505、自由の町デネブ 〜ヴァンの願望
「なりたいです! 極級ハンター!!」
僕は思わず、そう叫んでいた。
「ククッ、おまえはブレねぇな。極級ハンターにならなくても、もう俺よりも強いじゃねぇか」
ゼクトさんがニヤニヤしながら、そんなことを言う。
子供の頃から憧れていた伝説のハンターのゼクトさんと、こんな風に親しく話せるようになったことだけでも、僕の夢は叶ったといえる。
だけど、さらに欲が出てきてしまったんだ。
「僕は、ゼクトさんと肩を並べられるほどの、凄腕のハンターになりたいんです!」
本心は少し違う。僕は、今後どんな状況になっても、ゼクトさんに頼りになると思われたい。
今、僕が主に使っているスキルは、誰かに依存するものが多い。僕のスキルだけど、僕の力ではないと感じる。
スキル『精霊師』は、僕が変わると消えてしまうかもしれない。そしてスキル『道化師』の変化は、これからの関係性によっては、姿が借りられなくなる可能性もある。
そんな不安定なスキルではなく、僕は、確実なものが欲しいんだ。別に、無双したいわけじゃない。目立ちたいわけでもない。ただ、大切な人に必要とされたいと、強く願うようになってきた。
僕は、守りたい人を守れる確実なチカラが欲しい。家族が増えたから、そう思うようになったのかな。
極級ハンターになれば、スキル効果で基礎戦闘力が上がる。戦闘系のスキルを持ってない僕としては、やはり諦めきれないスキルなんだ。
「ヴァン、おまえは、ゼクトの持つ記録を破りたいんだな?」
元ギルマスのオールスさんが、ニヤニヤしながらそんなことを言った。ゼクトさんの持つ記録?
「ククッ、今のペースでいくと、俺を抜けると思ってるのかもしれねぇが、その前に、ジョブの印が陥没するぜ?」
げっ! ジョブの印!
僕は、また忘れそうになっていた。僕は、ジョブ『ソムリエ』だ。神から与えられたジョブは、生涯に渡って僕に課された仕事だ。
「僕、ちょっと忘れてました」
ゼクトさんとオールスさんは、顔を見合わせてニヤニヤしてる。新種を狙うハンター系のスキルが生まれるなら、極級ハンターの条件も変更されるだろうか。これは、すっごい好機かもしれない。
だけど、神矢集めやハンターのレベル上げばかりをしていると、確かに、ジョブの印が陥没するかもしれない。それは、あまりにもマズイ……。そうなると神官のスキルは消えるよな。精霊師も消えるかもしれない。
「オールス、冒険者ギルドが極級ハンターの条件変更の連絡を受けるのは、年に一度か?」
ゼクトさんがそう尋ねると、オールスさんは国王様の方を向いた。国王様が決めていることなのか?
すると、国王様が口を開く。
「適宜、変更していく。影の世界からの登録者も増えてくるだろうからな。ヴァンは、極級ハンターの最年少記録を破る気か? ゼクトが持つ記録は、25歳だったな」
あー、最年少記録!
「あぁ、25歳だな。極級ハンターになってからは、最悪な環境になった。おまえの世話をさせられたからな」
ゼクトさんはそう言うけど、半分は冗談だと思う。極級ハンターになってから、神官家に利用されて……彼は心を失ったんだ。
「ゼクト、私の元に来たときは、まだ極級にはなってなかったぞ。ふむ、ヴァンに可能なら、私にもゼクトの記録を破るチャンスはあるな」
国王様は、僕と同い年だもんな。僕達は、今は20歳。あと5年ある。でも、5年しかないんだよな。ゼクトさんは20歳のときには、いくつかの超級ハンターのスキルを持っていたはずだ。
「フリック、今の状態なら、おまえの方が可能性はあるかもな。だが遊んでばかりいると、ジョブの印が陥没するぜ。ジョブ『王』は、ジョブの印が陥没するだけで消滅すると教えたよな?」
「そんなことはわかっている。ゼクトは、冗談も通じないな。私はハンターよりも、神官を極めたいのだ」
神官を極めたい? 国王様は本気で言っているのだろうか。
「ふん、おまえは新たな神官家を立ち上げる気か」
えっ? 国王様が神官家を?
「当たり前だ。そもそも、私にそれを教えたのはゼクトだろう? 私は自分の生まれではなく、自分の力で新しいことを始めたいのだ」
神官家の立ち上げなんて……ジョブ『神官』じゃなきゃ、できないのではないのか? あっ、神官を極めたいということは、極級になれば可能なのだろうか。
「フリック、国王であることも忘れるなよ?」
「わかっている。いつまでも私を子供扱いするな」
なんというか、ゼクトさんと国王様の信頼関係が、まぶしい。羨ましいというより、僕には眩しいと感じた。
「ククッ、それなら、見習い神官も、もっと真面目にやれよ? 口の悪い下級貴族の坊やだと噂されているぜ」
「それが私の偽りのない姿だ。誰かのせいで、ガラが悪くなったからな」
ゼクトさんは、国王様のことを保護者的な感覚で、支えているのだろうか。僕には見せない表情をしている。やっぱ、羨ましいかな。
「じゃ、とりあえず帰るか。おまえら、再建する気のある奴は、ギルドへ行け。すぐに、国王から再建のミッションが出るぞ」
オールスさんが、灯台近くにいた人達に、大声でそう叫んだ。拡声系の魔法かな? 僕も、便利な魔法を習得したい。
ゼクトさんの転移魔法で、僕達はデネブに戻った。
◇◇◇
「ちょっと、ヴァン……」
ドゥ教会の前に到着すると、門の前で信者さん達と立ち話をしていた神官様は、目を見開き、言葉を失っていた。
ゼクトさんとオールスさん、そしてマルク、さらには国王様とグリンフォードさん……ゼクトさんが転移魔法を使った対象は僕も含めて6人だ。
彼女が驚いているのは、僕達のことではない。
一瞬遅れてやってきた黒い兎と青い髪の少女。連れてきたつもりはない。勝手について来たんだ。
「あ……」
青い髪の少女も、神官様を見上げて固まっている。いや、違うか。神官様が腕に抱いている娘のルージュと、目がバッチリ合っているようだ。
「あ〜ぁ〜、だっ」
娘は、手をパタパタさせて、何かを訴えている。だけど神官様は、青い髪の少女の正体がわかるのだろう。娘をぎゅっと抱きしめている。
「あら、綺麗な女の子だね。ブラビィちゃんのお友達?」
信者さんの一人が、青い髪の少女に近寄ろうとした。だがブラビィは、ふわりと空中に浮かび、信者さんを阻止している。
「皆さん、近寄らないでください。その少女は人間ではないわ」
神官様が凛とした声でそう言うと、信者さん達は動きを止めた。
だが相変わらず、娘のルージュは青い髪の少女をジッと見ている。まさか、乗っ取られてないよな?
「主人! この生き物は何?」
青い髪の少女は、僕の腕を掴み、そして娘のルージュを指差している。声は念話ではなく、普通に話している。
「僕の娘だよ。名前はルージュ」
「主人の娘ってことは、あたしの子?」
はい? 何を言ってるんだ?
「違うんじゃないかな」
そう言っても、少女は首を傾げている。神獣でしょ? わからないのかな。
「お気楽うさぎ、なぜこの町に、危険な獣を連れてきた?」
ゼクトさんがそう尋ねても、ブラビィは鼻を鳴らして無視している。めちゃくちゃ反抗期だな。
「ちょっとブラビィ、あの子は、棲家に返していいんだよ?」
僕がそう言うと、ブラビィが僕の足を蹴った。ほんと、足ぐせが悪いんだよね。
「おまえ、バカだろ。コイツに棲家なんてもんはねーぞ。氷の檻は壊しただろーが」
「檻に入れられる前の棲家は無いの?」
「は? んなとこに戻れねーだろ」
そう言うとブラビィは、空を見上げた。もしかして、氷の神獣は、神の神殿に居たのか? だとすると確かに戻れない。氷の檻から出られたのは、僕の従属になったからだ。縛りがどうとか言ってたよな。
「ちょっと、ヴァン!」
神官様は、説明を求めるように片眉をあげた。
「フラン様、この子は、僕の従属になったんです」
「えっ? ちょっ、この子って……神獣でしょ? しかも制裁の許諾が……」
制裁の許諾? 彼女には僕に見えない何かが見えているのか。
「天兎アマピュラスが、勝手に交渉したみたいで……」
すると、ゼクトさんが口を開く。
「ヴァンには、竜神が味方しているからな。逆にいえば、面倒ごとはすべて押し付けられる。テンウッドを檻から出さなければ、今頃は、この町も王都も、ゲナードに潰されていたぞ」
「てんうん……ちゃ、ん〜て、テンちゃっ! キャッキャ」
ルージュが、テンウッドと言おうとしている?
「あたしの名前? テンちゃ? かわいい!」
キャッキャと笑い合う二人。意気投合しているのか?
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次回は、5月23日(月)に更新予定です。
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