499、北の海 〜天兎アマピュラスと神獣ゲナード
『精霊師、おまえ……』
青い髪の少女が、僕の変化した姿を見て、目を見開いている。驚かせてしまったか。
だが、僕が少女に普通に目を合わせても、彼女は平気なようだ。僕が透明なゴム玉の中にいるためか。もしくは、この視線が痛いと感じるのは人間だけなのかもしれない。
そもそも少女は、幽霊っぽいもんな。光の加減で彼女の身体は透き通る。実体がないなら、痛みも感じないか。
「お嬢さん、この状況はさすがに危険です。下がっていてください」
『は? あたしを、お嬢さんだと? はぁ?』
あー、子供扱いしたと怒ったのか? 見た目が10歳くらいの少女は……微妙なお年頃かな。
「えーっと、お姉さん、下がっていてください」
『はぁぁあ?』
念話なのに変な声を出している少女。話すためには口を使わないのに、あんぐりと口を開けている。
ふふっ、なんだか可愛い。少女は、ポカンとした表情のまま動かない。うん、そのまま、ジッとしておいてくれ。
僕は少女に背を向け、ゼクトさんが作ってくれた透明の玉から外に出た。
他の5人は、個々に割れないゴム玉から、手だけを出している状態だ。この気温は人間には寒くて耐えられない。だが今の僕は、厚い毛皮に覆われているから平気だ。
「おい、ヴァン!」
ゼクトさんが叫んだ。そうだ、ゼクトさんからは、この変化は使うなと言われてたっけ。
「ゼクトさん、あの異常なエネルギーは、天兎じゃなきゃ防げません。北の大陸が消し飛ぶ。そうなると、神が閉じ込めている氷の檻が海に沈みかねない」
「いやいや、テンウッドは……」
何かを言いかけて、ゼクトさんは口を閉じた。エネルギー波が放たれたのだ。
ゴゴゴゴゴゴ〜ッ!
漁師町の方から、こちらに向かって放たれたエネルギー波は、海を真っ二つに裂きながら轟音をたてて迫ってくる。
僕の身体が光り始める。僕は、ゲナードの放ったエネルギー波を睨みつつ、その属性を分析し解析する。僕の纏う光の色が、解析が進むごとに次々と変わっていく。
身体の奥底から、熱い感情が湧きあがってきた。これは、何だ? 悦びに近いような感覚。
僕は、自分の感覚に任せる。
気づけば僕は、ゲナードが放ったエネルギー波に向かって駆け出していた。海が凍っていない場所でも、僕は海面を駆けることができた。
ゴゴゴゴゴゴッ!!
目の前に迫るエネルギー波。バチバチとはじける音も含まれている。
やはりな。これは、通常のバリアでは防げない。触れた瞬間、爆発する術が組み込まれた複合魔法だ。
ゲナードは、本気ですべてを消し去る気だ。
許さない!
これが直撃すれば、北の大陸が消し飛ぶだけでは済まない。
ゲナードがいる漁師町も、その先のデネブにも爆発の影響が及ぶ。
海にも、海を守る海竜達にも、海に生きるすべての生き物達も……。
『許さない!』
僕は、両手に魔力を集める。何か聞こえた気がしたが、僕には確認する余裕はない。
パンッ!
手を打ち合わせて展開したのは、天にまで届きそうな光り輝く壁。
だが、もう少し左右に広げるべきか。ただ、そうなると強度が……えっ?
僕の左側には、アマピュラスがいた。壁に自分の姿が映っているのか?
いや、違う。
アマピュラスは、僕が張った壁に手を触れた。すると、グンと横に広がる。
ほ、本物の、アマピュラス!?
『許さない、あの下衆獣!』
アマピュラスが怒っている。
『あぁ、許さぬ』
えっ? 僕の右側にも、アマピュラスが現れた。二人もいるの!?
右側のアマピュラスも、僕が張った壁に手を触れた。すると、壁は、ブワンと厚みを増した。
これなら、完全に吸収できる!
ドババババパンッ!
とんでもない圧を感じた。ゲナードが放ったエネルギー波が、この壁に到達したのだ。
一瞬、弾き飛ばされそうになったが、僕は、なんとか踏ん張った。海面の上なのに、不思議と足元はしっかりしている。
だが、クッ……。
ゲナードが放ったエネルギー波は、壁を押し破ろうと、到達後、さらに勢いを増したようだ。少しでも気を抜くと、僕は、この衝撃波に飲み込まれると察した。
『下衆獣が来るぞ』
左側のアマピュラスが僕に話しかけた。確かに、ゲナードは高速で飛行してくる。壁を張ることで手一杯な僕に、殺意を向けている。
『この結界は、ワシらが維持する。おまえは、獣を狩れ』
右側のアマピュラスが、僕にそう言った。
「でも、どうやって……」
『狩ると同じことの繰り返しになる。檻を使えばよい』
『だが下衆獣は、分身を作るぞ。それに同時に二つの檻は維持できない』
『チカラを持つ獣の完全消滅は不可能だ。二つくらい維持しろ』
どうしよう。二人のアマピュラスが喧嘩を始めた。それに、僕は本物のアマピュラスじゃないから、神が使う檻を使用する権限はない。
檻の維持は、アマピュラスの仕事なのか。だから、僕には使う権限がないんだ。神獣を閉じ込めておく檻の維持なんて、僕にはできない。人間の寿命は短いのだから。
『コラ、天兎! 喧嘩してる場合か。もうすぐ奴は、ここに、うさぎが3匹いることに気づくぞ』
低く響く声が聞こえた。この声は……。
僕の背後に、半透明な竜神様が浮かんでいた。
『げっ、うるさいのが来た。この人間は、ワシらがチカラを貸している。竜神は、何の権限で介入する?』
アマピュラスの一人が、壁から手を離した。
壁がグワンと波打ち、僕は慌てて魔力を注ぐ。二人で支えるのは、かなり厳しい。いつになったら、このエネルギー波は消えるんだ?
『ワシの子を託しているからな。ヴァンは、ワシそのものとも言える。ヴァン、ワシと共闘するぞ。うさぎは結界を維持しろ。あと数十秒で、奴は、こちらに気づく』
こちらからは、ゲナードが高速で飛行してくるのが見えるのに、ゲナードからは見えないのか?
『ワシらが維持する。下衆獣を何とかしろ』
「わかりました。お願いします」
僕は、壁からそっと手を離す。すると、竜神様が僕をさらって上空へと舞い上がる。
『ヴァン、前のときのように……』
「はい、スキル全開放ですね」
僕は、アマピュラスの姿のまま、右手の甲に左手を重ねる。右手のジョブの印が熱くなり、そして姿が変わったことを感じた。
竜神様は、虹色に輝く布のように僕の身体を覆っている。今の僕の姿は、何だ?
『さぁ、ヴァン、始めましょう』
ラフレアの声だ。竜神様とラフレアの本体が、僕を介して一つに合体している。しかし、僕の姿はまだ……。
『おまえ、そいつらは、従属か!』
僕の前に現れた白銀色に輝く獣。姿は神獣でも中身は悪霊だ。一度堕ちた神獣は、やはり元には戻らない。その目は憎悪と殺意に染まっている。
「何を言っているんだ? ゲナード、今すぐこの術を解け!」
無駄だとはわかっているけど、一応、ゲナードに最後のチャンスを与えるつもりで、僕はそう言った。
ゲナードの目には、アマピュラスの二人が、僕の従属に見えているらしい。あっ、そう見せているのか。この場所から、壁の向こうでエネルギー波を受け止めている二人は、アマピュラスの姿をしているけど、エネルギー波に隠れてよく見えない。
『無駄だぞ。神獣の放つ怒りの一撃だ。すべてを消し去るまで消えはしない。おまえの下僕など、すぐにチカラ尽きる』
「何が怒りの一撃だ? それはこっちのセリフだ。僕のマナ玉を奪った泥棒が神獣だなんて、神もお許しにならない!」
今のは、僕の言葉なのだろうか? なんだかラフレアの考えに近い言葉だな。
僕の口から出た言葉を、負け惜しみだと感じたのか、ゲナードはニヤッと牙を見せた。
『その結界は、おまえの臭いがプンプンする。従属がチカラ尽きるのが先か、この神獣ゲナード様がおまえを搔き切るのが先か……ククッ』
ゲナードは、ニヤつきながら、マナを集め始めた。
『ヴァン!』
竜神様とラフレアの声が混ざった掛け声に従い、僕は魔力を込める。空中に浮かぶ僕の足の裏がウズウズしてくる。
よし、いける!
「ククッ、愚かな人間だな。そんな奇妙なうさぎの姿に化けたところで、本物にはなれぬ。本物の神獣のチカラを知るがよい」
ゲナードは、風を切って、瞬時に距離を縮める。
だが、僕はそれを待っていた!
ザッ! と、一気に海の底から、ラフレアの根が飛び出してくる。
ゲナードは、それを想定していたのだろう。炎を纏って僕に迫ってくる。海から伸びた無数の根は、ゲナードの纏う炎により焼かれた。
僕は、手からラフレアの根を出し、ゲナードを狙う。
『ククッ、終わりだな』
ゲナードは、僕を引き裂こうと、その勢いのままに突っ込んできた。
皆様、いつもありがとうございます♪
昨日、ネット小説大賞の一次選考の発表がありました。この作品は残念ながら……でしたが、他の作品2つが一次通過していました。昨日は驚きすぎて、大混乱でした(☆。☆)
そのうちの1つが、いま、この作品と同じく連載中の、
「まだスローライフは始まらない 〜理不尽を嫌う新人転生師は、転生システムを改革する〜」です。
ブクマが増えなくて、辛くなっていたところで一次通過できたので、これを機に読んでくださる方が増えると嬉しいです。よかったら♪
日曜日はお休み。
次回は、5月16日(月)に更新予定です。
よろしくお願いします。




