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50、商業の街スピカ 〜武術系の貴族ファシルド家

「ほう、何度目だ? もう諦めたらどうだ?」


「そうはいかないわ。サラおばさんの娘なんだもの。私が託されたのよ」


 旦那様とフラン様が、なんだか一触即発な雰囲気だ。子守り役は何度も交代しているのだろうか。フロリスちゃんという子は、そんなにも扱いにくいのかな。


 僕には、歳の離れた妹がいる。僕が十歳のときに生まれたから、今は三歳だ。この商業の街スピカで、父さんや母さんと暮らしているんだ。


 もう、一年ほど会っていない。すぐに会いに行きたいところだけど、僕と入れ替わるように、父さん達は、リースリング村へ行ったはずだ。村長様のぶどう畑の収穫の手伝いが必要だからなんだ。



「旦那様、少年が驚いていますので、そのお話は……」


 年配の執事らしき男性が、そう声をかけた。僕への配慮という雰囲気じゃない。たぶん、部外者の僕に何かの事情を知られたくないのだろう。


「あぁ、そうだな。フランちゃん、これで最後だぞ、いいな? おまえは、もう十七歳になったんだからな」


「わかってるわよ。私の年齢を勝手に、その子に教えないでくださるかしら」


「は? 何か問題でもあるのか」


 彼女は、その問いかけは無視して、年配の執事の方を向いた。


「バトラー、ヴァンのことは、打ち合わせどおりによろしくね。言っておくけど、この子がいま噂になっている超級薬師の少年よ」


「フラン様、承知しております」


 この執事らしき人は、バトラーさんというのかな? でも、執事長の呼び名でもあるよね。


「では、失礼いたします。ヴァンくん、私について来てください」


「あ、は、はい」


 僕は、旦那様に礼儀正しく頭を下げ、ついでに神官様にも軽く会釈をした。彼女は、旦那様に反論があるようで、僕が出ていくのを待っているみたいだ。


 そっか、十七歳か。僕より四つ年上なんだ。


 貴族の人達って、女性が嫁ぐのは十八歳までが多いと魔導学校の友達から聞いたことがある。神官様は、これには当てはまらないかもしれないけど。


 でも、今の旦那様の言い方からして、彼女がふらふらと冒険者をしていることを、叱っているように聞こえた。


 どういう関係なのだろう。旦那様は四十代後半に見える。まるで、親子のような親しい関係にも見えるんだけどな。だが、彼女は、アウスレーゼ家の名を名乗ることができる神官様だ。武術系の有力貴族ファシルド家との関係なんて……。


 あっ、サラおばさんという女性が、繋いでいるのかな。子供を託されたと言っていたのが、少し引っかかる。僕の家のように、子供と離れて出稼ぎに行っているのだろうか。だから、神官様に託した? うーん、ちょっと無理があるか。



 僕がいろいろと考察している間に、バトラーさんは、屋敷から出て、庭を進んでいった。そして、二階建ての石造りの建物の前で立ち止まった。


「ヴァンくん、こちらが見習い執事の宿舎になります。キミの部屋も用意してありますよ」


「ありがとうございます。宿を探さないといけないと思っていたので助かります」


 僕は、変なことを言ってしまったのだろうか。彼は怪訝な顔をしている。


「フラン様から、何も説明を受けていないのですね」


「えっと、子守りだというのも、先程、初めて知りましたので」


「依頼書には、詳細は記載できませんでしたからね。先程のやり取りでお気づきかと思いますが、ヴァンくんの仕事は、フロリス様のお世話です。続きは、中に入ってからに致しましょう」


「は、はい」


 庭には、何人もの使用人がいる。その目を気にしたようだ。僕がフロリスちゃんの世話係だということだけは、知らせたかったのか。


 なんだか、やたらと様々な視線が突き刺さる。うー、ほんと、ポーカーフェイスの技能、ずっと使いっぱなしだよ。魔力、持つかな?



 僕の部屋は、一階の階段のすぐ横の部屋だった。


 魔導学校の友達から聞いたことがある。屋敷の主人から遠い場所、階段のそば、一階、すべてが当てはまる。たぶん、一番格下の部屋だ。当然のことだけど。


 部屋の中は、意外に広かった。僕の私室の三倍はありそうだ。もっと粗末な物をイメージしていたから、僕はとても驚いた。


「すごく広い部屋ですね」


「へ? あー、そうか、キミは農家の生まれだったね。魔導学校に通っているなら、貴族についての多少の知識はあるでしょう。この部屋は、見習い執事の中でも最も身分が低い者が使う部屋ですよ」


 やはり、そうか。


「でも、僕には十分すぎるくらい広いです。ありがとうございます」


「なるほど、フラン様が気に入っておられる理由がわかりました。だが、そんな調子では、この世界では生きていられませんよ」


「えっ……」


「人としての良し悪しを言っているわけではありません。執事見習いとして、貴族の屋敷に出入りするなら、主人を敬う気持ちだけでは務まりません。ヴァンくんのような子は、簡単に騙され、敵対する貴族の道具にされかねない。気を引き締めてください」


「は、はい」


 僕は、ポーカーフェイスの技能が途切れてしまった。そうか、強いストレスを受けると解除されてしまうみたいだ。スキル『道化師』は中級だもんな。


「私は、フラン様から、ヴァンくんの教育をするよう命じられております。しかも、先程の様子からすると、キミは、この契約期間内に、成果をあげなければなりません」


「ご指導いただけることは、大変ありがたく存じます。あの、成果というのは?」


 そう尋ねると、バトラーさんは、ふぅとため息をついたように見えた。


「フロリス様のお世話です」


「やんちゃなお嬢様なのですか」


「いえ、そうだと良いのですが……。先程、フラン様がおっしゃっていたように、フロリス様は、亡きサラ様のお嬢様です」


「えっ? サラおばさんに託されたというのは……」


「最後にサラ様が、フラン様に、戻るまでの子守りを依頼されたのです。その後、サラ様は道中で魔物の襲撃に遭い、永遠に戻られることはなくなりました」


 魔物に喰われた!?


「それが二年程前のことです。それ以来、フラン様は、神官としての務めよりも、冒険者として魔物を討伐することにのめり込んでおられます。そして、フロリス様は、だんだんと変わっていかれまして……」


「その、サラ様という方は、フラン様とはどのような関係の方なのですか」


「サラ様は、アウスレーゼ家から嫁いで来られました。フラン様の叔母にあたる方です。神官三家からの奥様ということで、私達も特別な配慮をしておりましたが、それがアダとなってしまいました」


「アダとは……」


「あ……そこは忘れてください。失言でしたね。この件となると、私はどうも調子が狂ってしまいまして」


 バトラーさんは、何か言えないことを抱えているのか、苦しそうに顔を歪めた。自分を強く責めているように見える。


 話を変える方がいいよね。


「フラン様は、旦那様と親しげにされていますが……」


「ええ、フラン様は、五歳の頃から成人の儀で『神官』であることが明らかになるまで、こちらで暮らされておりました。まさかの『神官』だったことから、慌ててアウスレーゼ家に連れ戻されたようですよ」


「だから、あんなに親子のように親しげなのですね」


「いえ、親子というよりは、成人になられたら、旦那様に嫁がれる予定でしたから」


 バトラーさんは、何か言いたげだけど、言葉を飲み込んだ。彼女をアウスレーゼ家に取り返されたことが、悔しいのだろうか。


 そうか、神官の家も貴族と同じなんだ。貴族は、一夫多妻制だけど、でも、五歳の頃から、こんな歳の離れた人の家に預けられるなんて。


 ここは、彼女にとって、実家のようなものなんだろうな。だから、フロリスちゃんのことを放っておけないんだ。



「さて、私はそろそろ戻ります。クローゼットにヴァンくんの服が用意されていますから、屋敷にいる間は、そちらを着用ください。二週間の期間が終わったら、すべて持ち帰っていただいて構いません」


「えっ? いいんですか」


「他の者への使い回しはしておりませんので、置いて行かれても処分するだけです。黒服を支給しない家も多いので、今後もお使いください」


「はい、ありがとうございます」


「着替えが終わったら、先程の食事の間へお越し下さい。そろそろお子様方の夕食の時間です」


「かしこまりました」


 バトラーさんは、やわらかな笑みを浮かべ、部屋から出て行った。



 クローゼットを開けてみて、驚いた。ズラリと黒服が並んでいる。シャツや下着や靴まである。靴は二足、黒服は七着、他は二週間分だ。すごい……。



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