506、自由の町デネブ 〜時は流れて
「テンちゃ! キャッキャ」
はぁぁ、なんということでしょう。娘のルージュは、父親である僕の名前をまだ言えないのに、氷の神獣テンウッドにあだ名をつけてしまいました……。
「ヴァン、もしかして?」
神官様は、諦めた表情をしながらも、一応確認したいらしい。
「そうなりますね」
「だけど、ルージュはまだ赤ん坊だよ」
側に置くのは、危険すぎる。
ゲナードと戦う様子を見ていたから、この青い髪の少女がどれほどの力を持つか……僕は、痛いほどよくわかっている。テンウッドに悪気はなくても、何かの拍子に、一瞬で娘を殺してしまうかもしれない。
「ブラビィが何とかしてくれると思うけど……」
僕がそう言っても、黒い兎は聞こえないフリをしている。でも、青い髪の少女のすぐ近くにいるということは、そういうことだよね?
僕は、少女に向かって口を開く。
「えーっと、テンちゃん、わかってると思うけどさ。娘のルージュは、ほんのわずかな衝撃でも……」
「主人! 違うぞ! あたしは、テンちゃんじゃなくて、テンちゃだから!」
ふんすと鼻息荒く反論する少女……。テンちゃんとテンちゃの違いが、僕には理解できない。ルージュが「ん」の発音ができてないだけじゃないのか?
「じゃあ、テンちゃ」
「はい! 何? 主人」
めちゃくちゃ嬉しそうだな。人の姿だけど、ちぎれんばかりに尻尾を振ってるよな。テンウッドの尻尾ふりふりは、暴風を起こす。町では絶対に神獣の姿はダメだ。
「ルージュは赤ん坊だから、自分で自分を守る力がないんだ。外で転んだだけでも、頭を打つと命にかかわる怪我をしてしまうから……」
「わかった! あたしが、ルージュを守ればよいのだな。あたしに素敵な名前をくれたから、やっぱ、あたしの子だな」
はい? なぜ神獣の子になるんだ?
「それは、違うんじゃないか? ルージュは僕の娘だよ」
そう言い聞かせても、青い髪の少女は首を傾げている。
「ヴァン、もしかしたら、ルージュが天の導きのジョブを与えられているということじゃないか。テンウッド、俺のことはどう見える?」
ゼクトさんがそう尋ねると、青い髪の少女はチラッとゼクトさんに視線を移したが……そのまま、スルーだ。
「テンちゃ、ちゃっちゃ」
「はぁい、なぁに? ルージュ〜。キャハッ」
あー、また謎の会話が始まった。
「狂人、氷の神獣が懐くわけねぇだろ。伝記によると、確かプライドの塊だぜ?」
オールスさんがそう言うと、ゼクトさんは軽く頷いていた。影の世界の人の王グリンフォードさんも、深く頷いている。
「まさか人間の従属になるとは驚いたが、影の世界では氷の神獣は、竜神様に匹敵する存在だからな。会話ができるのは、ごく限られた者だけだ」
グリンフォードさんがそう言うと、ゼクトさんは少し意外そうな表情を浮かべている。神獣との関係は、少し違うのかな。
こちらの世界では、神獣を見ることがない。近くにいても姿を見せないから、普通はその存在に気づかない。オールスさんの心臓を守っていた神獣ヤークも、変化を使わないと見えなかった。
だから神獣と聞くと、この世界の人達は、堕ちた神獣ゲナードや、ベーレン家が造った偽神獣を思い浮かべる。
「ヴァン、とりあえず、ウチの倉庫を使う?」
マルクがそう提案してくれたけど、テンウッドを神獣の姿にさせるわけにはいかない。
「マルク、あの子は、人の姿を維持してもらうよ。神獣の姿だと、町が壊れそうだから」
「まぁ、確かに」
「畑の方の小屋に、彼女の部屋を用意してもらうよ。精霊の森に隣接しているし、土ネズミのバーバラさんもいるから」
僕がそう言うと、マルクはもちろん、神官様もホッとしたようだ。裏庭には泥ネズミ達の遊び場もあるから、何か有ればすぐに僕に伝わるはずだ。
そう話していると、バーバラさんがスッと現れた。さすが魔女だな。青い髪の少女も、一瞬、驚きの表情を浮かべていた。
「お兄さん、この子を預かればいいのですね」
「ちょっと、何、この生き物!? 歪な生き物だな」
あぁ、バーバラさんのチカラを見て驚いたのか。
「テンちゃ、彼女はバーバラさん、僕の従属だよ。キミの先輩だ」
「ふぅん、覇王も使っているのだな。しかし、奇妙な生き物だ」
「彼女は、神官家に生まれた者達によって造り出された兵器だったんだ。見た目は年配だけど、まだ人間でいえば未成年だよ」
そう説明すると、青い髪の少女は悲しげに表情を歪めた。
「この生き物も、犠牲者か」
すると、バーバラさんが口を開く。
「私、お兄さんの従属になってからは、毎日が楽しいの。きっと貴女も、そのうちわかるわ」
バーバラさんがそう言ってくれて、僕は涙が出そうになった。
「ふぅん、主人って、人間っぽくないのだな」
はい? どういう意味だ?
「そうね、動くラフレアだもの。だけど、お兄さんは優しいから……」
「ふむ、それはわかっている。だから、あたしも従属になることを承諾してやったのだ」
「そう、じゃあ、貴女の部屋に案内するわ」
バーバラさんは、青い髪の少女を連れて、スッと消えた。
◇◆◇◆◇
それから、しばらくの時が流れた。
神獣テンウッドが町に馴染めるかと心配していたが、少女は、あっという間に溶け込んでいた。
土ネズミのバーバラさんが、彼女を教育してくれたことも大きいと思う。いつの間にか、畑の横の小屋は、僕の従属達のたまり場に変わっていた。
以前からブラビィは出入りしていたけど、海竜のマリンさんも通っているみたいだ。マリンさんは、氷の神獣の監視役でもあるようだな。
青い髪の少女は、頻繁にルージュと遊んでくれている。ルージュが少し動けるようになってくると、竜神様の子達もその中に加わったようだ。
そして僕は、ジョブの印が陥没してしまわないようにと、しばらくの間、派遣執事に専念することにした。とは言っても、完全にドゥ教会から離れるわけではないんだけど。
ゼクトさんから、ラフレアが大量の新種を生み出すまでの間に、ジョブのレベルを上げておけと、しつこく言われたためだ。
派遣執事としての復帰後の初仕事は、ファシルド家だった。フラン様と相談して、そう決めたんだ。
フロリスちゃんの成人の儀は、フラン様が担当することになっていた。だから、僕もその手伝いをする方がいいということで、このタイミングになったんだ。
ゼクトさんが以前言っていたように、フロリスちゃんに与えられたジョブは『神矢ハンター』だった。そのことで、彼女の環境は大きく変わった。
そして僕も、フロリスちゃんには、いろいろと振り回されることになった。国王様にも振り回されたけど。それに、フラン様には言えないような、ちょっと危険な出来事もあったな。
派遣執事として、あちこちの貴族の屋敷に行ったり、ジョブ『ソムリエ』として、ワイン産地のサポートをしたり、他にもいろいろとバタバタしていて、あっという間に、二年ちょっとの時が経過した。
いろいろな経験をして、僕も大人になったのかな。憧れのハンターとの関係性にも、少し変化があった。
僕の20歳の誕生日に生まれた娘のルージュは、もうすぐ3歳の誕生日を迎える。
◇◆◇◆◇
「ヴァン、新たなスキルが公表されたぜ」
派遣執事の契約満了で、ドゥ教会に戻ってくると、ニヤニヤと隠しきれない笑みを浮かべた彼が、僕を待ち受けていた。
「どんなスキル? やっぱりハンター系?」
「あぁ、おまけに、極級ハンターの条件も大幅に変更された。知りたいか?」
「ちょ、何、そのドヤ顔。知りたいに決まってるじゃん」
「ククッ、喜べ、ヴァン。極級ハンターの難易度が上がったぜ」
はい? ニヤニヤしていたのは、簡単になったからじゃないのか?
「ちょ、ゼクト、性格悪くない?」
「そう簡単に、俺の最年少記録は抜かせないからな」
「もしかして、難易度を上げる進言なんかしてないよね?」
そう尋ねても、彼はニヤニヤしているだけだ。
「まぁ、時代の流れだな」
「どう変わったんだよ? 以前は、必須選択を含めて超級ハンターを5種類取得だったよね?」
「あぁ、その必須選択の中の悪量ハンターは、影の世界の奴らには酷なスキルだろ? だから、ガラリと見直されたぜ」
嫌な予感しかしない。僕には、魔獣ハンターやドラゴンハンターは無理だ。魔獣使いだし、従属にはドラゴンもいる。
「どう変わったんだよ?」
そう尋ねると、ゼクトは悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
「俺、冷たいエールが飲みたいな〜」
はぁ、ったく。
僕は、ゼクトの腕をつかむと、大きな鳥に姿を変えた。
皆様、いつもありがとうございます♪
うむむ?(*'.'*)?と思われた方がいらっしゃるかもなので、後書きでお知らせします。
ヴァンがジョブの仕事に専念する期間の話は、別で書こうと思っています。当初は、このまま、派遣執事ターンに入る予定でしたが、タイトルと乖離した話がしばらく続きそうなので、分けることにしました。
ジョブの印が現れたフロリスちゃんも活躍する、元気でバタバタな物語? になる予定です。
オトナの仲間入りをするお嬢様に振り回されたり、影の世界を訪問したり、二人目の伴侶騒動が起こったり、貴族の陰湿な争いに巻き込まれたり……。
ジョブ『ソムリエ』らしく、ワインと料理の飯テロ系のシーンも描いていきたいと思っています。(๑˃̵ᴗ˂̵)
投稿時期については、来月下旬頃からの予定です。この空白の二年間の物語にも、お越しいただけたら嬉しいです♪




