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5、リースリング村 〜小さな彼女達に振り回される

「ん? ヴァン、どうしたんだい?」


「ぶどうの妖精さんが、こっちの畑の水路が大変だって言うから……勝手に入ってすみません」


 僕が隣の畑を進んでいくと、畑の持ち主のおじさんに声をかけられた。突然僕が入ってきたから、不審に思ったみたいだ。


「水路? どれ、俺も見に行くか」


「はい、お願いします」



 この畑は、妖精さんの数が少ないのか、随分と静かだな。



 同じリースリング種でも、生産者によって収穫されるぶどうの味は異なる。このおじさんの畑のぶどうからは、毎年、普通のテーブルワインしかできないみたいだ。


 ウチの畑のリースリングは、爺ちゃんが気合いをいれているからか、たまに糖度の高いぶどうが収穫できる。だから、ちょっと高価なワインができることもあるんだ。


 ぶどうは、痩せた土地の方がよく育つらしい。


 爺ちゃんは、ぶどうは逆境になればなるほど、その実に糖分を蓄えようと気合いを入れるから甘くなるんだと、精神論のようなことばかり言っている。


 冗談だと思っていたけど、それって、わりと正しい知識みたいなんだ。ちょっとびっくり。あっ、もちろん、ぶどうの実が、気合いダーなんて思っているわけじゃないんだけど。


 水はけのよい痩せた土地では、ぶどうの木は、養分や水分を求めてどんどん根を伸ばすんだ。だから、土の中のミネラルもしっかり吸収して、良いぶどうができる。


 おぉー、なんだかスラスラと知識が出てくるから、面白い。まるで頭の中に、本が入っているかのような感じだ。



「ヴァン、ヴァンってば! 泣き虫ヴァン!」


「えっ?」


 僕が水路を目指して、おじさんの後ろを歩いていると、僕の畑の妖精さんらしき声がした。


「どこ見てるの? あたしの下だよー」


 あたしの下? ってことは上?


 上を見上げると、うん、居た。妖精さん達が集まっている。畑が静かなのは、上空で集まっていたからなのかな。


「どうしたの?」


「そっちじゃないよ。もっと右の方なの」


「ヴァン、迷い子になったら泣いちゃうよ〜」


「こっちだよ、ついておいで」


 妖精さん達が指し示している方向には、水路なんてないんだけどな。それに、迷い子になんかならないし。



「おじさん! 右の方みたいです。僕、妖精さんについて来いって言われてるんで、行ってみます」


「水路じゃないのか? わかった、ヴァンについて行くよ」


「妖精さんは水路だと言ってるんですけど、こっちには何もないですよね」


「俺には、妖精の声は聞こえないからな。ヴァンは、ソムリエだから聞こえるのか」


「はい、姿も見えます」


「うひょー、どんな姿をしているんだ?」


「可愛いですよ。大きめな蝶やトンボのような感じです」


「なんだ、そんなに小さいのか」


 おじさんは、どんな想像をしていたのかわからないけど、なんだかガッカリしているように見える。



「ヴァン、ここよ、ここ」


「こら止まれ〜、行きすぎだってば〜」


「えっ?」


 通り過ぎたらしく、慌てて引き返すと、おじさんが怪訝な顔をした。どこに水路があるんだ? って顔だ。


 妖精さんに手招きされ、あぜ道から畑に降りて、水路の意味がようやくわかった。


「おじさん、ここから畑にかなりの勢いで水が流れ込んでます。あぜ道の一部に木が刺さって穴が空いてる」


「うわっ、これはマズイな。泥水じゃないか。畑がダメになる。連日、雨風がキツかったせいだな。ヴァン、すぐに土囊どのうを取ってくるから、ちょっと穴を押さえていてくれ」


「はい、わかりました」



 僕は、泥水が流れ込む側に回り、穴に左手を突っ込んだ。


「痛っ!」


 何かに刺されたような、しびれるような痛みが、全身を駆け巡った。やばっ、何か虫がいたのかな。


 穴から手を引き抜くと……あれ? 別に何ともないようだ。手には何の痕もなかった。気のせいだったのかな?


 僕は、再び、そーっと左手を穴に突っ込んだ。うん、何も居ないみたいだ。何だったんだろう?



「ヴァン、助かったよ。ありがとう」


「いえ、妖精さんが知らせてくれたんで」


「やっぱり妖精の声が聞こえないと不便だな。いつまでもジョブが上級のままというのも、パッとしないな、ははは」


 おじさんが土囊を積むと、畑に流れ込む泥水は止まった。この辺の数十本は、ちょっと影響がありそうだ。でも、気づかなかったら、畑が全滅していたかもしれない。


 やはり、姿なき導きって貴重だな。だから、みんな努力して『農家』超級になろうとするんだ。ジョブ『農家』は、レベルが上がって超級に到達すると、妖精の声が聞こえるようになるらしい。今の僕なら姿も見えるんだけど。




「ヴァン、ヴァン〜! 泣き虫ヴァン」


 また、何か事件? でも、その泣き虫ヴァンってやめてよね。


「こっちに来て〜、早く〜」


「あっちの畑の子が潰れちゃう」


「ええっ? 潰れるって何があったの?」


「早く早く、急いで」


 僕は、おじさんに挨拶をして、目の前をブンブン飛び回る妖精さんの後を追った。わっ、ウチの畑に、たくさん集まっているじゃないか。


 今度の事件は、ウチの畑で起きたのか、大変だ!


「こっち〜」


 うわぁ、ぶどうの木を指差してるよ。うん?


「出られないの、助けてー!」


 まだ剪定をしていないぶどうの枝と葉の隙間に、何かが挟まっている。あっ、これって、赤い神矢だ!


 僕が神矢をそっと取ると、神矢に押さえつけられていた枝葉がふわっと動いた。ぴょーんと、虫も……じゃなくて、弱っている妖精さんが弾かれた。


「おっと、あぶない」


 僕は、弾かれた小さな彼女をなんとかキャッチした。軽いな。トンボより軽いかもしれない。


「妖精さん、大丈夫?」


「羽の付け根が痛いの」


 そんなことを言われても、どうすればいいかわからない。


「ヴァン、その子の家は、こっち〜」


「うん、わかったよ。とりあえず、お家で休んで」


「ぶどうの木の中で眠れば治るよ」


 そっか、ぶどうの妖精だもんね。僕は弱った妖精さんを、彼女の家に運んだ。ふぅ、なんだか忙しい。



「ねぇ、その変な武器、危ないと思うの」


「これは、神様がくれた神矢だよ。昨日の赤い矢だと思う」


 僕はポケットに、神矢をそっと入れた。赤い矢は【富】の矢だ。昨日のものなら、これはワインだ。あとで爺ちゃんに見てもらおう。


「でも、危ないと思うの」


 確かに、彼女達には危険なものだな。


「ヴァン、こっちにもあるの、危ないの」


「えっ? 神矢があるの?」


「わかんないけど、危ない武器なの。来て〜」


 また移動か。随分と振り回されてる。でも、危険なものなら取り除いてあげないといけないか。


 そこから、ゴミ拾いが始まった。けっこう、畑にはいろいろな落下物があるみたいだ。何かの動物の骨のような物が多い。まぁ、きれいになっていいかな。




「ヴァン、剪定作業は終わったのか? 何をしているのじゃ?」


「爺ちゃん、妖精さん達にこき使われてるんだ。畑に危険なものがあるからって、ゴミ拾いをさせられてる」


 僕は、集めたゴミを見せた。


「最近、夜間には、動物を狙って小さな魔物が徘徊しているようだからな。それは、その証拠みたいなもんじゃな」


「うん、動物の骨らしきものが多いよ」


「妖精は、尖った物を嫌うからのぉ。まぁ、効率良くゴミ拾いができたと考えれば、悪いことでもない」


「あっ、そうた、爺ちゃん、これ、ウチのぶどうの木に引っかかってたんだ」


 僕は、赤い矢を見せた。


「おぉ! 神矢ではないか。ワインかのぅ? そうじゃ、今夜の祝いで開けるとしようか。ヴァン、これを【富】に変換できるか?」


「えっと……わからないよ」


「羽根を印に当てれば良いだけじゃ。落下に注意するのじゃぞ。変換してすぐに割ってしまうほど、悲しいことはないからな」


「やってみる」


 僕は畑に座り、赤い矢を右手の印に押し当ててみた。一瞬では変わらない。印が少し温かくなり、そしてボンっと【富】に変換された。


 右手の甲に印があるから、やりにくいな。あやうく落としそうになった。テーブルの上で変換する方が良さそうだ。


「やはりワインじゃな。しかも、門出を祝うにふさわしいシャンパンか。これは、冷やしておくことにしよう」


「うん、爺ちゃん、お願い。あれ?」


「なんじゃ?」


「ジョブボードが開いてる」


「あぁ、それならよくあることじゃ。富に変換するのも、ジョブボードを開けるのも、わずかな魔力を印に流すからな」


「爺ちゃんは、僕のジョブボードは見えないの? 神官様は見ていたけど」


「ジョブボードは、本人にしか見えないものじゃ。神官様のような、一部の特殊なスキルを持つ方は別じゃがな」


「ふぅん、そっか。あれ? 増えてるよ」



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