を立ち上げる条件だと聞いたことがある。
僕は、貴族家については、まだ考え中だけど、下級貴族の家を立ち上げるためのスキルを得たみたいだ。マルクは、このスキルを喜んでくれた。マルクの奥さんのフリージアさんは、まだ商人貴族を推してくるんだけど。
ゼクトが何も言わないと思ったら、新たに運ばれてきたグラタン風の料理を独り占めして、ハフハフと熱さと戦っていた。
「ちょ、それ、僕が好きなチーズ料理……。独り占めするために、僕にジョブボードを見させたのかよ」
「ほふぁ? これ、美味いぞ」
はぁ、ったく。
僕がカウンター内のマスターに視線を移すと、スキャットさんは、軽く手をあげた。もうひとつ作ってくれそうだな。
「ヴァン、その技能に何て書いてあるか見たか?」
「うん? 超薬草ハンターと劇薬取扱バリア。既に、薬草ハンターのスキルがあるから、ひとつ目は、被り技能なんだよね。バリアはまだ使ったことないよ」
僕がそう話すと、ゼクトは、シラーっと冷たい視線を僕に向ける。何? バリアを使ってないことが、そんなに不満か?
「おまえなー。何の話をしてるか、覚えてるか? まさか、エールで酔っ払ったのか」
「酔っ払うほど飲んでないよ。極級ハンターの条件の話でしょ」
「あぁ、必須選択は無くなり、その代わりにレアのハンタースキルを含む5種類のハンター超級を集めればいいだけだ」
「僕は、3種類しかないけど、3つとも超級だからね!」
「ククッ、ガキか、おまえ」
思わず言い返した僕に、ゼクトは面白いものを見るような目をして、僕の頭をポンポンガシガシとなでる。これは酔っ払ってるときのゼクトの癖だ。
「ちょ、子供扱いしないでくれる?」
「あはは、楽しいな〜」
ゼクトは、ちょっと飲み過ぎだ。エールをチェイサー代わりにして、さっきから蒸留酒をガンガン飲んでいる。
僕と一緒のときは、ゼクトはよくこんな飲み方をする。僕が、アルコールを消す解毒薬を作ってあげるのが悪いのか。
「もうっ、話がわからないんだけど! そんなに飲み過ぎるなら、解毒薬は作らないよ?」
「あん? おまえの解毒薬なら、魔法袋にストックがあるから、平気だぜ」
「次からは、めちゃくちゃ苦い解毒薬にするよ!」
「なっ? 卑怯だぞ、ヴァン。はぁ〜、うーん、悪かった、ちょっとふざけすぎたかもしれん」
ふふっ、勝った! ゼクトは苦い薬が苦手だ。それなのに、エールは平気なんだよな。エールも苦いと思うけど。
反省したように見えたゼクトだけど、また蒸留酒を一気に飲んでいる。ったく……。まぁ、それだけ信頼されているのかとも思うけど。
「ヴァン、その超薬草研究者は、薬草ハンターの上位スキルだぜ? なぜわかってないのか理解できねぇけど」
ゼクトの席から、甘い香りが漂ってきた。いつの間にか、アイスワインを頼んでいたらしい。これはリースリング村のぶどうを使っているようだ。極甘口の高級白ワインだ。キンキンに冷やして飲むのが美味しい。
「うん? ゼクト、いま、何て言った?」
「だーかーらー、超薬草研究者は、レアのハンタースキルだって教えただろ。くぅ〜、この白ワイン、美味いな。ボトルで頼むか」
「えっ? なんちゃら研究者のスキルは、学者貴族の立ち上げ条件のスキルなんじゃないの?」
「貴族家なんて、興味ねぇ〜。超薬草研究者は、薬草ハンター超級レベル10になって、超薬草を一定量集めていれば得られる、レアスキルだぜ」
な、ななな、なんですと?
「まじ? 僕、レアのハンタースキルを持ってるの?」
「あぁ、マジだ。だから、超薬草ハンターっていう技能があるんだ。普通、これでハンター系ってわかるだろ」
確かに……そう言われてみればそうだ。学者貴族のスキルだとばかり思っていた。
ジワジワと、喜びが湧きあがってくる。やばい、思わず叫んでしまいそうなくらい嬉しい!
「まぁ、飲めや。おまえのおごりだけど」
そう言うとゼクトは、僕の前に、アイスワインのボトルを置く。
「ボトルで頼んだのかよ?」
「ルファスの店だから、売上に貢献するんだろ? ククッ、もう1本頼もうかな」
はぁ、ったく。
まぁ、祝杯のつもりなのだろう。ゼクトは、普段はあまりワインを飲まない。僕のために、リースリング村のぶどうを使った白ワインを注文したのだと思う。
僕は、マスターからワイングラスを受け取り、アイスワインを注いだ。ワインのボトルを持った瞬間、よく知るリースリングの妖精の声が聞こえてきた。しかも、話している言葉がハッキリとわかる。
そうか、これが『ソムリエ』超級のチカラか。上級のときよりも、ワインの精の技能が上昇したんだ。
これまで、こんなにクリアに声が聞こえたことはない。囁き声や雰囲気しかわからなかった。ということは、超級に上がったばかりなのかな。
「ヴァン、金は足りるだろーな?」
「うん、この店には、開店時に金貨30枚くらい預けてたと思うよ。金貨1枚分近くは減ってると思うけど。
「じゃあ、店にいる全員、おまえのおごりで、いいんじゃねぇか?」
ゼクトは、ニヤッと笑って、めちゃくちゃなことを言っている。何か狙いがあるのだろうか。まぁ、お金には困ってないけど、意味なくおごるって……。
「冒険者全員、よく聞け! 今日は、ヴァンのおごりだ! ヴァンが、レアのハンタースキルを得た祝いだぜ」
ちょ……。ゼクトが立ち上がってそう叫ぶと、広い店内は一瞬静かになり、そして、わぁっと騒がしくなった。ゼクトは、そのまま静まるのを待っている。
「だから、みんな、ヴァンに協力してやってくれ」
ゼクトがそう話すと、シーンと静かになった。何かとんでもないことを言い出すのかと、身構えている冒険者もいる。
「これからヴァンは、スキルのレベル上げのために、デネブを離れることが増える。デネブやこの漁師町付近の治安維持のミッションは、腕に自信のある奴が受注してやってくれ」
あー、そういうことか。だけど、それって逆効果じゃないのかな。悪さをしようとする人が増えないか?
まだ、ゼクトは立っている。
「俺も、ヴァンに付き合って、デネブを離れることもある。俺が言いたいことが正確に伝わってるか?」
何人かの冒険者は頷いているけど、他の人達は首を傾げている。
「ゼクト様、もしかして、あの青い……」
冒険者は、ゼクトのことを様呼びするのかな。
「あぁ、あのガキの世話ができる奴がいないと、俺はヴァンの手伝いができねぇからな」
あー、神獣テンウッドか。ちょくちょく戦闘狂スイッチが入るんだよな。遊び相手がいないと、確かに追いかけてきそうだ。
「神獣が野放しに……なるのか……」
「堕ちた神獣ゲナードとは違って、テンウッドは人間を守る神獣だから、大丈夫だろ」
「だが、戦闘狂だぜ? 人間の姿を強制されているから、ストレスが溜まってるらしいぞ」
そんな声が聞こえてくる。
テンウッドは、もともと戦闘狂だ。
ストレスが溜まっているのかな? 氷の檻から解放されて、逆に自由にのびのびしているように見えるけど。
それにテンちゃは、人間の姿を気に入っている。最近は、ゲナードと遭遇しても、神獣の姿は使っていない。完全に人間になりきってるんだよな。
娘のルージュとお揃いの服を着て、キャッキャと楽しそうにしている。たまに冒険者をしているのは、服を思いっきり買うためだそうだ。
青い髪の少女は僕の従属なのに、ルージュのことが一番大事らしい。初めての友達だと言ってたっけ。
ゼクトが席に座ると、冒険者達からは凄い勢いで追加注文が入り始めた。
「ヴァン、いいのか?」
マスターのスキャットさんから、確認された。
「もう言っちゃったからいいですよ。全部、僕のおごりで」
「ふっ、じゃあ、俺達も便乗させてもらうか」
カウンター内の店員さん達まで、エールを飲み始めている。商魂たくましいよね。




