504、漁師町リゲル 〜赤い海
僕達は、漁師町リゲルに戻ってきた。
「あーあ、ぐっちゃぐちゃだな」
ゼクトさんは、町の中を見回し、苦笑いだ。
漁師町に再建されていた多くの建物は、神獣同士が激突した影響を強く受けていた。だが、漁港や灯台は無傷に見える。灯台付近にバリアを張って、漁師町に居た人達が避難していたらしい。
「ルファス様、ご無事でしたか」
数人の漁師達が、マルクに近寄っていく。
「皆さん、怪我はありませんか。何かあれば、ヴァンが治しますよ」
マルクは、凛とした貴族らしい笑顔で、彼らをいたわるように問いかけた。こういうときのマルクって、すごく歳上に見えるんだよな。
「大丈夫です。灯台には、ドルチェ家が設置してくれた結界の魔道具があるから、皆で灯台に避難していました。しかし、ルファス様達がいらっしゃった海岸は、テントもろとも吹き飛んでしまいました」
そういえば、テントを出しっぱなしで、海に逃げたんだよな。
「あぁ、地形も変わったでしょうね。でも、皆さんが無事でよかった」
マルクは頷きながらも、彼らに優しい笑みを見せる。イケメンなんだよな、マルク。ちょっと、ずるい。
「灯台からは死角になっていましたが、あの付近の岸壁が吹き飛んだので、よく見えるようになりました」
「我々も、皆さんの姿がないから、心配していました。冒険者の人達は、ルファス様達なら、殺しても死なないと言ってましたが」
殺しても死なないって……。
「一体、何があったのでしょう? 海が真っ赤に染まっています」
マルクに、次々と話しかける人達。
リゲルの町は、商人貴族ドルチェ家との取引で成り立っている。彼らからすれば、オールスさんよりもマルクの方が親しみやすいのかな。冒険者達は、元ギルマスのオールスさんの方を見ているけど。
マルクを取り囲む人達の相手をしたくないのか、ゼクトさんはふらりと歩き出した。町の中を確認するのか。国王様とグリンフォードさん、そしてオールスさんまで、ゼクトさんについていく。
まぁ、ここで立ち話をしていても仕方ないもんな。
僕は、マルクを放置するわけにもいかず……そして、灯台をペタペタと触りにいく青い髪の少女から目を離すわけにもいかず……。
ブラビィは、黒い兎の姿で少女の監視をしてくれている。というか、先輩ヅラをして、偉そうに何かを教えているみたいだ。
「海が真っ赤に染まってる?」
マルクがそう尋ねると、漁師達は力強く頷いた。
「ここからは見えませんが、灯台に登ると、沖の方が血のように真っ赤に染まっているのです!」
「ちょっと見てみる」
そう言うと、マルクは浮遊魔法を使って、空へと浮かんでいく。なんかカッコいい。僕は鳥に化けないと飛べないのにな。
確かに海は、真っ赤に染まっている。だが、ゲナードの血ではない。ゲナードによって蹴散らされたラフレアの赤い花びらだ。
巨大な赤い花びらは、人面部分を守って、かなりの量が海に落ちたようだ。赤い壁の中の様子は見えなかったけど、ゲナードを次々と襲っていたんだから、無傷なわけはない。
だが、ほとんどの花はゲナードにかじりつき、その血肉を喰って、地下茎に潜ってラフレアの森へと戻っていった。
ラフレアの花は、ラフレアの生殖器でもある。これから、堕ちた神獣の顔をしたつぼみが生まれるのだろうか。もしくは、新たな新種の魔物になるか。
いや、つぼみは生まれないか。
ラフレアの赤い花が何かを取り込むと、普通なら新たな種族が生み出される。一方で、ラフレアに合わないエサを取り込むと、新たなつぼみが生まれて再び狩りをする。
ゲナードは神獣だ。ラフレアのエサとしては、様々な可能性を秘めた宝だろう。
ここに集まったラフレアの花の数は、正確にはわからない。だが、大量にあったつぼみが、今では、数えられるほどに減っている。
これから、ラフレアは大量に新しい子をつくる。この世界の害となるものが生まれないことを願うばかりだ。
「ヴァン、海が赤いのは、大丈夫だよな?」
マルクが不安そうに、空から僕に問いかけた。僕の目の前には、マルク以上に不安そうな漁師達の顔が見える。
「あー、うん。海が赤くみえるのは、すべて花びらだよ」
「そうか、やはり、ゲナードは相当、抵抗したんだな」
「うん、そうだね。まぁ普通、抵抗する状況だったけど」
漁師達がどこまで知っているかわからない。言葉選びが難しいな。マルクが、スーッと降りてきた。便利だよな、浮遊魔法って。
「あの花びらから、ラフレアが生まれたりしないよな?」
マルクが変なことを言ってる。あ、この顔は……ラフレアのオバケが生まれないかって言っているのか。漁師達の前だけど、ちょっとダメな顔になってる。
「ラフレアは、花びらからは何も生まれないよ。中央部にある人面花の部分が、ラフレアの生殖器だから」
「でも、いつまで真っ赤なんだ? 漁に出られないよ」
マルクは、漁師達の聞きたいことを代弁しているんだな。
「いつまでかは、正確にはわからない。だけど、ラフレアの赤い花びらは、様々な薬を作る素材にできるから、海にとって悪いものじゃないよ」
僕がそう話すと、少し離れた場所にいた冒険者達が、色めき立った。あの人達、取りにいく気か。マルクもそれに気づいたようで、目配せをしてきた。
「ヴァン、それなら、海に浮かぶ赤い花を集めると……」
「花肉片は、扱いが難しいから、やめておく方がいいよ。薬になるものは、扱いを間違えると毒にもなる。それに、海に浮かぶ花びらは、ゲナードの攻撃を受けて千切れたものだからさ」
「堕ちた神獣の呪いがかかっていたら、ゲナードに操られる?」
マルクが、とんでもないことを言っている。
「まさか、それはないよ。でも、ゲナードが何かを仕込んだ可能性は、ゼロとはいえないかな。まぁ、そのうち海の底に沈んで、マナに分解されるよ」
僕達の脅しが効いたらしい。冒険者達は、ブルッと震えていた。
「ヴァン、大量の花はどこへ消えたんだ?」
「地下茎を通って、ラフレアの森に戻ったよ」
「じゃあ、しばらくすると、また騒ぎになるかな」
マルクは、小声でそう尋ねた。何の騒ぎ?
エサを喰ったラフレアの花の大半は、ボックス山脈の方へ向かったようだ。王都の奥のラフレアの森に行ったのは、ほんの100本程度か。
あー、ボックス山脈のあちこちの地下茎で眠っている花がいる。ボックス山脈のラフレアの森には、入りきらないんだ。
これは……まずくないだろうか。
「ほとんどは、ボックス山脈に移動したみたいだけど……」
僕の表情の変化に、マルクは何かを察したようだ。
「そっかー、じゃあ、安心だね〜」
妙に明るい声。マルクは、漁師達を不安にさせないようにと、気遣っているようだ。
「何が安心だって?」
町の中の散歩が終了したのか、ゼクトさん達が戻ってきた。
「ラフレアの花は、ほとんどがボックス山脈に移動したらしいですよ」
マルクが、明るい声で目配せをしながら、ゼクトさんにそう話した。すると、ゼクトさんは、ニヤッと笑みを浮かべた。
「ヴァン、堕ちた神獣をかじった花は何本ある?」
「えっ? それはわかりません。数えられないです」
「王都の奥のラフレアの森には、何本だ?」
「ラフレアの株の大きさから、あの場所に眠るのは、100くらいが限界みたいです」
ゼクトさんは、オールスさんの方を向いた。
「俺も数は把握してねーぞ。直近の調査では、ボックス山脈に数千個のつぼみが発見されたらしいが」
いやいや、桁が違う。ボックス山脈を含めるとその100倍は、あったはずだ。だけど、僕はオールスさんの言葉を訂正しない。その数の新たな魔物が生まれるなら……みんなは恐怖で耐えられないだろう。
「間抜けなオールス、その数以上のつぼみが、王都の奥のラフレアの森に居たぞ。あのバケモノのエネルギーから逆算すれば、10万本以上だとは思っていたが……」
それだけの回数、ゲナードはかじられたってことだよな。よく死なないよな。人面花の歯では、たいして深くは刺さらないからか。
ゼクトさんの言葉に、マルクは暗い表情を浮かべていた。目配せが通用しなかったからかな。
「それなら2〜3年後には、新たなスキルが生まれるな」
ゼクトさんが意味不明なことを言った。オールスさんとマルクが、目を輝かせている。だけど、僕にはピンとこない。
「ヴァン、おまえ、極級ハンターになりたいんじゃねぇのか? ラフレアが大量に新種を生み出すんだ。当然、新種を狙うハンター系のスキルが生まれるぜ!」




